第14話 《ダンスマラソン》-2 シェイラ
「……面白くない」
本音が口をついで出た。
パーティホール中央。十組ほどいたカップルは半数まで減り、しかし視線の先の 彼は、エメロードが早い時分に敗退したのに、意外な健闘を見せるから楽しくなかった。
ゲームが始まり時間はそれほどたってない……が、弾むような音楽のリズム。駆け抜けていくように軽快で速いから、既に十数回は、ホール中央に立つ者たちは踊りきっていた。
誰が最後まで踊り続け、ただ一人ホールに残るのか。
観客となったパーティ招待客が、期待に膨らませた眼差しを送るなか、いまではそんなその他大勢の中の一人となってしまったエメロードに限っては、肩を上下させ、必死に酸素を取り込もうとしながら、先ほどまでパートナーだった一徹を睨みつけていた。
睨み付けたくもなる。
自分は一徹に「気合を入れろ」と言った。そんな自分が先にバテてしまい、足がもつれてしまったから。
因みにこれは、ただ情けなさを感じて笑えないからというだけで睨んでいるわけではない。
転んでしまったことでゲームから脱落したエメロード。
もし一徹が、転びそうな彼女の、ホールドしていた腕を引っ張るなり、立ち位置を変えるなりして救えたら、それでよかったのだ。
……そんな甲斐性、一徹にはなかったのだが……
ただそれは睨みつける理由の一つに過ぎない。
一番の大きな理由、それは……
「どうして、楽しそうな顔してるの? 私のときには苦笑いばかり浮かべるのに」
シェイラの存在があったから。シェイラと……踊っていた。
体勢を崩してしりもちをついたエメロードが顔を上げたときにはもう、先ほどエメロードが包まれていたはずの一徹の腕の中には、入れ替わったようにシェイラがいた。
そしてそのシェイラが一徹のパートナーになった途端、一徹の舞踏は急激にスムーズに、
シェイラという女は、話を聞く限りでは一徹と本日知り合ったばかりであるはず。
なのにそれよりまだ付き合いのあったはずのエメロードは、ダンスパートナーとしての格の違いを突きつけられた気がした。
✛
「こいつぁ凄い……な」
淀みなくステップを踏めていた。ぎこちなさを感じさせない身体運びで、自分でも信じられなくスマートに踊れていることに、一徹自身がたまげていた。
「ちゃんと踊れていますよ一徹様」
「正直驚きですシェイラ。先ほどはステップ一つ踏むたび、リズム一つ乗るために、相当しんどさがあったのに」
シェイラと踊ることへの安心感。エメロードがパートナーを務めていたときとはダンチ。
「徐々に動きも大きくなってまいりましたね」
「も、申し訳ない」
「いいのです。動きが大きくなっているのは良いことですよ。少しずつダンスに慣れ、固さが取れたということなのです。続けましょう?」
ミスもかなり減った。確かにシェイラがパートナーになったばかりのときには、胸や腹でシェイラを跳ね飛ばし、足も踏んだ。
だが二、三分経つころには、見違えるほど一徹の踊りはよくなっていた。
「自信を持って大きく。失敗を恐れないで下さい。ミスしたってよいのです」
シェイラからかけられる言葉、踊り始めてから既に何度も耳にしていた。
「エスコートは私が行います。一徹様は恐れず、好きなほうにステップをお踏みください。私があわせますから」
それら言葉が、失敗への免罪符。
「失敗を恐れるな」と言われ、さらに「失敗してもいい」と言う。その上「好きに動いて構わない」とまで言われた事が、大きな安心感につながった。
「『ダンスはほとんど』と仰った一徹様。ならばまず、ダンスを好きになるところから始めるのが宜しいかと。楽しむことこそ上達への一番の近道です」
「ありがたい。シェイラはそうして上達されたクチで?」
「え? いえ私は、本当はダンスなんて……」
「シェイラ?」
「な、何でもありません!」
