種明かし


 さて、攻撃を始める前に、ここで私の立場を種明かしすることにしましょう。


 私としてはもう少し隠しておきたかったのです。しかし、明かさなければ、私のマネをしたつもりで、無許可のサイバー攻撃を行ってしまうような不埒な輩が出てしまうかもしれないからです。もし本当に無許可なら、それは違法性が高い行為ということになります。不正アクセス禁止法違反、不正指令電磁的記録に関する罪、偽計業務妨害罪、電子計算機損壊等業務妨害罪など色々な罪に問われるリスクがあります。ですから、そのような行為は絶対にしてはいけません。



 ところで、なぜ私は攻撃を合法的に行うことができるのか。


 ここだけの話ですが、実は私は、出戻りしたのです。京姫淡急ホールディングス株式会社の監査役に就任するという形で。


 監査役となった私の役割は、取締役の職務の執行を監査することです。ホールディングスの定款には、本体と子会社に対して、充分な情報セキュリティ対策を行うことを取締役に義務づける条項がありました。各子会社の定款についても同様です。そこで、私は子会社調査権を行使して、定款が遵守されているかどうかを確認するため模擬攻撃を行うという形になっています。


 今回に限っては、抜き打ち監査であることに意味があるため、私が監査役に就任したこと自体、従業員には伏せています。もちろん、株主総会に参加していればバレバレですから、隠しきるのは無理があります。そこで、念のための保険として、人事システムには、私と同姓同名の祝園アカネ(通称B)が監査役になったかのように登録し、本人にはしばらく身を潜めてもらうことにしました。ですから、表向き、私はただの退職者のままです。


 とはいえ、さすがに社長にすべてを隠しきることは不可能ですから、きちんと社長の承諾だけは書面で得ています。計画では、ここで苦労するはずだったのですが、拍子抜けとなりました。なぜか社長は協力的だったのです。


 監査役になること自体は簡単なことでした。高槻さんはお家の事情で失脚させられたとはいえ、現在も個人筆頭株主ですから、監査役を送り込むこと自体はわけもありません。しかも、ちょうど監査役が一人任期満了と役員定年により退任となるタイミングだったことも後押しになりました。なぜなら、監査役は、経営権もない、従業員の業務を手伝うこともできない、その割には責任が重いという、誰もなりたがらないポストだからです。少なくとも弊社では、候補者を軟禁し、くじ引きで決めるレベルでハズレ扱いでした。まるでPTAや自治会の役員ですね。創業家サイドからの株主提案という形であれば、どうぞどうぞ、となるわけです。


 しかし、社長は、私のことを高槻さんのお気に入りであるという理由だけで毛嫌いしていたはずです。あまつさえ私は会社から結構な賠償金を毟り取りました。それなのに、なぜ……。


 何やら不気味ですが、考えても仕方ありませんね。


 ま、私は私の責務を果たすだけです。


 あと、一応書いておきますが、これは、サイバーセキュリティの確保の支援を目的とした情報処理安全確保支援士業務の一環でもあります。なぜそんなことを書くかって? まあ、大人の事情ってやつですよ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る