第29話 現状

 洞窟の奥にはテーブルのように盛り上がった岩があり、ルベルティ隊長はその上に地図を広げた。暗くてよく見えなかったが、どうやら首都と近郊の地図のようだ。


 おれが魔法で火の玉を出して地図を照らすとルベルティ隊長は礼を言うように軽く頭を下げてから説明を始めた。


「敵の攻撃は突然でした。その日は国内の有力貴族を集めた晩餐会が行われていたのですが、全員が揃ったところでバンディニ卿が連れてきていた兵が一斉に攻撃してきたのです。王とその近くにいた人々はジン殿の転移魔法によって逃げることが出来ましたが、離れた場所にいた第一皇子と第二皇子は人質として捕らえられ、そのことによって城内にいた兵は抵抗することが出来なくなりました」


 そう言うとルベルティ隊長は王城を指さした。


「我々、親衛隊は体制を立て直すため首都からの脱出を謀りましたが、正面以外の城門は全て破壊されており、多くの犠牲を出して脱出することとなりました。その後も主要道は敵によって封鎖され、要所にある橋は壊され、ここまで逃げるだけで精一杯でした」


 おれは地図に書かれたバツ印を見た。このバツ印全てが謀反兵によって封鎖、もしくは破壊されているのだろう。見事に逃げ道を塞いでいる。


「バンディニ卿の頭と兵力では、ここまで見事にできないだろうな。やはりフオル国が関わっているのか。それにしても、よくここまでたどり着いたな」


「途中で地元の人に抜け道や今は使われていない獣道を教えてもらいましたので」


「なら、その道を使って首都まで行けるな」


「はい」


「二日後に首都を国軍で囲んで揺さぶりをかける。その作戦に貴殿と動ける親衛隊員に参加してほしい」


 おれの提案にルベルティ隊長の表情が険しくなる。


「ですが、第一皇子と第二皇子が人質になっております。下手な揺さぶりは相手を刺激して人質に危害を加える可能性があります」


「わかっている。そこは、おれがどうにかする。重要なことは、いかに戦わずに敵を追い出すかだ」


「そのようなことが可能なのですか?」


「可能か不可能かではない。やるか、やらないか、だ。そして、それを実行するだけの力があるか、ということだ」


 そこまで言って、おれは背後に来たサミルを見た。


「サミル、そっちはどうだ?」


「だいたい終わりました」


「首都でしないといけないことが一つ増えた。今から出発するが出来るか?」


「はい。ですが、彼らは、もう少し休養が必要かと思われます」


 そう言ってサミルが親衛隊を見る。おれはルベルティ隊長に言った。


「二日後にフキ高原に来てくれ」


「レンツォ様はどうされるのですか?」


「おれは首都でしないといけないことがあるから先に行く」


「お供します」


 その言葉におれは洞窟内を見た。


「ルベルティ隊長が今ここを離れてどうする?おれは大丈夫だから、体制を立て直してくれ」


 おれの命令にルベルティ隊長が少し間をあけて頭を下げる。


「……御意。必ず二日後にフキ高原に参上します」


「頼むぞ。親衛隊の存在は重要だからな」


 いくらおれが第三皇子といっても城に住んでいない上に、ここ四年は国内にさえいなかった。そんな放蕩皇子が一人で国軍をまとめるより、国王軍である親衛隊が一緒にいたほうが国軍の士気も上がるし、おれが皇子であるという説得力がある。それに見栄えもいい。

 外見など勝敗とは無関係のように思えるが、戦では見た目も結構重要になってくる。親衛隊がいるか、いないか。旗があるか、ないか、は時として戦局を左右することもある。


 おれはルベルティ隊長の後ろに立っている騎兵隊長に声をかけた。


「レガ城に報告へ行け。救援隊が来るまで、ここの守りを頼んだぞ」


「御意」


 騎兵隊長が頭を下げる。その横から若い騎兵隊員が二人進み出てきた。


「レンツォ様、我々にお供をさせて下さい」


 おれと同い年ぐらいの二人がまっすぐな視線で訴えてくる。覇気があり、やる気に満ちているが、おれはゆっくりと首を横に振った。


「その気持ちは嬉しいが、それは出来ない。首都で動くには最低限の人数のほうが良い。二日後にフキ高原で会おう」


「それでは……」


 おれは若い隊員の言葉を無理やり遮った。


「いつ謀反軍がここを見つけるとも限らない。救援隊が到着するまで、おれの代わりに、しっかりここを守ってくれ」


 返事なく悔しそうにしている若い騎兵隊員の肩におれは手をのせた。


「おまえたちがここを守ってくれているから、おれは安心して首都へ行けるんだ。ここは任せるぞ」


 おれの強い言葉に若い隊員が敬礼をする。


「御意。ご武運を」


 その言葉におれは軽く笑いかけて洞窟から出ていった。そして再び黒馬に跨るとサミルとともに走り出した。


「不測の事態でも起こりましたか?」


「いや、ある意味予想範囲内だったのだが、おれの兄上二人が揃って人質になっている」


「それは厄介ですね」


「あの二人が自力で逃げ出せるとは思えない。先に策を張ったほうが良いだろう」


「そのためには、まず城に忍び込まないといけませんね」


「首都内に入れれば城への隠し通路は山ほど知っている。まだ全ては発見されていないはずだ」


「では首都内に入る準備が必要ですね」


「頼めるか?」


「お任せを」


 そう言ってサミルが不敵に笑う。こういうときは魅了の魔力が大いに役立つ。


 こうしておれたちは首都に潜入するため、国軍の残党狩りをしている謀反軍の隙をついて近くの町に忍び込み夜を明かした。


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