まるで一徹の行きたい先を読んでいるかのように体を動かすシェイラ。
一瞬、彼が彼女の脚を踏みそうになっても、自然な動きで一歩脚を引く。アンバランスすぎる一徹が、バランスを取ることができるように、そのズレた部分を補う動きを見せていた。
3年の間シェイラが……
そんなこと知らない一徹は、だから自信を持って踊ることができた。それが良い踊りへとつながっていった。
「一徹様、どうかさなさったのですか?」
自信を持ってしっかり踊ることが出来るようになったからか、少しだけ余裕を取り戻した一徹。
一方向を見つめ、不敵な笑みを浮かべ始めたことが、シャリエールに問わせた。
「何を見ていらして……」
「まさかの事態だ。シェイラ、私が四苦八苦していたさなか、状況は随分と動いていたようです。もう……
「えっと……ッツ!?」
一徹の言葉、状況を、シャリエールも理解した。
相手の動きに合わせるため……とは、言い訳の一つでしかない。
シャリエールこそ周囲が見えてなかったようだった。
周囲などどうでもいい。
一徹と手を重ね、指を絡ませ腕に抱かれて二人で踊ることに、キスできそうなほどに近い距離で一徹を見つめることが出来ることに、陶酔と高揚していたのが事実だったから。
……一騎打ちだった。
いや、《ダンスマラソン》が《奏者と演者の決闘》だとするなら少し違う。
最後の一人まで踊り残った者が勝者、とするルールからも外れてしまうが……
最後の一組になりうる、この二組しかいないパーティホール中央を見るなら、ペア同士の一騎打ち、決勝といっても過言ではなかった。
一徹・シャリエールペア。そしてアーバンクルス・ルーリィペア。
この二組が、現在まで残った踊り手たち。
どうして一徹が視線を他に飛ばしたのかシャリエールも理解した。
最後の一組とならんがため、ルーリィが攻撃的な視線を送りながら動き
「ったく! 駄目だね俺も! 足るってことを知らねぇ! ちょっとばかし慣れてきたからって……欲が出てきちまう!」
あぁなるほど。とシャリエールは直感した。
いまなら、一徹の考えることが何でもわかるような気がした。
「……勝ちたいですか一徹様。あのカップルに」
「あっと、えー……わかっちゃいました?」
一定の距離を置かなければならなかった、《一徹の使用人》という
仮面をかぶり、正体を隠すことで、抵抗なくスルリと一徹の胸の中に飛び込んでしまえる《シェイラ》という身分。
一徹の傍に立つその遠近によって、これほど見えなかった物が見え、物事に気付くことへの容易さが違うのかと、シャリエールは興奮と衝撃すら受けた。
「初めて会ったはずなのに、
「フフッ、やっぱり」
「本当、せっかくシェイラには、フォローをして貰っているのに申し訳ない。貴女をおざなりに、私は自分のことばかり考えて……」
「なら、勝ちに行きましょう?」
長ったらしいセリフは一徹が言い訳してるゆえ。
それに対してシャリエール。一徹にとって同じく本日初めて出会ったばかりのシェイラから返ってきたのは、たったの一言。頼もしい返事。
語気に、そして腕の中の、シェイラからの視線をまっすぐ受けたことで気合を感じた一徹は、ゾクゾクとした武者震いを背筋に感じ、はからずも口の両端が吊りあがった。
……とうとう、勝負は始まる。
「んーじゃ、一丁やったりましょうか。シェイラ」
「ハイッ、あの二人を下しましょう一徹様!」
「ハッハァ! 面白くなってきたぁっ!!」
アーバンクルスとルーリィが、奇しくも同じタイミングで一徹達の方へと顔を向けた。そういうことで絡まった双眸。
ここで一徹は、仮面から覗ける口元によって挑発をするかのようにニカァッと歯を見せ、笑って見せた。
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