第5話 天邪鬼

「なに婚活にかこつけてナンパなんて決めこんでるのよ」


「な、ナンパって。それよりエメロード様、さすがにひどいです。パーティじゃボッチな私。やっと良さそうな女性を見つけ、話も纏まりかけたのに」


「どこが酷いの? 金品チラつかせ、町娘に時間を取ってもらうことを申し出たことのある貴方に、我がパーティの女性客を捕まえられてなるものですか。目を離した隙に、毒牙に掛からないとも知れないじゃない」


「性犯罪者か。って、その扱い、こっち・・・じゃもう何度目だ? そんな危ないツラァしているか俺。忘れてくれても良いのに。まだ前にお伝えした話を覚えていたんですか?」


 強引に引きずられた一徹は、遠くの方から見つめ続けてくるシェイラに「惜しいことをした」と思いながら、一切の容赦がないエメロードの言葉でガックリうなだれた。


「だから山本一徹。貴方は今日、閉幕するまで私と行動するように」


「……まさかとは思いますが、私のお目付け役にでもなるおつもりですか?」


「主催の一人として、猛獣を羊の群れの中に放つような危険、冒せないじゃない」


 言い切られてしまうから、一徹がギリギリあげられたのは、ハハハという渇いた笑い。


「さっきだって、デレデレしちゃって……」


「あんのー、エメロード様?」


「何よ」


「なんと申しますか? 怒っていませんか?」


「はぁ?」


「い、いやぁ、すっごく……怖い顔をなさっているものですから」


「……悔恨の念よ。貴方の邪魔をして悪かったわね。私が引きずってくるまで、貴方はいい顔をしていたようだったけど、そんなにあの女性客が良かったのかしら」


「えっと、エメロード様、話が見えない」


 エメロードの強い瞳が見上げてくるなら、一徹はタジタジ。


「顕著よ。貴方、私と二人になって以降、顔をひきつらせてばかり。さすがにここまで豹変されるとね。よほどあの女性客と私との間に、何か大きな差があると思い知らされる」


「そ、そんなことは……ウグッ」


 強い瞳だ。だが、視界に入ったら凍り付かせるほどの冷ややかな視線。

 無表情は無機質さすら一徹に感じさせるから、一種の凄みが醸し出されたこともあって、一徹は背筋にゾワゾワしたものを感じた。


「そんなに……私じゃ不満?」


「いんやぁ、不満というより……」


 あからさまに、恐れが見える一徹。


「貴女といるのが……怖い」


 言葉にすらした。

 幾ら剣呑としたエメロードだって、その言葉は重い。

 言われ、ハッと目を見開いたエメロードは、しばし黙り込み、肩を落とし、ため息をつく。


「ま、正確に言えば、『貴女といるとご友人が怖い』ってところですか?」


「え?」


 だから、次に耳に入った言葉は意外。

 結構なショックに俯いた顔を、フと、あげた時に目に入った一徹の顔。

 彼は、人を喰った笑顔でチラリとあらぬ方向に視線を送った。促された先、エメロードも視線を送って……息を飲んだ。

 パーティ会場の上階。三国同盟にかかわる者達の中で、特に重要な人物同士の懇親のため、特別に儲けられた席のあるフロア。幾らパーティに招待されたとて、並みの客では立ち入りを遠慮してもらう場所。

 そこから見下ろしていた者がいた。


「仮面越しにゃ表情はわかりませんが、敵意は向けられている。どうやら本当、先のご令嬢にとって、私がエメロード様とご一緒するのが面白くないらしい」


 なるほど、この視線を食らって恐れていたなら、エメロードにも請け合いだった。上階から見下ろすのはルーリィ・セラス・トリスクト。

 仮面があるから、一徹に気づかず彼の腕を極めた彼女。


「行きましょう山本一徹」


 見られていることを認めて、だからエメロードは気持ちを切り替え、声を一徹に張り上げる。そしてルーリィの視線から隠れるようにと、一徹の腕をまた引いて、その場を後にしようとした。


「エメロード様、どちらに?」


「今日ここに来るまでに何か食べてきた? お腹、空いていないかしら」


「は?」


 当然だった。エメロードにとってルーリィは、親友であり……


「我が公爵家の料理人は、宮廷料理人にだって引けはとらない。感謝しなさい。貴方が生涯をかけてもお目にかかれない至高の一皿を、堪能できる機会をあげるんだから」


一徹を連れて行ってしまう可能性のある、リスク。

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