第12話 その舞踏。確かめ合う想い。ちらつく目障りな存在

「なかなか懲りないね彼も。しつこい男は嫌われるともいうけど、あそこまで毛嫌いされた表情を前にまさか手を取ってダンスまで。その固い意志に敬意すら表したくなる」


「楽しんでいるのかアーヴァイン」


「楽しいよ。国に帰ったら君と踊ることのできる機会も少なくなるかもしれない」


「問題発言はよしてくれ。まるで我が国の王子が、帰国を望んでいないようじゃ……」


「だから、ね? 折角の機会は思う存分楽しみたい。エメロード嬢が心配なのはわかるけど、もう少し私に意識を向けてくれないかな。黒衣の男を睨んでばかりでは物足りない」


 パーティホールに音楽が満ち、やがてホール中央では招待客が踊り始める。

 先ほどまで上階で、同盟にかかわる情報交換をしていたアーバンクルスにルーリィも、その輪の中に加わっていた。


「このパーティを終えたら帰国。そういう意味では今回がこの旅最後のダンスになる。そういえば随分上達したね。初め君の手を取った頃、結構酷いものだった」


「そうだろうか。押さえる所は押さえ、ちゃんと練習は重ねていたつもりだったのだが。これで私も、我が家で開催したパーティでは何人とも踊ってきた。実践は多いはず。というか、君はそう思いながら私と踊っていたのか? 言ってくれればよかったのに」


 二人が交わすはとても砕けた会話。しかしながら舞踏については、誰が見ても見事という他なかった。


 第二王子と伯爵代行のダンス。二人がこれまでの人生の中で学び、吸収してきた数多くのものへの実践は、舞踏を高いレベルに昇華させる……だけじゃない。

 見方を変えてみる。騎士団中隊長と、その部下である騎士同士の踊り。

 無意識中にもピンと張った二人の背筋は、誰が見ても美しい。


 アーバンクルスがルーリィの背中を抱く腕の、肘の角度は高く、正しい姿勢。その肩にたおやかに手を置くルーリィの所作。

 精度正しく足を運び、身体をひねる動き一つ一つに騎士団で培った高潔さが垣間見えた。 


 二人のダンスは他を置いて圧倒的に美しく、故に踊り始めてしばらく、他のカップルたちは、目を奪われ、言葉を失わせ、者によっては踊ることすら忘れた。


「違うよ。技術の話じゃない。心の話。君は踊るとなると、とても頑ななんだ。無表情で冷たく感情を隠す。まるでただこなすだけの作業であるように。だから私は、君と踊っていても正直楽しいとは感じられなかった」


 口元を見るだけで、仮面の下のアーバンクルスの表情がわかる様な気がしたルーリィは、言われて苦笑いを浮かべた。


「こなすだけの作業。その通りだよアーヴァイン。私にとっては苦痛な作業。傾きかけた家を復興させようと、支援者を募るためによくパーティを開いた。社交辞令として招待客とは必ず踊るんだ。助兵衛スケベな客もいてね。でも客には違いないから、気分を悪くしないようダンス相手は何とか勤め上げた。私にとって社交ダンスなど、交流を図るための業務ツールに過ぎない」


「でもいまはもう違う」


 言葉とともに、キュウッ! とした力に抱き寄せられたルーリィは、抱き寄せられたことで、すぐ目の上にまできたアーバンクルスの仮面から覗く口元が、嬉しそうに歪んでいるのを認めた。


「少なくとも私にだけは、そんな感情で臨まないでいい」


「何を言っている。君に対してだけは、既に違うつもりだが?」


「それは感じる。でもこういう大切なことはハッキリ言っておきたいタチだから。それにキチンと言っておかないと。そうは言っても、きっと君は帰国後に、それら出資者・支援者パトロンとの付き合いが今後も続くだろうから」


