第18話 《ダンスマラソン》-裏(続) 展開

「消せっ! 消せぇぇ!」


「消すなっ! 本体と合流だ! 目的を果たせぇ!」


 あれほど一体感を見せていた襲撃者たち。完全に統制が取れなくなっていた。


「消さねぇと! 近くの領兵が気付いて援軍を出してくるっ!」


「そんな暇は無い! さっさと本体に合流して、作戦を果たすのが先だ! 領兵が来る前にだ!」


 連携を強制的に解いたもの、大火だ。従者待機所として先ほどまで使われていた、王家の別邸の広い敷地内にある、やはり大きな建築物。

 窓の中から、出入り口から、轟々と炎が、その魔手を伸ばしているかのように猛り盛っていた。

 領兵が気付くのはリスクとして、何とかその場で消してしまおうと走り回る者。 その行動は無駄だとしてさっさとその場から離れるべきだと叫ぶ者。大きく二つに分かれてしまった集団を、離れた茂みから、してやったりと眺めるのはヴィクトル、ローヒたちだった。


「あの戦列から俺達が離脱したのも放って狼狽するとは、火を放ったのは正解だった」


「っしゃ、ギッチリ十分は凌ぎきって見せたぜオッサン! どうだこの野郎!」


「従者待機場の外まで他の生存者を引っ張るに掛かった時間は結局五分分以上。放った火が大火になるまで五分以上。敵勢力が分断されたことは悪くないが……いずれにしろ、最初の二十五人がいまは十五人か。減ったな。悪いが俺はここまでだ。待機所から連れ出せた生存者数は正直俺の予測以上。だが、戦力にならぬ役立たずとくればな。ともに行動する意味が無い」


 だが、どこまでもヴィクトルは優しくない。

 状況を冷静に見てから下す、ともすれば残酷で淡白な判断を耳に、ローヒは苦笑いを浮かべた。

 ローヒならまだいいだろう。だが、待機場の外まで搬出された生存者の従者、戦士たちはその言葉を聞いて、はっきりと失望していた。


「一人で行ってどうするつもりだよ。それこそ多勢に無勢だろ。幾ら戦闘に重きを置かず、主人との合流を最優先にしたっても……」


「いまならまだ間に合うかもしれん」


 次々と状況を動かそうとするヴィクトルに苦言を呈したローヒ。

 正直、周囲に対して我関せずのヴィクトルに、ローヒは余りいい感情を持っていない。


「どういうことだ?」


 とはいえ危ない所を救ってもらったこと、そして視界の先の襲撃者たちの慌てようから、ヴィクトルの振るった采配の的確さを改めて評価すると、どうしても強さと参謀術を瞬時に閃くことの出来るヴィクトルの、高い能力に期待しないわけにはいかないから、何とか思いとどまらせようとした。 


「『まだ間に合う』と言った根拠を教えてくれ。道理がかなっているなら俺たちだってアンタに続く」


「生存者のお守りはいいのか?」


「さんざんアンタには我侭を言わせてもらった。仲間を助け出す猶予もらって、その猶予のために協力もしてもらった。これ以上はなんともね、頼みにくい。だから今度はアンタが我侭を通す番。俺たちが協力する番だ。生存者は……ここに捨てていく。敵に気付かれないようにじっとでもしてもらうさね」


 ローヒが、重々しくそう言った途端だった。風切り音、鈍い音、くぐもった悲鳴、そして無音。


「お前たちは……」


 今度は、ヴィクトルが重々しく口を開いた。

 頚動脈の圧迫、首筋への手刀、顎を掌底で打ち抜き、握った武器の柄で後頭部を殴る。

 ローヒの言葉に合わさるように、折角いま救い出した生存者たちの意識を、ここまで何とか生き抜いてきたヴィクトル、ローヒ以外の十三人が、同時に奪い去った。


「言ったろ? アンタが将だ」


 これまでの発言から、ローヒをただの甘ちゃんだと認識していたヴィクトル。

 しかしここに至るために見せてきた戦いぶり、そしていま見せる真剣以外何ものでもない表情と、それに続いたほかの者達の醸しだす空気に、さしものヴィクトルも溜息をついた。


「……よく練られた作戦だった。我ら従者を殲滅し、護衛のいない無防備な主人級を襲う。確実だ。だから……待機所の外に出た俺たちは、また襲われた」


「だから?」


「念押しだ。殺し漏れがあっては救援を求めに逃げられる可能性がある。『襲撃があった』と、主人級に報告にはせ参じないとも限らない。そうなっては、逃げられる恐れがある」


 顎に手を置き黙ってヴィクトルの話を聞いていたローヒは、気付いたように頭を跳ね上げた。


「おい、そ、それって……」


「主人級には、まだ襲撃が行っていない可能性があるということだ。確実に従者を殺すことで主人級を脅威に対し丸裸にさせ、そして情報も漏らさないことで無警戒な状態なまま襲撃することが、勢いに乗りながら容易に作戦を遂行できるから。故に急がなくてはならない。奴らは『本隊と合流する』とそう言った」


「あの、混乱している奴らは別動隊。ならそれ以外に襲撃者がいるって? 俺たちが生きている時点で敵さんには情報が主人級に伝わるリスクがある。建物が火に撒かれたことで救援が来る恐れも否めない。なら、作戦の第一段階は……失敗か!」


「そしてそれなら、本来の目的であろう主人級への襲撃を急がないわけが無い。だが作戦が予測の通りなら、作戦第一段階の成否をあの中の誰かが本隊に伝える前であるなら……」


 ヴィクトルの意見だってただの推測に過ぎない。だがそこに一縷であっても希望が残ったから、戦士たちも胸に熱いものがこみ上げたのを感じた。


「主人級への襲撃前に騒ぎを知らせることが可能って、そういう事か! だったら迷っている暇はねぇ! すぐにでも……」


 そしてそれはローヒも同じ……


『イヤァァ!』


『ハーシェル! どこに行ったの! 助っキィィャァッァ!』


『賊、賊だぁぁ‼ ガァァっッ!』


 であるはずだった。

 その場にいる全員が、天を仰いだ。

 間近の大火に大声を張り上げる賊たち、そこから離れたところから、確かに別の声が聞こえてきたから。声ではない悲鳴だ。絶叫。

 認識した途端、先ほど熱いものを感じた戦士たちは、その叫びの痛々しさに全身の肌がざわめ立った。


「嘘……だろ? 本隊が、動き出したっていうのかよ!」


「チッ! しゃべりが過ぎた。各々方、敵本隊が動き出したいま、既に現場は混沌。襲撃者にあふれかえっているのが予測できる!我ら十五人が徒党を組み、あがいたところでどうにもできん。それぞれ目的のために行動をすべし! お覚悟召されい! 襲撃者たちと剣を交えるもよし、主人の生存を信じて現場に走って守る為に戦い、脱出を図るもよし。だがそのどちらもが修羅の場であることを! では、御免!」


 周囲が何を思っているかなどもうどうでも良かったヴィクトル。驚きにまともに声も発せられないようなローヒたち戦士らにそれだけを伝えると、大きな気合を一つ、たったいま上がった悲鳴の方角へと姿を消していった。

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