レンタカー


 國鉄姫路駅に到着するや否や、高槻さんはタクシーを捕まえようと駆け出します。そんな彼女を、私とアカネBの二人がかりで取り押さえました。


「タクシーに乗るのぉ! バスは嫌!」


 新神戸まで乗ったバスが余程嫌だったのか、前社長様は幼児退行して駄々をこねます。


「そもそも、本社の近くに停まるバスないじゃないですか」

 

 私がそうツッコむと、高槻さんはキョトンとした表情を浮かべました。


「……そうなの?」

「はい。ここから京姫鉄道で一駅、歩いても十分かかりません。今の時間だと歩いた方が早いです。ね、アカネ……祝園監査役」


 と、汗を拭うアカネB。


 しかし、私は即答しました。


「歩きません」

「えぇ……じゃあ、電車?」

「乗りません」

「ええ、じゃあどうするの」

「レンタカーです」

「なんで、この距離で!? わざわざ?」

「はい。わざわざです」


 どうせまともに運転できる人がいないので、私がレンタカーを運転します。姫路駅から京姫鉄道手柄山支線の高架に沿って走り、立体交差する山陽電車の高架をくぐると、横長のノッペリとしたビルが見えてきます。あれが本社ビルです。今は修復工事のために足場が組まれていますが、工事が完了したフロアから順次使用を再開しています。


 本社ビルに沿って、将軍橋交差点まで車を進めます。さて、ここまで来たら理由は一目瞭然。


「あ、立体駐車場」


 と、高槻さんとアカネBの二人が同時につぶやきました。


「はい、そうです」


 実は京姫鉄道本社ビルのど真ん前に、立体駐車場があるのです。屋上はおよそ六階ぐらいの高さ。本社ビルとの距離は、道を挟んで最短二十五メートルほどです。つまり、窓際なら無線LANの電波がギリギリ届く可能性があります。したがって、この駐車場は、偽アクセスポイントを設置する第一候補なのです。


 車を屋上階に停め、スマホで近くのSSIDを見てみます。


「京姫鉄道の社内無線LANの電波を拾ってますね、一応」


 アカネBが画面を覗き込みました。


「結構弱いねぇ」

「まあ、無線LANの電波って、届くのはせいぜい二、三十メートルほどですからね。ギリギリってところでしょうか」


 すると、高槻さんは私の肩をぽんと叩き、本社ビルの一室を指差しました。


「あそこ研修室でしょ。八木かパラボラがあれば何とかなるんじゃない?」


 八木、パラボラとはアンテナの種類のことです。家庭用の無線LAN親機には、たいてい全方向に電波を飛ばす無指向性アンテナが搭載されています。一方、八木アンテナやパラボラアンテナは一つの方向に電波を飛ばす指向性アンテナです。送信側、受信側ともに指向性アンテナを使用すると、ビル間の通信はもちろん、富士山頂と麓で無線LANの通信を行なうこともできるそうです。


 送受信の片方だけ指向性アンテナにしてどれほどの効果があるのかはやってみなければわかりません。ただ、今回の模擬攻撃に無関係の人をできるだけ巻き込まないようにする効果は見込めることでしょう。うまくいけば、元々電波の弱い研修室ですから、こちらの偽アクセスポイントの電波が勝つかもしれません。そうすれば、電波を求めていろいろなPCが偽アクセスポイントに接続してくることになるでしょう。


「で、そんなの今すぐ用意出来るんですか?」

「もちろん! 私を誰だと思ってるの」


 胸を張ってそう答えると、高槻さんはどこかに電話をかけました。

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