第30話 3000年目の回答

「―――下がれ!!」

の叫びに恵が反応出来たのは、鍛え上げられた条件反射のおかげであろう。二人がかりで神職の男を抱え、石段から離れた直後。

巨大な破壊の嵐が吹き荒れた。

のは、巨腕。まるで冗談のような巨大な構造物がたった今、いた場所を薙ぎ払っていくのである。生じた強風が髪をなびかせさえした。

「なんという傍若無人ぶりか。もはやこの社の神々は、そなたを決して許さぬぞ!」

「覚悟の上よ!貴女様を生かしておけば、我が王最大の障害となることはもはや明白。この身と引き換えにできるなら安いものぞ!」

恵は見た。境内に立っていた老人。その身が、ふわりと光景を。それは滑るように移動し、土砂で出来た巨人の頭上へと移るのを。

それで終わらない。老人に操られた巨人はを伸ばし、こちらを掴もうとしてくる!!

「くっ!」

逃げ道は、しかしすぐに遮られた。社殿まで追い詰められたのだ。もしも巨人の腕の長さがもう少しだけ長ければ、少女たちの生命はなかったであろう。しかし、それが気休めにすぎぬことは明らかであった。何故ならば、攻撃が届かぬと見た怪物は巨木をからである。用途は考えるまでもあるまい。

拡張された、怪物の射程範囲。

「先輩、何とかなりませんか!?」

「隙が必要だ。大きな術を行う時間が」

「―――分かりました」

眼前の女がという呼びかけに答えた事への奇妙な安堵を覚えながら、恵はすっくと立ちあがった。

「恵?」

後方から聞こえてきたのは、もう一人の先輩の声。遥香部長。大切なひと。

―――本当なら彼女に、秘密を打ち明けるつもりだったのに。私の家のこと。遠い昔のこと。伝わっている武術がどのような来歴を持つものなのかを。

だが今は後回しだ。皆で生き延びねばならない。

そのためにも、構えを取る。右足をわずかに浮かせる。調息する。

巨木の一撃が、恵へと振り下ろされた。


  ◇


―――勝った。

ヴァラーハミヒラは確信していた。結局のところ、魔法使い相手に最も有効な攻撃手段は単純な暴力である。術を行使するより熟練の戦士が切りかかる方が圧倒的に早いのだ。もちろん、やしろを蹂躙した我が身は、精霊によって呪われるであろう。それは破滅と同義であるがもはや些事と言ってよかった。いざ地球侵攻となれば、ヒルデガルドがどう動くかなど考えるまでもない。それは彼女にとって千載一遇の、復讐の好機なのだから。ヒルデガルドは地球に味方するだろう。彼女の持つ、魔法に関する知識の数々。極めて重要な軍事情報が地球に渡れば、侵攻の成功率は著しく低下する。地球人は決して愚かではない。

だから彼女はここで死ななければならぬのだ。我が身と引き換えにしてでも。

足元の泥人形へ思念を飛ばす。樹木を引き抜かせる。振りかぶる。

それが振り下ろされたとき。ヒルデガルド王女は、無惨な最期を迎えるに違いない。潰れた果実のように。

阻止する術はない。少女たちのひとりが、皆を庇うように前へ出た。無駄なことを。

攻撃が、振り下ろされる。砕け散る大地。

「―――馬鹿な」

大地だけが、砕け散っていた。攻撃が命中するまさにその瞬間、巨木が停止していたからである。

少女の手で結果だった。

激突の瞬間に少女の右足が為した足踏みは、衝撃を大地へと逃がしたのだ。

―――どうやった!?何をどうすれば、このようなことができる!?

分からない。理解できない。魔法なのは間違いないが、されどヴァラーハミヒラの知る魔法でこのようなことはできない。すなわち、この少女がヒルデガルドの手の者という可能性は除外される。最高位の魔導士たるヴァラーハミヒラですら理解の及ばぬ魔法とは!!

