第28話 3枚目からのリアリズム

「ダンスの時もそうだった。社交界など黒い腹の探り合い。だが貴女は何というか……真っ直ぐだ。真っ直ぐすぎる。わからない。どうして、それも他国の貴女がエメロード嬢をあそこまで気に掛けられるのか」


 ルーリィは唾を飲み込んだ。品定めするように、黒衣の男のその目が、スイッと細くなったから。


「親友だから」


「へぇ?」


 本来は目を背けてはいけない場面。だがそのプレッシャーに耐えられず、思わずルーリィは目を背けた。それでも言はやめなかった。


「その社交界のなかで、エメロード様はあまりに無垢だから」


「……悪いねシャリエール。ちょっとばかり、時間を稼いでくれないか? 御令嬢の話を聞いてみたい。あまり、気に入らないかもしれないけど」


「それがお望みとあらば」


 釣れた。


 黒衣の男のその言葉に、そしてそれに頭を垂れたシャリエールが、敵陣に単身踏み込んだとき、踏み込んだことで大男の一言で集まった者たちが悲鳴をあげたとき、ルーリィは拳を握りこんだ。

 ある意味でここからが正念場。そう理解した。


「それで? 正直、私はいまでもほんの少し、アルファリカ公爵家第二令嬢に良い感情を持たないときがある。超絶タカピー高慢チキチキ傲慢女王エメロード姫が……無垢ですか」


「タカ……確かに、あの方は我が強いところはある。だがその一方、実に正直」


「確かに」


「《公爵家の人間》という圧倒的高位な位置に立つエメロード様。故に爵位差にまつわる処世術に、心を砕いてこられなかった経緯がある。身を立て、名をあげ、時に智謀を巡らし腹の探り合いをするのが社交界」


「要は誰かの実績をわが物とし、嘘をつき、疑いあう。そんな社交界セカイに本格的に身を投じられていなかったゆえに、心は腐ってはいなかったと。そういう意味では清らかですね」


「それでも、社交界がわが身生きる場所セカイと知っていたから苦悩しておられた。逆に遠慮を知らなかったから、その無垢さは周囲から煙たがられた。だから助けたい。そう思った。『何をしても上手く行かない』とそう仰っていたんだ。理由こそ違うが、その感覚はかつての私にも覚えがあった」


「共感なされたと?」


「だけじゃない。眩しいまでの清らかさ。くすませたくなかったのだと思う。私は多分、もうそれを失ってしまっているのだろうから」


「そして羨望か。失った……ね? 私から見れば、貴女も相当に清廉な方だと思いますが。なるほど、いいでしょう」


 己が言葉が黒衣の男の眼鏡にかなったかは定かではない。そらしてしまった目、此処まで話してチラリと男を見やった。


 どうだろう。「いいでしょう」とは返してきたものの、彼もまた、目をあらぬ方向へと向けていたから。


「貴女がエメロード様に真っ直ぐな理由はわかった。かくいう私もいろいろとね、因縁がある。そういうわけでエメロード様を助けることに、自分の中でも道理が立った。だが幾ら頼まれたとして、あちらの紳士は今日会ったばかり。さっきも言ったはずです。初めて出会った、それも敵意すら向けてくれる者を、大怪我や死ぬリスクを覚悟して助けるつもりはない……とね」


「筋が通っていないのは自覚している。それでも助けて欲しいんだ! あの人は、あの方は、我が国の第二王子殿下なんだ!」


「なんだ。ならなおさら救う価値は見えない」


「なんだって!?」


 一瞬は男の興味を釣れたはずだったのに、どのような回答なら間違いないか慎重を重ねて言葉を選んだのに、しかし反応は希薄。

 そのうえ「助ける意味がない」とまで言われたルーリィは、腹部の圧迫感と胃袋の引付けに似た痛みを感じた。


「第一王子殿下がおられるわけでしょう? 恐らくその御仁が、次期王位を約束された皇太子。なら第二王子殿下が亡くなっても構わない。後継者問題だって考えなくても良いはず」


「そ、そんな……」


「社交界だったら『誰々王子を王の位まで担ぎ上げたい』……なぁんて、王子ごとに派閥が出来、傘下の貴族同士でにらみ合いやいざこざなんか起きるものなのでしょう? でもね、そんなこと民草連中にとって知ったこっちゃない。『良い治世さえ保ってくれるなら、誰が王でも構わない』というのが彼らの……」


「大切な人なんだっ!」


 このままではいけない。

 淡々と口にする仮面をかぶった黒衣の男の冷静な分析は、確かに客観的に見れば正しいもの。

 だが感情がその結論を許さないルーリィは、思わず声を張り上げた。


「あの人は自分にとってとても大切な人なんだ!」


「その心は?」


「それはっ!」


 もしかしたらアーバンクルスは主犯格に殺されかけているかもしれない。もし、もう殺されてしまっていたとしたら? 