「ちゃんとわかっているんだね。私が帰国したら、君以外の男の手を握ることになるということ」


「優しい言葉の一つもかけられたなら良いんだけど、君の苦労は決して、言葉そんなもので何とかなるほどヤワでないのは伺えるし、きっと君も喜ばない」


「少し気持ち悪い。君は本当によく私を見ているようだ。私が欲しい言葉を先んじて、そうして伝えてくるんだから」


 そこまで言葉を紡いで双方、黙り込む。

 ルーリィはアーバンクルスを見上げ、そしてアーバンクルスは見下ろすようにルーリィの瞳を見つめた。


 両者の、恋人となってからこれまでの一月半、幾たびも重ねてきた唇。また触れそうになるほどに近くなり、お互いがお互いの熱い吐息を感じることが出来るほど。


「……ねぇルーリィ、この旅が終わって《ルアファ王国》王都へ戻ったら、私は君に婚や……」


『お集まりいただきました皆様、それではここいらで一つ……《ダンスマラソン》と参りたいと思いますっ!』


 その空気に耐えかね、気持ちのはやったアーバンクルスの申し出。

 だが、会場内に響いた指揮者の声に塗りつぶされてしまった。


「すまないアーヴァイン。聞き取れなかった」


「いや……いいんだ。それにしても珍しいね。社交界、とりわけ上級貴族ばかりが集まる場にあってこのゲームを始めようだなんて。参加してみようか?」


 思いは届かなかったから、問い返してきたルーリィに気恥ずかしさからもう一度同じことを口には出せなかったアーバンクルス。

 ゲームが始まりそうなのをこれ幸いにと、少し強引に話しの方向を変えた。


「《ダンスマラソン》、確か決められた振り付けのまま、同じ曲をエンドレスで踊り続け、最後まで立っていた踊り手を優勝者とするあれか。音楽も重ねるだけ早くなる」


「別名、《奏者と舞者の決闘》。カップルじゃなくて踊り手というのがミソだね。パートナーが脱落したとき、同じタイミングで他のカップルに脱落者発生。残った踊り手が異性なら、パートナーとしてカップルを作り直してコンテストの継続が可能」


「いいのだろうか? 先ほど他の男と私がパートナーを組むことに、酷く嫌そうだったが?」


「そう、とても嫌だ。だから何とか最後の二人となるまでルーリィと踊りきりたい。 私たち二人は、これで騎士としての訓練は受けてきた。基礎体力だけで言えば、よほどのことがない限り負けるとは思えないけど?」


「勝ちを見越した上での参加か。少し、性格が悪い」


「悪くてもね、帰る前にもう一つくらい、良い思い出を作っておきたいのさ」


 《ダンスマラソン》。二人が互いに確認し合ったルールがルールだから、踊りや体力に自身のなさそうな者たちは、サァっとホール中央から退いていく。

 始めは二十数組いたカップルたちは、今や半数の十組程度まで少なくなっていた。


『ダンスマラソンですって!?』


『そんなうろたえないでよ!』


 その時だ。二人の耳に、狼狽えた大声が聞こえてきたのは。


「ほぅ? で……どうやら、彼らもまたこのゲームに参戦するらしい」


「寧ろゲームにまでエメロード様を振り回すとは。せいぜいエメロード様を疲れ切れさせた暁に、一層嫌われてしまえばいい。その上で、先の忠告を忘れたことがどういう結末に繋がるか教えてやるさ」


 そうして、二人は目にした。

 半数以上のカップルが退いたことで開けた視界。

 その中にエメロードと、いまやルーリィにとっての《不愉快男》となった黒衣の男が残っているところを。


「さっき彼を救った令嬢は一人……か。本当はパートナーではなかったようだ。機転を利かせて助け出したというところかな?」


 付きまとっている事実について、酷く不愉快にて身体を熱くさせたルーリィ。

 しかしながら先ほど黒衣の男を救った女、いまは会場の端っこで突っ立っているだけの彼女の存在を、アーバンクルスの声で改めて認識したことで、黙り込んだ。

 言いようもない得体の知れなさ、それがルーリィをけん制したのだった。


 ……そうして、賑やかな音楽とともに、ゲームは始まった。

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