第11話 戦士の精霊
深い森であった。
星々の連なりに照らされているそこはちょっとした広場である。険しい山と谷を越えた先。地図にも載っておらず、地元民の間ですらほぼ知られていない土地だった。とは言え、人の痕跡が全くないわけではない。猟師が時折野営に使う
そして、片隅にある切り株。
そこに腰かけていた少女は、ふと顔を上げた。
―――どしん
そんな、腹の底から来るかのような振動を感じたから。
―――どしん
規則的なそれは、リズミカルに繰り返されている。蟲の声がやんだ。鳥が騒ぎ始める。獣が木々の間から飛び出してくるではないか。
やがて、振動の正体が知れた。いや。正体の方からやってきたのである。
ぬぅ、と木々の上から顔を出したのは、鋼で出来た漆黒の巨体。文字通りの意味で見上げんばかりの巨大な人型は、一般的な鐘楼よりもなお背が高いに違いない。
立ち上がる少女と対照的に、そいつはひざまずいた。かと思えば、その前面が音を立てて開いていくではないか。
小さな歯車音が聞こえなくなり、ややあって。
出来た隙間より、一人の人間が躍り出た。
少女の知っている顔だった。紅の瞳と同じ色の唇。病的なまでに白い肌を備え、濡れるような黒髪はどこまでも美しい。戦衣に身を包んだ美女は、口を開いた。
「待たせたかな?」
「いえ」
少女は。セラは、一礼すると答えた。
「よくぞご無事でお戻りくださいました。姫様」
ヒルダ―――ヒルデガルド王女殿下の顔を持つ異世界人は、ほほえんだ。
◇
鉄より硬そうなパンだった。
もちろん、こんな凶悪な食品に歯で挑みかかるほどわたしも愚かではない。ここは人類の叡知の助けを借りるとしよう。
椀のスープに、パンを
ふやけ、柔らかくなったパンを食い千切ると、魚の味がした。スープに魚粉が用いられているからだろう。ある程度乾燥させた魚を粉末状に砕き、さらに天日で乾燥させると1年は持つらしい。このようにスープに入れて使ったり、あるいは調味料になったりする。内臓の方は発酵させて魚醤が作られるとか。保存食である。この世界にはカップ麺や缶詰、真空パックは存在しなかった。少なくとも食品の保存技術に関しては、地球の方が先を行っているな。などと埒もないことを考えるわたし。
周囲を見回す。
傍らの甲冑を見上げる。漆黒のこ奴が、当面の間わたしの相棒となる。この巨大二足歩行兵器に宿るのは戦士の精霊。個我のない低位の雑霊とは異なり、明確な自意識を持っている存在だ。にもかかわらず、建造した者たちの敵であるわたしに力を貸してくれるのは、この精霊がまさしく戦士の精霊だからだった。戦場で奪った武器を我が物とするのもまた、戦士の習いというわけだ。他の霊ではこうはいかないだろう。世の中には火の精霊や半神を降ろす甲冑も存在するらしいが普通の甲冑以上に貴重なものらしく、わたしはまだお目にかかったことがない。先ほどの猫も恐らくその類であろう。
ちなみに矢除けの加護の力もこの精霊によるところが大きい。戦士の精霊の権能が及ぶのは、戦に関するものである。攻撃する、という意図をもって投射された武装は彼からすれば敵勢なのだ。武装に宿る器物霊や、あるいは低位の霊の力を借りた攻撃のための魔法はその威光に恐れおののき、自発的に避けて通るのである。甲冑のマントに描かれている不可思議な紋様は、矢傷に対する呪詛なのだ。
だからこそ、大半の甲冑に降ろされるのは戦士の精霊なわけだが。
考え事をしているうちに、いつの間にかパンは、ずいぶんと小さくなっていた。
残りをふやかして一気に食べると、スープで流し込む。
「ふぁ……」
いけない。疲れが出たようだ。甲冑の操縦は重労働である。すさまじく揺れる中、全身を用いて衝撃を吸収し続けなければならない。視界が悪いから神経を磨り減らす。1時間動かせばどんな達人もへとへとだ。
「セラ」
「はい」
「仮眠する。時間が来たら、起こして……」
言い終えると、わたしはマントにくるまり横になった。
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