4話 ベルタニア

「ん~♪」


 リマイナとヒットレル達との会談を控えカフェでまったりとした時間を愉しんでいた。

 リマイナは紅茶を口に含むと楽しそうに足をパタパタさせた。


「子どもね」


 コーヒーを飲みながら、楽しそうにするリマイナを眺めた。 

 するとリマイナは頬をぷくっと膨らませてこちらを向いた。


「な、なによ」


 リマイナが予想外の反応をしたことにうろたえた。

 リマイナはニヤッと笑うと強引にコーヒーを奪い取ると口に含んだ。


「あーあ……」


 リマイナにコーヒーを奪われた私はそう溜息を吐いた。

 

リマイナは普段私に弄られてばかりなのに今では私が掌の上で踊らされている感覚にとらわれる。


「リューイ? 甘いね」


 リマイナはニヤッと笑う。 


 だがその口は無理しているようでヒクヒクしている。


「苦いなら正直に言いなさいよ」 

 

 呆れるように言った。

 リマイナは恐らく甘いコーヒーを私が飲んでいると思ったのだろうが、飲んでいたのはただのブラックコーヒーだった。


「うー。ドイツのコーヒーっていったらホイップとかが入ってるものだと……」


 リマイナの言うコーヒーはえらく限定的なイメージだった。


「ファリザールね。朝からあんなもの飲めないわよ」


 リューイはそういうとコーヒーをすする。

 彼女がもともといた日本ではブラックコーヒーが一般にも浸透していて、彼女もその味に慣れている。


「ねーリューイ。もう行かなくていいの?」


 リマイナは時計を見ながらそういった。

 ゴクリとコーヒーを飲み干すと席を立ちあがって返した。


「えぇ、行きましょうか」


 私は濃緑の軍帽を深くかぶった。

 ヒットレルとの集合場所までは歩いて数分程度でつくだろうしそれを加味しても数十分は余るが早いに越したことはない。


「レッツゴー!」


 リマイナは元気にそういうと店から出ていく。

 私はそんな彼女を見ながらため息を吐きながらも、微笑ましく思いながら会計を支払うと彼女に続いて店を出た。


 私たちの服装はラトーニャ陸軍の士官服であり、ベルタニアの市民たちは物珍しそうに見る。


「気分がいいものではないわね」


 とは言ったが案外こういうのも嫌ではないかもしれない。


「んー? 別に気にならないけど?」


 リマイナは気楽そうにこういった。

 彼女の動作を見る限り確かに気に留めていると言った感じはない。


「まぁそうね」


 正直言って慣れたものではない、ラトーニャ国内をこの服装で歩けば日頃の感謝やねぎらいこそされるが、このような奇怪な目で見られることはない。


 そう言った面では新鮮味があっていいかもしれない。

 リマイナは鼻歌を歌いだす。


「~~♪」


 余りにも無警戒なリマイナに呆れつつも目的地を目指して歩く。

 今日はヒットレルと共に彼の私兵組織『突撃隊』の視察を行う予定だ。


「嬢ちゃんたち、どうしたんだい?」


 駅を目指し、曲がり角を曲がったところで二人の男に声を掛けられた。

 口元は吊り上がりニヤついているのが見て取れる。


 浮浪者か――


 一瞬で察した。


「失礼、急いでいるので」


 冷たくそう言い放つと脇を通り抜けようとする。

 彼らは近年起きた恐慌で食も家も失った者たち、所謂弱者だ。


 弱者ではあるのだが――


 ――何分素行が悪い。


 国外で厄介事に巻き込まれるのは勘弁願いたいと思いながら通り抜けようとする私に対してつま先を出し、転ばせようとする浮浪者。


 私はバランスを崩すだけで、転びこそしなかったが彼らに目を付けられてしまったのは明白だ。


「何かしら?」


 嫌悪感を抱きつつも敵意をむき出しにして尋ねる。

 リマイナは明らかに焦っているようだが、それに構わず毅然とした態度をとる。


「まぁまぁ、話だけでも? それに嬢ちゃんたち目立ちたいんだろ? そんな仮装なんかしてさ」


 その言葉に脳の中で何かが切れる音がした。


(仮装? 仮装だと?)


