7. 清水冠者義高の誓い

たった今、光澄みつずみに殺されてクビを取られたこの人物は、小太郎たちが知っている清水しみず冠者かんじゃ義高よしたかに間違いないはずです。その上で唐糸からいとは、「義高さまは死んでいない」と言うのです。これはどういうことでしょう。


小太郎も桟橋かけはしも、何の話なのか分かりかねています。そこに、フスマをさらりと開いて出てきた男の姿は…


小太郎「…大太郎?」


あの大太郎、のはずですが、今までとは明らかに見た目が違います。萌黄もえぎおどしに、錦の直垂ひたたれ。武将として完全に装備をととのえた、威風凜然たる様子です。目もしっかり見開いています。


大太郎「今は、もはや隠すまい。私こそが、旭将軍・木曾きその義仲よしなかの嫡男、清水しみずの冠者かんじゃ義高よしたかなのだ …しかしもちろん、説明がいるな」


小太郎・桟橋かけはし「…」


大太郎(以後、義高)「わが父(義仲)は、大きな志をもち、深謀しんぼう遠慮えんりょに長けていた。そのため、私が生まれたときに、ある『保険』をかけた。そのころ同時に子を産んだ唐糸からいとと、子を交換したのだ。このため、大太郎は義高、義高は大太郎と呼ばれて育てられることになった。『大太郎』… つまり私は、多病であるといつわって、人目から隠されて育てられた」


義高「武将として活躍すれば、息子を人質に渡すような局面もないとは言えん。みな、そのときのための、先を見越した計略だったのだ」


義高「このことは、唐糸からいとをはじめ、本当に少数の人間だけが知っている秘密だった。私自身でさえ、さきに人質を頼朝に渡すときになって、はじめて父から秘かに打ち明けられたくらいだ。この大太郎(義高)に至っては、死ぬまで真実を知らなかったことになる」


唐糸からいとは、うずくまって泣いています。自分はすべてを知っていながら、実の子に、最後まで何も知らせず、こうして死ぬ役目を負わせたわけですからね。


義高「頼朝よりともは非常に疑り深い男だ。生半可な芝居では、さっき死んだのが影武者であることを隠すことはできん。そこで、唐糸は、『実の子を守るために、本当に義高の側近や肉親までも殺した』という姿を見せるしかなかった。究極の選択を演じるしかなかったのだ」


唐糸からいと「あえて天魔の道を選ぶしかなかった私を、許してちょうだい…」


小太郎と桟橋かけはし今際いまわの苦しみは、この話によって少しだけ和らぎました。


小太郎「そうでしたか、すべては敵をあざむくためでしたか。済みませぬ、さきほどの悪口あっこう雑言ぞうごん… 今は心の雲も晴れました。義高よしたかさまが生きているなら、のちの勝利は間違いない。勝ちどきは… 草場の陰から、聞かせていただきましょう…!」


ここまでの声を絞り出し、小太郎と桟橋かけはしは同時に息絶えました。義高と唐糸は、涙にむせびながら、長い間念仏を唱え続けました。



さて、義高よしたかは、すぐに出発しなければなりません。「悲しいことは限りがないが、ともかくこの密計がバレてしまっては、これらの死がすべて無駄になる。せっかく手に入れた路用の金だ、これは使わせてもらおう。行者に扮して全国をまわり、旗揚げのための味方を集めにいくのだ」


唐糸「私は鎌倉に雇われたから、チャンスを見て頼朝よりともを殺すわ。義仲さまの、夫と兄の、大太郎の、小太郎夫婦の、そしてすべてのカタキである頼朝を」


ここまで語り合ったところで、村長から手配された車が、タイマツをかざしながら家の前に到着しました。「唐糸からいとさんをお送りするよう言われて来ましたー」


もう二人は言葉を交わしません。最後にさっと目くばせだけをすると、義高は物陰に身を隠しました。そして唐糸も無言で車に乗り、去って行きました。


車が去ったあと、義高は改めて旅の行者に変装し、そして三人の死体を埋葬しました。そして、白んできた夜空を眺めてから、河原沿いを歩き出しました。


実は、彼らを密告した越三こしぞうだけは、さっきからずっとこの場に隠れて、義高と唐糸の様子を見ていました。「へ、へ、俺の目だけはごまかせねえぞ」


越三こしぞうはそっと義高よしたかのあとをつけ、そして、「おい、行かせねえからな」と言いざま、突然、後ろから義高に組み付きました。


…いいえ、実際には組み付くことはできませんでした。義高から電光石火に繰り出された錫杖しゃくじょうに突き飛ばされたのです。越三こしぞうは肋骨を砕かれて即死し、その死体は入間いるま川に転落して流れていきました。義高の「ハハハ」という不敵な笑い声だけがその場に残されました。

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