無線LANを狙え

※注:2021/10/03 前回の展開を一部修正しました。


 神戸八州嶺ホテルは山の上のホテルです。ここから姫路まで行くためには、ケーブルカーとバスを乗り継ぐことになります。住宅街の中を左に右に進むバス。この近辺はそれなりに乗車率が高く、椅子に座っていてもzipで圧縮される気分が味わえます。新神戸駅へとたどり着くころには、疲れがどっと押し寄せました。


「タクシーを使えばいいのに」


 壊れたAI受付システムのように、高槻さんの口からは呪詛が垂れ流されています。


 ここで、電車に乗り換えます。


 私は京姫鉄道新神戸駅の改札に向かいましたが、高槻さんは私の首根っこを掴み、新幹線改札のほうに引きずっていきました。


「え、何ですか急に」

「聞いたことない? 時間はお金で買うものだって」


 そんなこんなで、新幹線二駅のために、國鉄にグリーン料金を納めることになりました。普段バスに乗らない人をバスに乗せると、こんな反動があるんですね。いや、普段からグリーン車に乗ってるのでしょうかね、このリッチパーソンめ。


「で、無線LANをハックできる方法って、思いついたの?」

「はい。ヒントは、逆転の発想です」

「逆転の発想……? つまり、繋がらなければ、向こうから繋いで貰えばいいじゃないってこと?」


 すると、後ろの座席から、アカネBが会話に加わります。


「つまり、偽アクセスポイントですか」

「はい。つまり、向こうから、偽アクセスポイントに繋いで貰えばいいんです。そしたら、PC側のBigBrotherエージェントに対して攻撃できるかもしれません」


 こういうときに、意外と頼りになるのが、アカネBです。


「でもRADIUSサーバってことは、結局、認証が問題ですよね。会社のSSIDで偽アクセスポイント作っても意味なくありませんか?」


 そうです。アカネBが言うとおり、それが問題です。今は彼もこんな形で逆出向していますが、本来は子会社で情シスを勤めていますからね。指摘は的確です。


「たしかに、EAP-TLSなので相互認証なんです。だから、会社のアクセスポイント名を騙っても成功はしないでしょうね、まぁ初期設定のときを狙うぐらいしか……」

「でも、その辺は何か突破できるアイデアがあるんでしょ?」

「はい。会社のPCから自動的につながるアクセスポイントで、なおかつ会社以外のものを狙えばいいんです」


 そう言って、私はスマホで撮った『宿泊のご案内 ―INFORMATION―』のあるページを二人に見せました。そのページとは「災害時のご案内」でした。そこには、災害時の無償Wi-Fiについての案内も記載されていました。曰く、ホテル全館とケーブル駅周辺において、無償Wi-Fiが、災害用統一SSID「00000JAPAN」、パスワードなしで提供されるとのこと。


「あ、00000JAPAN(ファイブゼロジャパン)。僕の携帯にも設定が残ってます」

「私も」

「そうです。京姫鉄道が大ダメージを受けたのは地震が原因でした。当時、避難所からテレワークで仕事をしていた人もいましたよね。一部の社用PCには、00000JAPANに接続する設定が残っているんじゃないかって思ったんです」

「とんだ落とし穴ね……」


 高槻さんは豆鉄砲を食らった鳩のように、目を白黒させました。

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