 心の中で怒鳴った。


 私たちにとってラトーニャの軍服は制服以上の意味を持つ。

 自らの国を守護する国民から選抜された国家の尖兵、国家の銃剣たる証だ。


「……その発言取り消していただけないかしら?」


 内心の怒りを隠しつつ穏便に尋ねる。


「なんだよ嬢ちゃん、怒ってるのか?」


 あざけ笑うように言う浮浪者。


 私は静かに腰の拳銃に手を回そうとした。

 だが、リマイナが腰に回そうとした右腕を制止した。


(流石にマズイか)


 リマイナの制止を受け、右手の力を抜いた。


「そろそろ通していただかないと突撃隊を呼びますよ?」


 威嚇するようにこういう。

 すると浮浪者たちは大笑いした。


「嬢ちゃん! 冗談きついぜ、大体嬢ちゃんみたいな小娘が――」


 そこまで言ったところで拳銃を素早く抜き放った。


 リマイナの制止を受けてこそいたが、この軍服を見てなおこの態度をとる不埒物など万死に値するだろう。


「どけ」


 小さく言い放つ。


 その一言は浮浪者たちを凍らせた。


 固まって動けずにいる浮浪者。

 拳銃を腰にしまい、その脇を通り抜けていく。

 リマイナはぎこちない笑みで続く。


 去り際に浮浪者たちに伝える。


「辛いと思うけれど、頑張りなさい」


 彼らはあくまで世界経済に翻弄された被害者なのだ。

 この一言くらい、許されるだろう。



「おはようフロイライン」


 ベルタニア駅に行くと既にそこにはヒットレルが待っていた。


「おはようございます」


 リマイナはヒットレルに挨拶を返し、私も「えぇ」と軽く反応した。

 今日の目的地はミュンヘンだ。

 そこには彼の指導する党本部があり、ヒットレルの言う選抜部隊もそこにいるらしいのだ。


「さて、行こうか」


 ヒットレルはそう言うと足早に駅内部へと向かった。


「そう言えばお嬢さんたちは何歳だったかな?」


 ヒットレルの問いに即座に答える。


「13よ」 


 その言葉にヒットレルは目を見開いた。

 リマイナも私に続く


「14です!」 


 リマイナは私より年上だ。


 私は幼年学校を卒業し、すぐさま軍学校に入学したがリマイナは違う。

 彼女の経歴は少し特殊で、幼年学校五年目で中等学校に飛び級で移動した後に軍学校に編入という何とも珍しい経歴の持ち主なのだ。


「君たちの国が心配になる若さだよ……」


 ヒットレルはため息をつきながらこう言った。

 軍学校に入学するときにも同じことを言われていた。


「別にいいじゃない、自分で決めたことなのだし」


 そう言いながら歩み続ける。


「まぁ、そうなのだろうか?」


 思ったより素直に納得すヒットレル。

 やはりまだ指導的地位には立っていないために人格も穏やかなのだろうかと詮索する。


 気が付けば改札の列に並んでいた。

 ヒットレルが並んでいると道行く人々に握手を求められている。


 中にはヒットレルに対して拝むような人々までおり、彼が政権を握るのは時間の問題だろう。

 ヒットレルは民心に寄り添っている。

 彼のような指導者をグロースライヒ国民は望むだろう。



 その後、突撃隊の選抜部隊、『親衛隊』の閲兵を受け、帰路についていた。

 夜行列車はベルタニアから発車し、ワルーシャを超え一路ラトーニャ首都を目指す。


 リマイナが眠りについている横で小さなライトで照らしながら報告書を書く。


(ヒットレルは民心を掌握しつつあり。以後彼の元でグロースライヒは拡大して行くであろう。それに備え水面下でグロースライヒとの同盟交渉を進めることを提案する)


 彼女の書く報告書は正規のものではない。

 教官などから提出を求められた報告書とは別な報告書を彼女は今書いていた。


「クーデターまであと2年を切ったわね……」


 小さく呟く。


 私は報告書を書き終えると最後にこう記した。

 ――偉大なるバルティーナ共和国建国の為、リューイ・ルーカス之を記す。

 宛:母国の父、カールリス・ウルマニス閣下。


 時代の歯車は徐々に、崩れ始めていた。

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