エージェントを騙せ


 アンテナを鴨葱もとい芽依に向けます。芽依がノートパソコンの電源を入れた時、ノートパソコンは無線LANのアクセスポイントを探すはずです。研修室は社内のどのアクセスポイントの電波も掴みづらい部屋でした。したがって、我らが偽{00000JAPAN|ファイブゼロジャパン}のアクセスポイントを見つけたなら、自動的に接続しようとすることでしょう。


 相手がアルティメット・バグトリガーである、というのが、吉と出るか凶と出るか。


「どうですか? アカネ」

「まだ接続はありません アカネ」


 高槻さんはため息をつきます。


「ああ、アカネアカネってセリフが紛らわしい。AかBか区別しなさい」

「別にいいじゃないですか」


 双眼鏡で見る限り、芽依はノートパソコンの画面を開きました。接続されるとすれば――。


「あっ、あ、来ました!」


 アカネBは、攻撃用のノートパソコンを落としそうになります。いくら驚いたからって、両手を離すことないと思うんですけどね。私は彼からノートパソコンを奪い取り、アクセスポイントの管理画面を確認しました。


 そして、自作の偽BigBrotherサーバーのコンソール出力に注視します。通常通りの動作であれば、芽依のノートパソコンにインストールされたBigBrotherエージェントが、サーバーに接続して、命令一覧を取得しようとするはずです。


```

PS C:\test> .\Fake.BigBrother.exe

Fake BigBrother Server

Listening on 0.0.0.0:11574/tcp

```


 さて――。


```

[10:23:22] リクエスト受信 ID:1(送信元: 10.31.113.223:65491/tcp)

GET /api/v2/commands/74656j HTTP/1.1

Host: bigbrother.localnet.kyoki-railway.co.jp:11574

Authorization: Bearer 02711830-76b2-11ec-8e9a-4c364e448e46

```


 来ました、来ましたよ。


 Hostの値を見ると、確かに京姫鉄道のBigBrotherサーバーに接続したつもりになっているようです。攻撃対象のPCとみて間違いないでしょう。


```

ポリシー更新命令を応答します。よろしいですか? [Y/N]:

```


「もちろん、YES!」


 と、高槻さん。


 生暖かい鼻息が左右の頬に当たります。



```

[10:23:45] レスポンス送信 ID:1 (送信先: 10.31.113.223:65491/tcp)

HTTP/1.1 200 OK

Content-Type: application/json

Content-Length: 133


{

"clientId": "74656j",

"commands": [

{

"type": "UpdatePolicy",

"date": "2024-07-01T01:23:45Z"

}

]

}

```


 正常に処理されれば、ポリシー取得リクエストが来るはずです。


```

[10:23:47] リクエスト受信 ID:2(送信元: 10.31.113.223:65491/tcp)

GET /policy/74656j HTTP/1.1

Host: bigbrother.localnet.kyoki-railway.co.jp:11574

Authorization: Bearer 02711830-76b2-11ec-8e9a-4c364e448e46

```


「来た!」


```

ポリシーファイルを応答します。よろしいですか? [Y/N]:

```


「YES!」


 三人の声が揃いました。


 応答したポリシーファイルには、PCの壁紙をレモン画像に差し替える命令が入っています。今頃、芽依のパソコンの画面にはレモンの画像が表示されていることでしょう。


「この調子でやっていきますよ!!!」


 そう言って、私はテキストエディタを開き、新しいポリシーファイルを作成しはじめます。


「あれ、そんなキャラだったけ、Aって」

「今日は気分が良いんです! どんどん行きますよ」

「あっ……。ふぅん」


 高槻さんは何かを察したかのように、ニヤニヤと口をつぐみました。何でしょうか。気持ち悪いですね。


 次に私が作成したポリシーファイルは、ログオンスクリプトを変更したものです。これで、システム課の作業フォルダに、壁紙画像を送り込みます。そうすれば、社内の業務系PCすべての壁紙がレモン画像になることでしょう。


「くふふふ」


 想像するだけで、笑いが止まりません。



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