第28話 親衛隊

 半日ほど馬を走らせたところで、おれは一度止まって地図を広げた。


「予想では、この近辺にいるはずなんだが」


 周囲はうっそうとした木々に囲まれているため見通しが悪い。しかも親衛隊は謀反軍から逃げているため、どこかに身を隠しているはずだ。


 おれが周囲と地図を交互に見ているとサミルが声をかけてきた。


「我が君、一部隊となると、それなりの人数になります。この辺りに身をひそめることが出来る場所があるのですか?」


「この辺りは洞窟が多くある。その中の一つに隠れていると思うんだが」


「探してきましょうか?」


 サミルの申し出におれは悩んだ。


「謀反軍も潜伏している可能性がある。あまりバラバラにはなりたくない」


「では、我が君はここで他の者とお待ち下さい。私一人で探してきます」


 サミルは自分の国の騎士団に所属していた頃、おれと変わらない年齢だが副隊長にまで昇り上げた腕前だ。一人で行動しても多少のことなら乗り切れるだろう。


 おれが思案していると近づいてくる人の気配を感じた。身を隠して様子を伺いたいが、こちらは小隊であり馬がいるため隠れることも出来ない。

 おれは手だけで他の者を静止すると、馬から降りて草陰に近づいた。相手が敵か味方が、または、そのどちらでもないのか。瞬時に判断し、対応する必要がある。


 こちらを警戒しながらも静かに草をかき分けて出てきた人影は鎧を着ていた。所々が血と土で汚れているが、周囲を警戒する鋭い気配を発している。


 だが、鎧を着た男はおれの顔を見た瞬間、頭を下げて膝を地面についた。


「私は親衛隊、第一部隊所属ジョスエ・グラッソと申します。お待ちしておりました、レンツォ様」


 グラッソと名乗った男の言葉に驚きながらおれは訊ねた。


「おれが来ることを知っていたのか?」


「レンツォ様からの使いだという密偵から知らせがありました。部隊はこの先にある洞窟で身を潜めております」


 どうやら狐狼が気を回して、おれの到来を親衛隊にも伝えていたようだ。

 一癖あるが、やはり一流の密偵である。問題があるのは命令をする主の方だということが改めて分かった。


 おれは疲労感漂うグラッソの肩を労うように叩いた。


「無事でなによりだ。他の者は?」


「敵の急襲により第一皇子と第二皇子を人質にとられ、戦う間もなく部隊の半分は捕虜となってしまいました。我々は隊長とともに戦ったのですが、力およばず……」


 最後は涙声になりながら言葉を詰まらす。


「おれを洞窟まで案内してくれ。詳しい話を聞きたい」


「はい」


 頷いたグラッソが左手を挙げる。すると、グラッソの後方の草からごそごそと音が響いて森の奥に消えた。


「仲間が先に連絡に行きました。こちらへ、どうぞ」


 おれたちはグラッソの案内で木々をかき分けて小さな洞窟の前に到着した。

 洞窟の入り口には出迎えのために整列した親衛隊がいた。その全員がおれの顔を見るなり一斉に敬礼する。


 おれは全員の顔をじっくりと見て微笑んだ。


「大変だったな。よく無事に、ここまでたどり着いてくれた」


 おれの言葉に数人が涙を浮かべる。


「……皇子」


「申し訳ございません」


「我らが不甲斐ないばかりに……」


 何もできずに敵前逃亡したことは誇り高き親衛隊にとって最大の屈辱である。


 そのことを知っているおれは沈む彼らの肩を強く叩いた。


「落ち込むのは、まだ早いぞ。これからが本番だ」


 おれの言葉に彼らが顔を上げる。暗くなっていた親衛隊の瞳の中に微かな輝きが灯る。


「これから首都を奪還する。そのためには貴殿たちの力が必要だ。力を貸してくれるな?」


「はい!」


 全員が力強く答える。


 おれが頷いていると、洞窟の中から口ひげをはやした四十代後半ぐらいの厳つい表情をした男が現れた。着ている鎧には返り血が付いており、自ら前線で戦っていたことが分かる。


「親衛隊隊長のルベルティ・バルトリです。お久しぶりです、レンツォ様」


 おれは何度か話したことがあるルベルティ隊長に声をかけた。


「よく生き延びてくれた。けが人は?」


 ルベルティ隊長は感極まったような表情でおれを見た後、洞窟の奥を示した。


「軽傷者は二十八名、重傷者が十五名おります」


「すぐに回復魔法が必要な者は?」


「奥に三名おります」


「他は?」


「負傷はしておりますが動けないほどではありません。回復魔法が使える者がおりませんでしたので助かります」


「サミル、負傷者の手当てに回れ。他の者は水と食料を配れ」


 おれの指示でサミルと騎兵隊員たちが動き出す。


 おれはルベルティ隊長の案内で洞窟の奥に行き、地面の上にそのまま寝かされている三人の騎士を見た。

 腕や足がなかったり、腹部からジワジワと出血が続いていたりと、怪我の状態は様々だが揃って言えることは皆、顔色が悪く苦痛に顔を歪めていることだった。


「よく諦めずに、ここまで連れてきた」


「これが私の出来る精一杯のことでした……」


 そう言いながらルベルティ隊長は悔しそうに握りこぶしを作った。

 ほかにも助けたかった部下がいたのだろうが、連れて逃げられたのはこの三人だけだったのだろう。


 おれは腰に下げていた銀の水筒を手に持ち、中に入っている聖水を三人にかけた。


「水の精霊よ。この者たちに大いなる慈悲と加護を。そして苦しみからの解放を」


 聖水が光り輝き三人の体の中に染み込んでいく。そして青白かった顔色に血の気が戻り、苦痛に歪んでいた顔が穏やかな寝顔となった。


 回復魔法の効力にルベルティ隊長が驚きながら呟いた。


「これほど強力な回復魔法は見たことがありません」


「だが失われた腕と足は戻せない。おれの力ではここまでが限界だ」


「いえ、命を助けて頂けただけで十分です。半分諦めておりましたから」


「……この三人は他の者に任せよう。首都の状況を聞きたいのだが、いいか?」


「はい。こちらへ来て下さい」


 ルベルティ隊長は重症の三人の手当を騎兵隊員に任せて、おれを洞窟の奥へと案内した。


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