もう一度

綾部 響

もう一度

 歓声は更に湧きあがり、それは周囲を震わせるほどであった。


 熱気は更に沸き立ち、天を衝く程のものとなった


 俺は、この時の為に血の滲むような努力をして来た。

 そしてそれと同時に、砂をかむような生活も送って来た。


 それは偏にこの瞬間……この刻を迎える為に!





 所謂フリーターの俺には、定期的に纏まった金が入って来る訳では無い。

 サラリーマンのように月給制では無く、勿論ボーナスやら賞与の様な特別手当なども無い。

 時給制のアルバイトが主な収入源である俺が纏まった資金を得ようとすれば、それは即ち仕事量を増やすしかないのだ。

 だから俺は通常のバイトにプラスして、短期バイトも可能な限りねじ込んだ。

 休みに当てていた日も当然、バイトに費やした。

 身体は疲労の極致であったが、それでも俺には目的があり苦には感じなかったんだ。


「全ては……3か月後の為に!」


 俺は口癖のように……そして、ともすれば折れてしまいそうな己の心を奮い立たせる為に、事ある毎にそう口にしていた。

 勿論、そんな事だけで耐えられる訳では無い。

 休みなく働き続けると言う事は、想像以上に辛い事だ。

 

 そんな俺を元気づけてくれるのは仲間……同志の存在だった。


 彼等とはネットで知り合い、リアルでも顔を合わせる様になった。

 何よりも同じ目的を持つ者同士なんだ……すぐに打ち解け、互いに分かり合える存在となったのだった。


 彼等の全てが、俺と同じ様な努力をしている訳では無い。


 中には裕福な家庭に生を受け、親の仕送りやら小遣いだけで目標金額に達成している者も少なくない。

 でもそれは、状況の一つに過ぎない。

 俺とは違う、圧倒的に楽をして資金を用達出来るからと言って、彼等と一線を画すような事にはならないのだ。

 何故ならば、もしも俺に十分な資金があったならば、やはり俺もこの様な苦労をする事は無かったからだ。

 俺達の繋がりは、そんな事で揺るぐようなものではない。

 もっとも、やはり俺と同じ様に苦労をしている者とは、何かしらの連帯感を感じるのは致し方ない事ではあるが。


 兎に角俺は、必死に働き生活を切り詰めて、何とか目標とする金額を集める事が出来た。

 

 これから凡そ2ヶ月の間、俺は自宅と全国を行ったり来たりしなければならない。

 時には、現地に宿泊する必要もあるだろう。

 必要経費だけではなく、宿泊費に食費などもかさむのだ。


 それに今回は、仲間内で上着の新調も計画している。

 基本的にオーダーメードのその上着は、必ずしも必要だと言う訳では無い。

 現に仲間の中でもまだ学生の者は、流石に資金不足であり泣く泣く購入を断念した者も居るのだ。

 それでも新しい上着を揃えて臨む事は、他のグループに対してのアピールにもなる。


 そんなこんなで今回は、特にお金がかかったのだ。


 そしていよいよ、計画を実行する日となった。


 現地で顔を合わせた俺達は互いに気安く挨拶を重ね、また互いの労力を労ったりもした。

 そうして新しい上着ハッピを身に纏った俺は、仲間達と共に開場と同時にスタジアムへとなだれ込んでいった。


 現地ではその時にしか買えない限定品も多数出品している。

 可能な限り早く購入しなければ、至極稀に売り切れることもあるのだ。

 多少かさばる事も覚悟の上、俺達は目当ての商品グッズを購入してチケットにある指定エリアへと足を向けた。





 そして開演。

 絶叫に近しい歓声が周囲に満ち、至福の時間が始まったのだ!


 ―――そう! 人気アイドル「結城 智美」の全国ツアーの開幕だ!


 俺も、そして俺の同志たちも……いや、会場に集まった全ての人達が、ステージで光を纏い天使の笑みを振りまく彼女に注視し、声援を送る。

 それに応える様に彼女もどんどんとテンションを上げて行き、そのきらめきを増幅させていった。





 そして……2時間後。


「みんな―――っ! ありがと―――っ! また、次の会場でね―――っ!」


 満場のファンに向けて手を振り、彼女はステージを後にして行く。

 そして、会場全体を暗闇が覆った。

 それは、ともすれば祭りコンサートの終わりを告げているかのようである。

 

 だが……終わりではない。


「……アンコールもう一度……アンコールもう一度!」


 何処からともなく声が発せられると、それは瞬く間に会場全体へと波及して行った。

 

「アンコールッ! アンコールッ!」


 俺も、声を限りにそう叫んだ。

 

 終わりじゃないっ! まだ終わらせないっ!


 会場全体が、そう叫んでいる様だ。

 それは切望の声でもあり、祈りの言葉にも感じられた。


 幾度叫んだか分からない。

 だが……その刻はやって来たのだ!


 一筋のスポットライトが、ステージを照らす。

 そしてそこには、まるで召喚された女神の如き彼女……「結城 智美」が立っていた!


 ―――ウオオオオオォォォッ!


 彼女の登場に、会場はこれ以上なくヒートアップした!

 勿論、俺のテンションも最高潮だ!


「みんな―――っ! 本当にありがとう―――っ!」


 にこやかに、嫋やかに手を振りながら彼女は、ステージの花道を歩き会場の中央付近にやって来た。

 それと同時に、スピーカーから大音量のイントロが流れ始める。

 今更聞くまでもない。

「超スーパーイントロクイズ」であっても、曲名を当てる事など造作もない事だ。


 ―――彼女の代表曲「黄昏の季節」だ!


 5分2秒と言う曲の長さは、決して短いものではない。

 それでも彼女の雰囲気とマッチしたこの曲は、デビュー曲でありながらも爆発的ヒットを果たした名曲である。

 

「みんな、本当にありがとうっ! 私の感謝の気持ち、聞いて下さいっ!」


 ―――ウオオオオオオォォォッ!


 そうして……俺達の最後の……至福の5分間が……始まったんだっ!

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もう一度 綾部 響 @Kyousan

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