そこで、思い出した。

―――あの時はにでもなった気分だったわ。ひょっとしたら、地球にもこちらの世界の人が来たことがあるのかもしれないわね。

そうだ。現にカロライン様は異世界から来たのだ。なのにどうして考えなかった。遠い過去、使を!!これは異郷で独自の進化を遂げた魔法体系なのだ!

唖然としていたのは一瞬。されどそれは致命的な隙だった。慌てて再攻撃を指示しようとしても、もう遅い。

響き渡る、ヒルデガルド王女の呪句。

「神々よ!我にお力添えを!!」

巨大な力が膨れ上がった。


  ◇


国道2号線は、大阪から福岡までをつなぐ巨大幹線道路である。山陽道を前身とするこの道は古来より、多くの人々に利用されてきた。

その末裔ともいえる現代の通行人のひとり。ピックアップトラックを運転する男は、片側五車線の真ん中を、機嫌よく東に向けて走っていた。現在の道路状況はそこそこ良好。帰宅を急ぐ車が多いが、それなりの速度で流れている。まもなく43号線に合流するだろう。

そんな夕暮れ、事件は起こった。

「お……?」

最初響いたのは、轟音。それは突如大きくなり、地響きへと変わり、そして左前方の神社から

鳥居を破壊しながらきたのは、巨体。とてつもない大きさの土砂の塊が、まるで倒れ込むかのように流れてきたのである。土砂崩れか!?

何台もの不運な車が避けようとて互いに衝突。あるいはスピンし、あるいは後続に追突されていく。運転手もハンドルを切りつつ急ブレーキ。辛うじて難を逃れる。

されど、それで終わりではなかった。続いて落ちてきたのは、強烈なる閃光。幾つもの落雷が土砂へと降りかかったのだ。凄まじい威力は運転手の目を焼き、轟音は三半規管までも叩きのめす。伝わる振動はピックアップトラックを激しく揺らし、まるで地獄のような有様だった。

それらがようやく収まった頃。顔を上げた運転手は、見た。

神社の奥から歩み出てくる、亡霊のごとき女を。黒い髪をなびかせ上着を羽織った彼女はまるで女神のように美しい。

女は、腕を上げた。前方を指さしたのである。

轟音。

「ひぃ!?」

再び、間近に雷が落ちた。女が指したほうへと。

そちらを向いた運転手は、悲鳴を飲み込んだ。そこに立っていたものが、あまりにも恐ろしかったから。

全身が焼け爛れ、まるで死人のような有様の人間。恐らく老人であろうそいつは、必死の形相でこちらへ歩いてくるではないか!

そいつは、ピックアップトラックの扉を開いた。さらには、不幸な運転手の手首をつかんだのである。

「どけ!」

引きずり出される。いや、自発的にシートベルトを外し、外へと飛び出した運転手に代わって、は車内へと潜り込んだ。

途端、ピックアップトラックは急発進。ターンしながら今来た道を逆走していく。

「―――逃がさぬぞ!」

今度こそ、運転手は気を失った。女がその身を縮め、たちまちのうちに白いフクロウとなって飛び出して行ったから。

後には、多量の土砂や事故車、人間たちだけが残された。


  ◇


「―――私が科学の道を志したのは、この力。家に代々伝わる、この不思議な力が理由です。これが一体何なのか。どうして私とその血族にしか、"妖精さん"が見えないのか。ずっと疑問でした。だから知りたかった。もっとも、"妖精さん"のおかげで苦労の連続でしたが。理科の実験のときなんか、必死に言い聞かせないとすぐ、変な結果に持っていこうとするから」

そして、恵は振り返った。社殿にもたれかかって茫然としたままの、遥香へと。

「部長。あなたの力が必要です。私たちの一族が何千年も待っていた回答。それが目の前に現れました。追いかけなきゃ」

「―――ああ、そうだな。私も問いたださなければならないことがある。行くぞ、恵」

「はい。部長!」

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