第25話 混沌のマスカレード-6 正義の女流騎士、薄情なる黒衣の男。そして……

 鉄のぶつかり合う音と風を切る音。ルーリィには自分の気迫のこもった声と、不愉快男の気迫の抜けた声しか聞こえなかった。

 ルーリィは、ルーリィたちは、同じ方向に足をさばき、体を流し、ぐるぐると回りながら複数の相手に対応していた。

 ともすれば掛け声も何もないのに、急にその流れの向きを同じタイミング、同じ速さで変え、流れに慣れてきた敵の意表を突き、《不愉快男》は殴り、蹴り飛ばし、ルーリィは槍刃そうじんの腹で薙いだ。

 敵迫っているのに全く持って気にならない。それほどに……


「戦いやすい。これは……?」


 連携を繋げやすかった。

 ショートレンジまで間合いを詰められたなら槍使いでは分が悪い。

 足を運び、体の向きを変えたルーリィが目にするのは、見事なまでロング、ミドルレンジから迫る者たちばかり。

 ゼロ距離まで来たものすべては、不愉快男が投げ、あるいは蹴り飛ばしたのだった。


「殺さないのか!」


「でも、立ち上がってはこない。御令嬢は?」


「わ、私はっ!」


 だからルーリィは、集中して間合いのある相手ばかりに対すればよくなった。


「ほんっとうにやるもんだ。槍か。アイツに見せたら大喜びしそうなもんだが」


「何を、この戦闘中に!」


「知り合いにね。槍に優れた女の子がいた。貴女ほどの使い手ではないが、きっといい友人になれ……引けっ!」 


 この状況下で思い出話すら繰り出す。それほどに余裕なのだと見せつけられると、ルーリィでさえ余裕を取り戻せそうな気がした。


「何をっ! き、貴様ッ!」


「ッツゥ……‼」


 だが突然思い切り腕を引かれた。

 背中合わせというか、いまは不愉快男の背中の影に、すっぽりと自分の立ち姿が覆い隠されたと同時。男の前半身で響くのは轟音。大きな燃え盛る炎が弾けた。

 勢いは凄まじく、肩、腹、脚。ルーリィは壁となった男の身体、その外側から溢れる轟々たる炎を目に驚愕した。


「き……効くぅっ! ただの食用ナイフテーブルマナーセット魔道具ウェイブソーサリーでもないのに変なクセがついちまってるから!」

「これは、《フォルムラン》!」


 爆発は収まり、クロスさせていた腕を解いた黒衣の男。

 手首から肘にかけて、ジャケットがボロボロになっていた。いたるところに認められる大小の穴。そしてそこからのぞけているのは、生地が燃えて出来た、すすに当てられたゆえか、それとも直接焼かれたゆえか、どちらにせよ、赤土色に照りの見えた肌。


「放て放てっ! 距離を詰められるな!? 詠唱魔技術で長距離から確実にしとめろ!」


 敵も馬鹿ではなかった。近寄れば確実に倒されるのを理解していた。それがこうして安全に距離を取ったところからの遠距離攻撃に切り替えさせた。

 高名な魔技術師となれば、普段必要な詠唱を簡略化することも可能。しかしそういうことさえなければ、詠唱さえ唱えれば、誰もが行使できるのがこの世界の詠唱魔技術。

 特にこの《フォルムラン》。光炎球を生みだしぶつける詠唱魔技術は、とりわけ戦闘では余りにもオーソドックスな魔技術。

 襲撃者には農民、町民の他、兵士が混じっているとルーリィは耳にした。とんでもない。

 詠唱魔技術であれば、魔技術のもととなる大気中の無有色幻素ケレンさえ呼吸で取り込めば、一呼吸による取り込める無有色幻素ケレン純度とその量によって威力に違いは有れど、誰でも発揮が出来るから、そういう意味で言えば、集中攻撃を行うことによって、黒衣の男を殺すことくらいは出来るのだ。 


「そこのっ! エメロードをその場からのけさせろ!」


 《そこの》とまで呼称は来た。

 つまりそんな呼びかけしか出来ないほどに黒衣の男は押されていた。

 爆音は連なる。

 必死に振った食用ナイフテーブルマナーセットを、飛来する豪火球にぶつけて何とかかき消そうとする黒衣の男の、着弾とともに上がる叫びには、欠片も余裕が無いのはルーリィにもわかった。

