8ーキリンと神様

 キリンが目を開けると、そこは狭い部屋だった。移動しようとすると、シーリングライトに頭を打った。仕方なく、低い天井に合わせ身を屈め、脚を広げた。

 長い時間この体勢なのだろうかと、キリンは不安になった。ぷるぷると脚が震えるのは疲労と不安のせいだ。


「どうしたものか」

 ここはどこだ。どうして、この部屋なのか。キリンの元いた場所は、――。キリンにはわからなかった。生まれた場所も、群れの存在も、どこか嘘くさく、絵で飾られた動物図鑑の一頁にしか思えなかった。キリンの生態、首の長い理由、食べるもの、全てが憶測で、紙一枚に収まる説明のようだ。

 怖い。苦しい。だが、泣くこともできない。キリンだからだ。

 眩暈が起きたように、頭が重だるく感じられた。


 そんなとき、かちゃりと音がした。

 扉が開き、一筋の光が漏れた。

 一人の人間がキリンを見た。目を見開き、停止したのは一瞬だった。

「辛くないですか」

 女はキリンの体勢を心配した。

「ツライです」

 キリンは応えた。初めて通じ合ったような心地がした。

「外に出たくないですか」

「出たいです」

 女はキリンの大きさを見て、また考えた。しかし、すぐに答えを出した。

「ベランダに首だけ出してみてはいかがでしょう」

「そうですね」

 女はベランダのガラス戸を開けた。キリンは必死に移動した。フローリングを進むと、すぐに窓だ。蹄はこつこつと音を立てる。

 キリンが首を出すと、青空が広がっていた。新鮮な空気を吸い、キリンは安心した。

 雲がゆっくりと流れ、風が気持ちよかった。



 すうと寝息を立て、女がキリンに体を預けて寝ている。

 退屈なドキュメンタリー映画はエンドロールを流し始めていた。有名なカメラマンが多数いると女が話していたのを、キリンは思い出していた。しかし、キリンは文字が読めない。だらだらと流れる文字の羅列はまた眠気を誘うものだった。

 キリンは途中まで記憶にないサバンナと弱肉強食の世界を観ていたが、女と同様に眠ったのだった。そして、夢を見た。最初の日の夢だ。

「お、終わったね」

 小さな伸びをして、女は目覚めた。

「面白かった?」

「いいえ」

「けれど、私よりは観ていただろう」

「はい」

「どんな話だった?」

「神様のお話です」

「面白そうじゃないか」


 女は楽しそうに、リモコンを操作した。映画は巻き戻っていく。

 映画の中のキリンは、ライオンに後ろ蹴りを命中させた。

「蹴られなくてよかった」

 女は胸を撫で下ろした。

「あなたは蹴りません」

 キリンは苦笑いをして、自分の後ろ足を眺めていた。

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キリン camel @rkdkwz

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