10.初心っ!

「わたし、なにかいけなかったんですか!?」

「うん、全然ダメ」

 そんなハッキリと!?

「桜のどこが悪いってんだよ!」

「ちゃんと、練習に付き合ってくれたし、なにも悪いことしてませんよ……?」

「悪いことはしてないんだろ? じゃあその逆はどうだ?」

 その、逆……?

 ユキくんが何を言いたいのか、ちんぷんかんぷん。わたし、三人に何が足りないのか、むしろ聞かなきゃいけないのに。

「あの、三人には何が必要なんですか。教えてください」

「えーっ、それがわかってこそプロデューサーじゃん!」

 わーん、わからないから聞いてるのにー!

 どうして、今の三人の完璧なパフォーマンスを見ても、心が熱くならないのかなんて……

 十和子ちゃんが言ってたあの言葉を思い出す。

 でも、それってどう身に着ければいいのかなんて……

「あの、カリスマ性って、どうやって」

「はいストップ。アイドルに詳しいからプロデュースは君に任せてるんだろうけど、これも勉強のために自分で考えてみろって!」

「雪紀さん、一応俺たち、勝たなきゃいけないんです。それに俺たちだって分からないからこそ、あなたに指南をいただきに来たんで、たくさん教えてもらわないと」

「オレだって座学のようにポイポイ教えをもらったワケじゃねーよ!

 いいか、テクニックっつーのは盗むモンだ! どうすりゃモテるかとか、本を読むよりモテるヤツを手本にしたほうがよっぽど自分の力になる! 誰もが簡単に教えてくれると思うな!


 そんで『プロデューサー』。アイドルを一番ナメてるのは……アンタじゃないの?」


 ……え?

 アイドルを一番ナメてるって……わたしが?


 ……ユキくん……どうして、そんなに厳しくするの……

 わたし、ユキくんなら知ってると思って、ずっと聞けるのを楽しみにしてたのに!

 ううん……ユキくんにいわれたってことは、わたし、プロデューサー、向いてないのかも……

 そりゃあ、わたしなんてただのドルオタだし、詳しいのは人気アイドルのことであって、アイドルのなり方なんて……


「じゃあさ!」

 夢園くんの、キレかけたような声でハッとした。彼は、まだ諦めてないような強気のままだ。

「ちょっとライブのDVD貸して!」

「いいけど、これから研究か?」

「そう!」

「じゃあオレは用済みってことで?」

「本番近くなったらもっかい見せてやる!

 桜!」

 夢園くんは、座り込んでたわたしに手を伸ばす。

 諦めたくない。その思いが感じられる、まっすぐな瞳。

 わたし、プロデューサー、向いてないかもしれないのに……

 そんな無言のメッセージを無視して、わたしの手首をつかみ、立ち上がらせた。

「行こう。何が足りないのか、わからないならオレたちで調べよう」

 ……なんで、弱気になってたんだろう。

 夢園くんは、何を言われても諦めようとしない。アイドルのすごさを、学んで得ようとしてる。もともと、太陽のような、キラキラ笑顔ができるのに。

 これ以上まぶしくなったら、目つぶれちゃうよ……

 けれどそれを追うのが、わたしの生きがいだったんじゃないの?

 目の前に、こんなキラキラした光があるんだから、立ち止まってそのまま見送るなんて、わたしらしくないよ。


 あっ、なにか、見えたような気がする。

 三人に必要なもの。カリスマ性、そして……




「もう日が沈み始めたな、さすがに帰らなければいけない」

 ライブDVD、とりあえず1本見てみて、気付いたところをノートにまとめた。

 自分の覚えていた違和感の正体がハッキリとしていくのは、まるで霧が晴れたよう。

 こんなことならDVD、あらかじめ見た方がよかったな、って思ったけど、こういうのはチームで見てこそ、気付いた点が増えて、共有できるんだ。

 だって、やっぱりプロはすごいよ。まるで、普段のしがらみから解き放たれるように、ステージを遊び場のように駆け回って、心から楽しんでる。1万人ものファンに見られてるのに、とにかく大胆なパフォーマンスをして、失敗を恐れてない。

 たまにミスをするから、完璧なんて言えない。けど、それでもこんなにもわたしの心をエキサイトさせた。

 そうだ、この気持ちだよ。自分が楽しいって気持ちを体で、心で表現してるから、わたしたちにも伝わる。

 3人はまだみんなの前で発表してないし、ステージにおける緊張に打ち勝つ方法を知らない。そりゃ素人だもん。

 けれども、素人だってプロに勝てる方法はある。だから、答えはそれになる!


「あの、桜さんを一人で帰しちゃ、ダメだよね……?」

 そうだった、ここからどうやって学校に戻るんだかわからないもん。

「それ以前に、2人いるとしても女子を暗い夜道に歩かせるつもりはない。

 俺の家の車を呼ぼう、運転手に住所を伝えれば送ってくれる」

 わっ、運転手いるの!? さすが花城くん、お金持ち。

「でも、それはさすがに」

「光輝の言うとおりにしとこーぜ! リムジンの体験なんてそうそうないし」

「じゃあ、お言葉に甘えましょう。リムジンですって」

 十和子ちゃんもリムジン乗ってそうなイメージだけど、そうでもないんだ。彼女が一番似合いそうだな。

「オレも乗りたい!」

 きゃあ、ユキくん!? 急に出てきて、心臓に悪い……!

 さっきあんなこと言われたけど、やっぱり本物はすっごくカッコいい……そうだ、忘れちゃダメだ!

「あの、もうひとついいですか!?」

「ん、研究後の質問なら大歓迎だ!」

「サインくださいっ!」

 ズコーッ、と、夢園くんたちがずっこけた音が後ろから聞こえた。

 だって、彼に会いに夢園くんたちに協力してるようなものだもん、サインの一つや二つもらわないと意味ないよっ!

 なんてね、最初はそのつもりだった。

 もちろん今は、プロデュースのいろはをきちんと学びたいと思ってる。なんていうか、人は初心に帰って、改めて気付くところもあるんだなーっていうのが、ライブDVDを見た感想。ひたすら練習してたから、心構えを忘れちゃってた。

「ったく、今のアンタは『プロデューサー』なんだろ? 芸能人に気軽にサインなんて求め……」

 そんなっ……わたし、この日のためにプロデューサー頑張ったのにっ……

「……って思ったけどまああくまで今の君はオレのファンだし、特別にな?」

 ありがとうございます一生推しますッ!!


 残り1ヶ月を切ったけど、まだブラッシュアップできるはず。

 あの会長が、アイドルを教養にもならないなんて言ったけど、全然、勉強ばっかりしてる。アイドルも……プロデューサーも!



「えーと、十和子ちゃんへ……っと」

「ありがとうございます……♪」

「桜ちゃんって言ってたっけ、君の苗字は?」

「桜が苗字なんです」

「じゃあ名前は?」

「千香、です」

「オッケー。……はい、オレのサイン。

 いつも応援ありがとう、千香、十和子!」


 そう言って、ユキくんは、わたしと十和子ちゃんの頭をくしゃりとなでた。

 も、もう、わたしの生涯に、一ぺんの悔いなしだよ───!



「桜ー!!」

「橘さーん!!」

「今度は気絶した、だと……しかし、安らかな顔をしている」

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