第22話 師匠と弟子の関係

 祭壇がある部屋では、おれの指示通りサミルが大量の聖水を集めていた。


 おれが来たことに気が付いたサミルが駆け寄ってくる。


「我が君、これでこの城にある聖水はほぼ集まりました」


「ありがとう。あとはおれ一人でする。サミルは人払いと情報収集をしてくれ」


「御意」


 サミルは頭を下げると、有無を言わさない笑顔でその場にいた人々を部屋から追い出した。


 おれは祭壇の中心に師匠の体を運ぶと、そのまま目を閉じて精神を集中させた。そして、ひと呼吸すると全身の魔力を両手に集め、魔法の詠唱を始めた。


「水の精霊よ。我が願いを聞き入れたまえ」


 高度な魔法になるほど詠唱は長くなり魔力の消費も多くなる。おれは意を決して禁術すれすれの魔法を唱えた。


「我が魔力と引き換えに彼の者の傷を癒し、再びあたたかき血脈を全身に巡らせよ」


 おれの詠唱が終わると、集めた聖水が浮かび上がり師匠の体を包みこむ。そして聖水が師匠の体に吸収されていくと同時に、おれの魔力も無限に吸い込まれていった。


「……くっ、力が」


 魔力が吸い取られ続けて意識を失いそうになりながらも気力だけで踏みとどまる。ここで意識を失えば魔法は失敗となる。


 時間にして数秒のことだったが、おれには何時間にも感じられた。


 全身の魔力を吸い取られて、おれは崩れるように床に膝をついた。

 体が倒れないように両手で支えながら顔を上げると、宙に浮いていた師匠の体がゆっくりと床に降りてきた。その顔には赤みがあり静かに呼吸をしている。


「……良かった」


 安堵とともに体が倒れる。


 体を床に叩きつけた音でサミルがドアを開けた。


「我が君!」


 サミルが慌てて駆け寄り、おれの体を起こす。


「おれは少し休めば大丈夫だ。それより、師匠を頼む」


「救護室に運ぶよう手配しております」


 その言葉通り、医師たちが師匠の全身状態を確認してから医務室へ運ぶように指示を出している。


 おれは、その光景に安堵して軽く笑った。


「相変わらず手筈がいいな」


「黙っていて下さい。舌を噛みますよ」


 サミルがおれを肩に担いで立ち上がる。完全に荷物扱いだ。


「もう少し丁寧に扱えよ」


 おれの苦情を聞きながらサミルが速足で祭殿から出て行く。


「私は我が君ほど魔法に長けていませんから、浮遊魔法で運ぶことはできません。これが一番手っ取り早いのです」


「へい、へい」


 おれは脱力しきったままサミルの肩に揺られて小部屋へ連れてこられた。小部屋には簡素な家具とベッドがあるだけで兵の宿直室のような場所だった。


 サミルが簡易ベッドにおれを下ろす。


「大丈夫ですか?」 


 サミルの声におれは今にも眠りそうになる意識と体をどうにか起こす。


「あぁ。久々に魔力を限界まで使ったから、疲労で眠気が襲ってきているだけだ」


「ですが、そのおかげでお父上は一命を取り留めましたよ」


「そうだ……な!?」


 おれは師匠が本当の父親だとサミルには言っていない。


 おれの父親については、いろんな噂があるが一番有力なのは師匠だ。だが師匠に確認してもはぐらかされ、肯定も否定もなく話をうやむやにされて終わらされるのだ。

 そのため、おれは周囲から情報収集をした結果、師匠がおれの父親だと確証している。まあ、師匠のことだから認めることは一生ないだろうが。


 そのためサミルには、おれはアルガ・ロンガ国の第三皇子であるとしか説明していない。

 そうなれば当然、父親はアルガ・ロンガ国王だ。


 サミルがあまりにも普通に言ったため同意しかけて、驚きで一気に目が覚めた。


「お、お前、どうしてそのことを!?」


 慌てて周囲を確認するが小部屋には、おれたち以外に誰もいない。


 サミルがすまなそうに笑いながら言った。


「我が君の様子でなんとなく察しました。これからの話をしっかり起きた状態で聞いて頂くために少し刺激を、と思ったのですが強すぎたようですね」


「……そんなに分かりやすかったか?」


「いえ。端から見れば師匠想いの弟子に見えました。私だから些細な違和感に気づいたのだと思います」


 サミルの人の本質を見抜く眼力はおれ以上だ。おれは軽く息を吐くと体を動かした。

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