お嬢様とヒツジとの哲学的口論

春日東風

第1話 社会主義って、おかしくない?

〈登場人物〉

マイ……中学1年生の女の子。色んなことに腹を立てるお年頃。

ヒツジ……人語を解すヌイグルミ。舌鋒鋭め。



マイ「社会主義を信じている人たちってバカみたい。なんで、あんなのを信じることができるんだろ」


ヒツジ「バカはお前だよ。お前だって、民主主義を信じているっていう点では、社会主義を信じているやつらと何も変わんねえじゃねえか」


マイ「何言ってんの。社会主義なんかより、民主主義の方がいいに決まってるじゃん」


ヒツジ「なんでいいに決まってるんだよ。そもそもお前が見ている社会主義っていうのは、民主主義者から見た社会主義だろ」


マイ「何ですって?」


ヒツジ「お前は民主主義者だよな」


マイ「そうよ」


ヒツジ「だったら、お前の目から見た社会主義っていうのは、民主主義者、つまり民主主義の方がいいって考えているやつから見た社会主義ってことだろう。そもそも、民主主義の方がいいって先に思っているわけだから、当然、社会主義はクソって結論になるじゃねえか。つまり、お前のその考えは、結論ありきなんだよ」


マイ「結論ありきなんかじゃないわよ! 大体、現実に、この世の中で社会主義の国ってみんなおかしいじゃん」


ヒツジ「だから、その『おかしい』って言い方自体が、民主主義者であるお前や、民主主義者であるやつらからみた言い方なんだって。それにな、仮に、現実の世界で社会主義が成功していないとしても、どうしてそれでその理論が間違っていることになるんだよ。理論の適用の仕方が間違っているだけかもしれないだろ」


マイ「あんた、社会主義者なの?」


ヒツジ「オレはどっちの主義でもない。主義を持つなんてくだらないことだと思っているからな」


マイ「くだらなくはないでしょ。それによって、政治制度が変わってくるわけだから。政治制度が変われば、生活だって変わってくるんだから」


ヒツジ「オレはヌイグルミだから、別に生活がどうなろうが知ったこっちゃない」


マイ「……いいわ、認めるわ。わたしは民主主義者だから、それだけで社会主義のことを悪く考えるかもしれない。じゃあ、あんたの意見を聞かせてもらうわよ! どっちの主義でもないんだったら、公正な判断ができるはずよね? どっちの主義の方がいいのか」


ヒツジ「それは、サッカーと野球のどっちがいいスポーツかっていう問いと同じようなもんだな」


マイ「それとは話が違うでしょ……それに、その問いだって、答えられないことはないよね。たとえば、気楽に始められるのはどっちかとか、観戦しやすいのはどっちかとか、そういう基準を立てていけば、総合的に見て、どっちがいいスポーツかってことも言えるでしょ?」


ヒツジ「またそれは、それを誰が判定するのかっていう問題が出るけどな。サッカー好きが判定すればサッカーに甘くなるし、野球好きが判定すれば野球に甘くなる。どちらも好きであればそもそもそういう風にどちらか一方を選ぶっていうことはできないだろうし、どちらも好きでなければ、それはつまり関心が無いってことで、どちらに関しても知識が無いんだから、公正な判断は期待できない」


マイ「そんなこと言ったら、どんなことだって、純粋には比較できないことになるじゃん!?」


ヒツジ「比較するっていうことと、それを誰がするのかっていうのは、切り離せないことだ。世の中にはこれを綺麗に忘れているやつが多いけどな。まあ、あえて民主主義と社会主義について言えばだ、民主主義は人間の価値がみな同じだと考えている点で間違っているし、社会主義は富の平等な所有なんていうものを理想に掲げている点で間違っている。どっちも間違っている点で大差ないってところだな」


マイ「ちょっとそれ、どっちがいいとも言ってないことになるじゃん」


ヒツジ「どっちもしょうもないんだから、しょうがないだろ」


マイ「民主主義の、人間の価値がみな同じだっていうのは、どこが間違っているのよ!? どこも間違ってないでしょ!」


ヒツジ「オレはヌイグルミだからはっきりと言ってやるが、人間の価値は同じなんかじゃない。優良なヤツもいれば、下劣なヤツもいる。政治的な価値っていうことに話を絞っても、政治についてよくよく考えるヤツもいれば、考えなしのヤツもいるだろう。どうしてそいつらの価値が同じになるんだ。なるわけないだろ」


マイ「……じゃあ、社会主義の方は? わたしは、社会主義者じゃないけど、それでも、富を公平に配分するっていうそのこと自体はいいことだと思うけど」


ヒツジ「社会主義において、どうして富を公平に配分するのかと言えば、それは富に価値を認めているからだろう? 価値があるものっていうのは余計に欲しくなるのが人間のさがだ。公平になんて話になるわけがない」


マイ「どっちも間違っているなら、他に取るべき主義があるの?」


ヒツジ「さあね、そんなことは知らんよ。知っているのは、主義っていうものを取るなら、その弱点をしっかりと知っておかなければいけないっていうそのことだけだな」

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