11 ―私たち。そして君たち―

11―私たち。そして君たち―


「霊能力者。僕達を表すのに一番いい言葉はそれだと思う」

 葉子のおしおきがこたえたのか不満気に座り空也の持ってきた酒を飲む桂御園。

 そしてその横で桂御園の持ってきた水晶玉内蔵達磨を興味深そうに撫でる空也。

 葉子は賽銭箱の中でまた読書を始めている。

 孤独だ。話しているのに誰も聞く態度を取ってくれていない。

 せめて桂御園は聞く態度を見せて欲しい。

 講義をする教授もこのような気分なのだろうか。

 私も講義を受ける態度を見直そう。

「つまり……そのだな……僕達と神様や化け物といった人ならざるものは別の世界に生きている」

 それを表すものがこの廃神社の空間だ。

 人の世に存在する神域である神社の境内ではなく、人の世ではない場所に存在するこの廃神社なのだ。

 なぜ私がこの世界を知り、そしてそこの住人である葉子と知り合ったのかは現在は伏す。

「行ったり来たりは出来る。だけど多くの人は神様や化け物、幽霊が見えない。それはなぜか?」

「そもそも来る数が少ないからか?」

「そうともいえるかもしれない。しかしそれは決定的じゃないんだよ。桂御園」

 だけど君が発言してくれて私はうれしい。

「であれば何が決定的な要因だ」

「それを今からいう。霊感だ」

 私達の共通点。霊感を持つこと。私と空也はもちろん、葛葉さんを認識できる桂御園もそうだ。

 そしてあのユートピアの面々も。

 霊感。霊的なものを感じる力。それが私達と人ではないものを繋ぐパイプ。

 霊感の強い弱いという概念は間違いではなく、実際に霊感が強ければ強いほど多くの霊を見ることが出来る。

 視力が良ければ夜空の星が多く見える、というのと同じだ。

 霊感が強ければ霊が多く見える。

「霊感を持つ者だけが怪力乱神を語るというわけだな?」

「そういうことだね。だよね?」

「うんうん。少年が覚えてくれて私は嬉しいぞ。忘れられてたら涙で枕濡らしちゃうなぁ」

 ここで空也とバトンタッチだ。

「さっきの少年の説明に補足すると人間誰しも霊感があるんだよね」

 私は一般人ではないのでその辺り理解が曖昧である。

「目の例えでいくなら、霊感がないとされてる人は視力がすごく悪い人だ。だけど、それって眼鏡やコンタクトで何とかなったりするだろ?」

 普段はぼんやりとしているものや極端にいえば見えていなかったものが見える。

 そういう瞬間が一般人にはあるらしく、心霊スポットで幽霊を見たという証言はそういう現象が裏にあるとのことだ。

「偉そうにそんなこと言ってるけどぉ、私は視力1.5だかんね。本当かはわかんないなあ。あはは」

 結局そういうオチだ。

 誰かを使って確かめるわけにもいかないところなのでしょうがないが。

「さてと私が紹介するのはねぇ、桂御園君が奇術と言ったあれこれだよ」

 手に持った酒瓶の中身を飲み干す。

 豪快だ。らしさで人をどうこういうのはどうかとは思うが女性らしさはない。

「葉子ちゃーん。ちょっとお願い」

 呼ばれた葉子が賽銭箱から出てきた。

 桂御園が嫌そうな顔をするのでまぁまぁと言ってなだめた。

 葉子を怒らせたのは桂御園だが制裁行為が行き過ぎていた気もする。

「葉子ちゃん、これで私を殴ってくれるかな?」

「ええで」

「いや僕は良くないが」

「俺はそれでそこのを殴りたい」

「なんやとお前こら、もっぺん神罰執行したろか」

 私は空也にそれはやめろと言いたかったのだがなぜか桂御園と葉子が睨み合う結果になってしまった。

 どういうことだろうか。

「えーなんだよう、じゃあ少年が私殴るの?」

「それは……嫌だけど」

「なら葉子ちゃんでいいじゃん、少年」

 へらへら笑う空也を見ていると私は少し心配になった。

