第15話 《ダンスマラソン》-3 勝負

 シャリエールは誰かと踊っていた。アーバンクルスは誰かと踊っていた。そういって過言ではなかった。

 少なくともシャリエールは一徹と、アーバンクルスはルーリィとは踊っていないようだった。

 なぜならば……


「なんだ、往生際が悪いな」


「体力……限界来ているんですけど!? そろそろ転ぶがギブアップかしていただけるととても! 嬉しいのですが!?」


 一徹はシャリエールを腕に抱きながら、ルーリィはアーバンクルスの腕に抱かれながら、お互いを意識していた。

 だから互いのパートナーにとっては鼻持ちがならなかった。

 二人が向け合ってるのは敵愾心てきがいしんだ。しかしながらマイナスの感情であろうが……仮面から覗く瞳で、一徹もルーリィも見つめ合うには違いない。


「体力の限界だと? 相当に狡猾だよ貴様。私が気付いていないとでも思っているのか? まだまだスタミナを残しているのだろう。私に一瞬でも優位性を感じさせ、後で温存した力を見せつけ私の心を折ろうとでも思っているのか?」 


「ルーリィ落ち着いて! ドンドン早くなっているから!」 


 嘲笑にもにた表情。煽られているとしか思えないルーリィは、知らずのうちにペースを早くさせていた。


「こんなオッサンのどこに、んな体力あると思うかなぁ」


「あちらのペースに飲まれてはいけません一徹様。引っ張られてペースがこれ以上速くなったら今度は私も……」


 ヒーヒーしわがれた様な呼吸音。いまやニカァッと歯を見せているのは、笑っているのではない。上手く呼吸が出来ず、顎が自然と出た状態ながら何とか一徹が酸素を取り込もうとしているゆえ。


 ルーリィは一徹がペースを上げたようだったからリズムを上げた。一徹もルーリィが早いビートを刻み込むように見えたから拍子を上げた。

 本当は双方ともそんなことしていないのに。

 勘違いして動きを早めているところは互いに互いが負けたくなかったゆえ。

 大人気ないのは百も承知、それでもなんとしてでも屈服させたい。ルーリィは別として、珍しく、いまばかりは一徹も真剣だった。


 シャリエールは誰かと踊っていた。アーバンクルスは誰かと踊っていた。そういって過言ではない。

 少なくともシャリエールは一徹と、アーバンクルスはルーリィとは踊っていないようだった。

 なぜならばそれは、まるでにらみ合う一徹とルーリィが、闘志剥き出しに二人だけで踊っているようだったから。


「ちょ、ルーリィ、これ以上ペースを上げられたら私は……」


「あ、脚が追いつかなくなってきた」


 ある意味二人だけの世界が出来上がっていたから双方気付かない。お互いの本当のパートナーが、実はとてもキツそうな顔をしていることを。

 相手に勝ちたい一心で、いつの間にかパートナーを考えずに独りよがりに踊りあう二人。

 ゆえに、その影響の余波を受けたアーバンクルスとシャリエールが、無理をした二人についていけずゲームから脱落するのはすぐのことだった。


「ッツ! アーヴァイン!!」


「シェイラ!? 申しわけありません! 私はっ……!」


 大きくステップを踏んだルーリィとの歩幅を合わせきれず、小さいステップを踏んでしまったゆえ、ホールドによって唯一付いていけていた上半身の重さにバランスが崩れて倒れたのがアーバンクルス。


「ゲームは続く。君の手を、あの黒衣の男が握ることになるのかな?」


「アーヴァイン、いいんだ。君がパートナーでないダンスなどに何の意味がある!」


「嬉しいことを言ってくれる。でも棄権するつもりかい? いけないよルーリィ。他の男の腕に君が抱かれることがどれほど私にとって不愉快であっても、私は、私のせいで君に勝負を投げ出させるような理由おとこになりたくはない」


「……わかった。少しだけ待っていてくれ。すぐに、終わらせてやるから」


 シャリエールは勢いが付いた一徹のリズムについていくのがやっと。

 いつの間にか汗で濡れた一徹の手に、包まれる自身の手も汗に塗れていたことに気付かず、滑り、遠心力の掛かる場面で一徹と手が離れてしまった。


「どうやらあちらもパートナーの一人が脱落したみたいですね。残ったのは……女性のほうですか。だったらまだ終わりではありませんね」


「それはそうかもしれませんが……」


「正真正銘の一騎打ちです。勝ちたいのでしょう?」


「そいつぁ……」


「こうしましょう? 私はここで脱落してしまいますが、一徹様が優勝することを信じています。本当に優勝したとするなら、それは私の実績でもあったとして、一徹様のお心に留め置いて頂けないでしょうか?」