 それでいて退かず、詠唱魔技術を受けとめているのは、後ろにいるエメロードの安否を気にかけているゆえ。


「だ、だがそれでは他の者がっ!」


「んなもん知ったこっちゃねぇ!」


 わかっていながら、完全にルーリィは頭が真っ白になった。動けなくなってしまっていた。

 エメロードだけではない。エメロードだけではないのだ。

 彼女は黒衣の男に守られるさなかに、こぞって押し寄せる生存者の治療に当たっている。

 きっと黒衣の男は、ルーリィがエメロードを連れてその場から移動したそのとき、魔技術に立ち向かうことを止める……その場に残された、他の生存者が魔技術によって焼き殺されるのを予測できていながら。


「グッ! ガアッ! 限界だ!」


「ま、待ってくれ!」


 エメロードを救い、それによって魔技術への防衛を黒衣の男に止めさせることで戦力の維持を狙うか。

 それとも皆を巻き込まぬため、エメロードを動かさないか。さすれば恐らく近いうちに黒衣の男が力尽きるのは目に見えていた。

 それでも……


「どうする。どうしたらいい。この状況を!」


「早くっ!」


 選びようない選択。

 特に選ぶのは、正義感に強く溢れたルーリィ。


「私は、私はっ!」


 どちらか救ってもどちらか犠牲になるなど、受け入れられない彼女だからこそ、残酷な決断を下すことは出来なかった。


「ここであの男は終わらせるぅ! お前たち、よく狙え! よーく無有色幻素ケレンを取り込めぇ!」


 勝機が見えた。そう思ったのだろう。

 襲撃者の一人は嗜虐心溢れた笑みを浮かべ、持っていた剣の先を、離れた所から黒衣の男に向け、吼えた。

 数えるだけでも七、八人は詠唱を口にしていた。


「私は……」


「はなてぇぇぇぇぇ!!」


「ッツ! まだかよ!?」


「選べないっ!」


「……侍女シャリエールとしての立場セカイには戻りたくなかったのに……」 


 幾つもの声が交差した。

 襲撃者の掛け声と、詠唱を唱えきった何人もの者たちの重なった力ある言葉。

 明らかに焦燥を見せる黒衣の男の悲鳴。

 選ぶことを放棄したルーリィの叫びと……


「あ、貴女はっ!」


 そんなルーリィが耳にした、悲しげな呟き。

 SHAGYAAAAAAAAAA!! RAGYAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!


「あァァぁっ! ウワァッァァッ!」


「ハァァアァァ!」


「ギィイヤアッァッァァッァ!」


 女の咆哮が二つ、炸裂音も二つ。しかして悲鳴は数え切れず。

 ルーリィは目を見開かせられた。それはそうだろう。ジュウゥッ! とした音を立てて、浮き上がった脂弾ける黒焦げになった男たちが、次々とその場に崩れ落ちていくのだから。


「ウッ!」


 鼻が曲がるほどの人の肉が焼けた臭い。鼻腔を突き刺す刺激に、ルーリィは思わず口元を手のひらで覆った。

 ルーリィだけではない。敵味方問わず、光景と臭いを脳裏に焼き付けた者たちは、あちらこちらでバシャバシャと胃の内容物を吐きださざるを得なかった。


「どうして、お前が……」


 ただ一人、違う者がいた。後一歩で命を失いかけた黒衣の男。

 己よりさらに前に立ち、絶咆とともに生み出した暗い光を称えた柱によって、襲撃者たちの詠唱魔技をかき消し、そのまま焼き貫いた女に向けて掛けた声には、明らかな失望が混じっていた。


「申しわけございません……旦那様・・・


 女は、掛けられた声に謝罪で答える。答えて、姿を消した。次に現れたのは次々会場内に溢れる襲撃者たちの真っ只中。

 猛然と、両手の銀の食用ナイフテーブルマナーセットを振っていた。

 確実に、命を止めることで相手の行動を不能にさせていた。


「『どうしてお前が』だと? いまの言葉は、ちょっとばかり違うんじゃないのか俺」


 聞こえてきた黒衣の男の声。彼もまた同じものを見ているのだとルーリィは思った。余りに異質な光景だから。

 女が単身、襲撃者たちに突っ込んでいるからか? 違う。

 悉く倒していくその強さに、ルーリィの目が釘ずけになったのか? それとも違う。

 ルーリィの注目を掴んで話さないその理由。

 青紫の肌、斜め下に伸びた耳、人間族にとって種族的に天敵であるはずの魔族、そのなかの魔人種の女が、理由こそわからないが襲撃者と立ち回り、結果としてパーティ参加者の命を救おうとしているように、ルーリィには思えたからだった

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