 しかしあれこれ文句をつけても話は進まない。

 なので当然私が折れることになる。

「よいしょ」

 なんとも気楽な掛け声とともに空也の顔面に酒瓶が炸裂した。

 瓶が割れ破片が飛び散る。

 まるで一昔前の不良マンガのようだ。

 葉子は間髪入れずに二発目を叩き込む。

「ごめん。一発でいいよぉ葉子ちゃん。あ、振り上げないで」

 しかし葉子はそれを無視して三発目を加えた。

 多分桂御園へのフラストレーションが空也に向かっている。

 この青少年の育成に問題ありのショッキングな光景に私は目を覆った。

 私の育成に問題が生じたらどうする。桂御園は多分手遅れだ。

「あー髪に絡んじゃった」

「すまんな」

「雁首」

「雁金ね」

「お前、何故けろりとしている。というか傷一つないのはなんでだ」

 何度も酒瓶による攻撃を受けていながら空也は涼しい顔だ。

 その顔には桂御園の言うように傷一つない。

 それどころか髪に絡んだ破片を気にする始末だ。

「そんなことだろうと思ったがどういう原理だ」

「ははは。霊能力さ桂御園君。君が奇術と呼ぶものだよ」

 あぐらをかいた空也。

 地面に無造作に転がされてる手付かずの酒瓶を掴む。

「霊感は霊的なものを感じる力。だけどそれだけじゃないんだぁ。霊的なものに干渉する力、霊的な力を行使するのも霊感なのさ」

 空也はにやりと笑った。

 それからまた酒瓶に口をつける。せめてコップを使って欲しい。

 そもそもこの場にそれがないので無理な話なのだが。

「霊能力は人それぞれ。誰かと同じ能力にならない限り同じもの使えないんだ。特別な事情を除いてね」

「俺にも霊能力というのはあるのか」

「霊感がある以上ないとは言えないね。でも少年が言ってたガラパゴス人間である私達だから持ってるともいえる」

 霊能力は霊感が特に強い者が持っていることが多い。

 集団生活の中で周りとは違う強さの霊感を持ち、その上で霊能力まで行使できるレベルの人間は一般的でない。

 だからガラパゴス人間なのだ。

 霊感があるだけではガラパゴス人間とは言えない。霊能力があるからガラパゴス人間なのだ。

「大体その人の個性に合わせられてたりするんだ。もしかしたら霊感に引っ張られて個性があるのかもしれないけど」

「霊感に引っ張られる?」

「うん。霊能力があるなんて羨ましがる人もいるけど、これに苦しんでる人もいるんだよ」

 霊能力などなくても生きていける。これは私達に背負わされた荷物だ。

 私達が望んで背負っているものでもない。

 もしもこの荷物を背負わせた存在がいるのなら文句の一つでも言ってやりたい。

「少年は『変化する』のが能力だ。強力な自己暗示で自分や自分のモノの形、性質を変えてしまう」

 あの夜の人体発火はそれを使ったものである。

 私が感じていた暑さを体が燃えているから熱いんだと変換しただけだ。

「便利に思うかい? でもね、少年は誰にでもなれる代わりに誰でもなくなっちゃっんだ」

 はっきりいって私は影が薄いという範囲を超えて影が薄い。

 私に頼み事をした先輩は私の名前を覚えていない。

 あの折部寮の受付をしていた人間は何度も私を見ているはずなのに私が入居者だと気づかない。

 誰もが私と話した後にあいつは誰だったかと首を傾げる。

 もう二十年もそんな生活を続けている。ほとんどの人間が私を菊屋咲良と認識していない。

「少年に比べれば私の能力の反動なんて軽いもんさ。結構楽させてもらってるからね」

 笑いながら酒を飲む空也。

 私は私で彼女がそれなりの苦労をしているのを知っている。

「これにてお姉ちゃんと少年の講義おしまい」

 だから彼女はすごい人だなと思う。

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