「なら……なおさら負けられませんね」


「ええ、絶対に勝って下さい一徹様……ご武運を」


 それでも、一徹もルーリィも止まらない。

 互いのパートナーの想いが、言葉が、力強く背中を押してくれたから。

 

 大きく優しく笑ったのち、二人とも振り返った。

 振り返った……向き合ったといってもいい。仮面に正体を隠したまま、一徹とルーリィが。


 戦地に赴くかのように、仮面から顕わなルーリィの口元は引き締まり、同じく露出された一徹の口元は、これで決着が付くことに期待に溢れた笑みで歪んでいた。


 パーティホールの中央に立つのは一徹とルーリィの二人だけ。

 他の数多くの出席者は固唾を飲んで、ことの行く末を見守ろうとした。

 さすがは決勝というべきか。集中した視線に想いは混じり、パーティホール中央は熱気は増したようだった。


『ハァーッ! ハァーッ! 長かった、しんどかった。上級貴族のパーティで、どうしてこれほど体力が続くのだ。こ、これで決着だ。奏者お前達の方が体力続くのか?』


 ここまで音楽を奏で続けてきた、指揮者と奏者の悲鳴が明後日のところから木霊する。

 もちろん、それを耳に入れる踊り手も満身創痍。

 決着の舞台は、出来上がっていた。


「ご武運か、ご武運ね? その言葉も懐かしいな。《一徹様》もそう、《ご武運》もそう。なんというか……シェイラは少し、お前に似ているよ。リングキー」


「……ここまで来れたことだけは褒めてやろう下衆ゲス。が、その快進撃もここでしまいだ」


 一徹にとって、いま勇気をくれたパートナーはシャリエールではない、シェイラだ。

 そのシェイラに一瞬でも、かつての大事な存在思い出、リングキーという女が重なったようにも思えた一徹は、中腰の体勢、肩幅に開いた脚の両膝に両手を置き、息荒くうなだれるなかでルーリィに声を掛けられた。


「貴様も運が悪い。想いを託された私が、ここで敗れることなど絶対にないのだから」


「ああ、そう?」


 うなだれる一徹に対し、ルーリィはしっかりと頭を上げて立っている。

 自然と見下すような、それも汚い物を見るかのような仮面から覗く二つの瞳。これを体勢変らず顔だけ上げ、上目遣いで見返す一徹。


 見ようによってはガンをくれているようにも見える仮面の中の一徹の眼差し。そしてここに来て、一転フランクな言葉遣いになったこともあって、一層不機嫌さを増したルーリィは舌を打った。


「まぁ俺もね、ここまでシェイラに迷惑をかけてきた手前、なっさけないところを見せるわけには行かないのよ。だから申し訳ない。レディファーストをお望みなら……諦めた方がいい」


「随分な口をきいてくれる」


 二人のうちのどちらが優勝するのか。

 会場内の九十九パーセント、その中にはフィーンバッシュ侯爵も、ラバーサイユベル伯爵もアルファリカ公爵にアーバンクルス、シャリエールも含め、興味深く注目が集まった。


 ……唯一、そのなかで皆と違う思惑によってハラハラし、不安げな視線を送る者がいた。

 エメロード。

 とうとう、その恐れが現実な物となってしまうように思えたから。

 一徹の存在が、そしてルーリィの存在が、お互いに明るみに出てしまう恐れ。


 そうして、向き合った二人は動きを見せる。まず深々と頭を下げたのは一徹。


「貴女のお相手を務める。光栄だ……とでも言った方が宜しいのか。申し遅れました。私……」


 対してルーリィも、スカートの裾を両手で摘まみ、目を伏せた。


「いい。名乗らないでいい。私も名乗るつもりはないから。いや、名乗る名など持ち合わせてはいないんだ。特に、下衆に対しては」


「さようで?」


 どちらも敬意を示す仕草の筈。二人とも恭しげに「お相手宜しく」と言う姿勢……だけは見せた。

 所詮はパフォーマンス。心など籠もっているはずもない。


 遂に、掌を合わせる。

 一徹はルーリィの背中を抱き、ルーリィは一徹に体を預けた。

 それは、互いに仮面を付けているからこそ至れる動き。


 やがて、決勝は始まった。


 新たに奏でられ始めた音楽。踏み込んだ二人の脚には、力がこもっていた。

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