 最悪なイメージは頭を占めて離れないのに、いつまでもおしゃべりを止めようとしない黒衣の男。


「いつまで詮索するつもりだ! もう、いいだろう!?」


 だからたまらず声を張り上げたルーリィ。男は苦笑いを浮かべながら頭をボサボサとかきむしった。


「……俺も、随分と無粋だったな。王子だのなんだのじゃない。始めっからそう言ってくれれば面倒は無かったのに。真っ直ぐだが素直じゃないねどうも。それに頑固だ。だけどその真っ直ぐさがエメロード様に友情を、その第二王子様には情愛からくる憂いを……かぁ。シャリエール! この場は任せた!」


 が、とうとう、動き出した。

 ゆるりと歩みを進める。シャリエールが交戦真っ最中の敵集団に向け。


「お応えになるおつもりですか!?」


「ここからはエメロード様を守ってもらう! それ以外の生存者はご令嬢に守ってもらう! ご令嬢、貴女も戦った方がいい。元来この会場での俺の目的は、エメロード様を死なせないことだけだ。他の生存者については知るところではありませんから。死なせたくないなら奮い立たれるといい」


 困ったようなシャリエールの叫びを浴びながらも、言葉を続ける黒衣の男。

 一瞬だけ振り返った。眼差しの先、治癒を続けながらも視線を向けて来るエメロード。


「だが、守るためにお前に命を差し出させるつもりはないよシャリエール。危なくなったら……エメロード様を切り捨ててでも自分を守れ。お前は、俺にとってそういう存在だ」


「なっ!」


アノ人・・・とは違います。貴方を残して、私が逝くわけがありません。ご安心ください。ご命令なら、必ずや遂げて見せますから」


 認識は済んだのだろうか。改めて歩む先へと顔を向き戻した、敵集団へといたる彼の背中とその彼が口にした言葉に、ルーリィは知らずのうちに槍を握る手に力が入った。


「友達や恋人を助けたいって思い。その行動にゃ、ずるい大人特有の駆け引きは見当たらず、ただひたすらに真っ直ぐを貫く青さが際立つ……」


「オ、オイ! こっちに来るなっ!」


「行かせねぇ! ここから先には絶対行かせねぇぞ!」


「お前たち! 大将の覚悟を無駄にするな! 死んでもっ! この野郎だけは止める!」


 敵集団も認識した。

 蹂躙する先であったはずのパーティ参加者、その中で圧倒的な戦いぶりを見せた、一番強い男・・・・・が動いたから、全員が改めて気合を入れるべく大声を張り上げた。


「ハッハ! 若いっつーの!? イイネ! 青春じゃないか! 嫌いじゃない! んじゃ、まぁ……属性ドライブ開放! 《魔脚装具カマイタチ》!」


『『『『『……あ?』』』』』


「……嘘……」


 ……が、その全てが、拍子の抜けた声を同時に零した。ルーリィも同様だ。


 結論から言おう。


 誰も命を落とすことは無かった。誰も武器を振り上げることは無かったし、そのための掛け声をかけることも無かった。


 皆、しかと黒衣の男に集中していたはずだった。凝視。そして目が乾いたことで瞬きを一つ……そして、いなくなっていた。


「んじゃ二人とも、後は宜しくぅ!」


 そして声が上がったほうに皆が注目して、シャリエール以外が驚きに表情をゆがめた。


 二十三十は集まった、兵であることを隠しているらしいルーリィたちの前に集った襲撃者集団……だけではないのだ。

 外での状況が芳しくないから、会場内には、外で戦ってきた者たちが逃げ込み、そこらじゅうで溢れかえっていたはず。


 黒衣の男は立っていた。さきほどアーバンクルスが投げ飛ばされた廊下に続く、会場出口のその場所に。


『待て、何があった! 俺は……瞬きすらしていないぞ!』


 誰かがそう言ったのを耳に入れて、今の今まで状況を間近に見ていた者たちは敵味方問わず絶句した。

 どうやったかはわからない。が、それは言ってみれば瞬動だ。

 会場をごった返すほどの数に至る襲撃者全てを、黒衣の男がすり抜けた事実。


「本当、本当にお前は……何者なんだ」


 その桁違いの実力に、規格外の動きに、もはやルーリィも、黒衣の男に対してそのように呟くことしかできなくなってしまった。

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