第一章

01 衝撃の事実

 ねぇちょっと聞いてよ! あたしこないだすんごい信じられない体験しちゃったのよ!!

 なんとね、あたし、神様に会って、異世界にまで行っちゃったのよぉ!!

 すっごくなぁ~い!?




 なーんて、お店で話題にできるはずもなく、誰にも言えず一週間。

 まさか夢だったり……なんてことはさすがにもう思ったりしないわ。

 だってあたしの手にはしっかりと、中身の詰まった鞄、それから指輪とネックレス。

 そして新たに加わった、青い勾玉の御守りがある。


 神域から帰ってきたあの日の夜、言われた通りに枕元に託された手紙を置いて寝たら、こっちの世界の主神様が夢枕に立ったのよ。

 普段はあまり夢を見ないんだけど、その日の夢はそりゃもう鮮明に覚えているわ……。



「ねぇ、なんか呼んだ?」


 そう言ってあたしの夢に現れたのは、えらく気怠げな雰囲気の、前髪が長く表情の読めない、ヒョロっとした感じの男の人だった。

 しかも何故か上下スウェット姿で足元は裸足。

 思わず二度見しちゃったあたしに罪はないわよね?


「なんか用?」

「え、えぇと、もしかしてあなたがこちらの世界の主神様ですか……?」

「そうだけど」

「…………」


 ……いや、いやいやいやいや。


 マジで!? うっそでしょ!?

 アラサーニート趣味ネトゲ、ついさっきまで部屋に籠って徹ゲーしてましたって言われた方がまだ説得力あるわよ!?

 こんなふにゃふにゃしたのがここの主神ですって!? この世界大丈夫!?


「不敬だね君」

「めめめ滅相もございません!!」


 うっそ考えてることバレちゃうの!?

 ヤバい、ヤバいわ……無心になるのよあたし!!


「で、なに」

「あっ、ごめんなさい。あの、こちらを預かってきたので、どうぞお納めください……」


 ショタ神様から預かった手紙を頭を下げて恭しくお渡しすると、主神様はそれを指先でつまみ上げた。

 封を開け、カサカサと手紙を開く音がする。あれ中身は普通の紙だったのね……。

 ていうかその前髪でよく読めるわね。


「なにこれ……げ」

「げ?」

「あ゛~、え゛~? うわ……」

「えぇ……?」


 顔を上げて見ると、主神様は手紙を読みながら頭をバリバリ掻きむしってた。

 なによなによちょっと。

 やっぱり不安しかないんだけど!?


「あのさ、あいつのとこ行ってきたって本当?」

「はい」

「証拠は?」

「これでわかるかしら」


 身に着けていた指輪とネックレスを見せると、主神様は口元を歪めた。


「うわ。ガチじゃん……」

「ガチです……」

「あいつ何か言ってた?」

「えっ、と……」

「いいから。怒んないから言ってみ」


 いいのかしら。いいの? 本当にいいのね?

 あたしは覚悟を決めて、散々向こうでショタ神様が愚痴っていたことを口にした。


「その、向こうではっちゃけてしまう落ち人もいて、かなり困っている、とか」

「う、うん」

「帰す手段もないのに落ち人は増える一方で、境の強化を再三求めているのに一向に対応してもらえないとか」

「ぐ」

「正直迷惑だって」

「ごふっ」


 えぇ……。めっちゃダメージ受けてるんですけど。

 そんな風になるなら最初から対処しておいたらいいじゃないのよ。


「あー……もういいよ、わかった、わかったから」

「まだありますけど……」

「ごめん本当もういいから。とりあえず頑張ってみるって言っておいてくれる?」

「はぁ……」


 あっちのショタ神様も胡散臭かったけど、こっちはこっちでだいぶヤバいわね。

 でもあたしにはどうすることもできないし。本当、頑張ってくださいね?

 でなきゃあたしのノルマが増える一方になっちゃうじゃないの。


「ノルマ?」


 しまった! 考えてることわかっちゃうんだったわ!


「あいつになんか頼まれてんの?」

「いえ、その……実は」


 ぐぐぐーっと顔を寄せられて思わず仰け反りながら、あたしはあちらであったことや、依頼されたことなんかを掻い摘んで説明した。

 一通り話し終えると、主神様はそれはもう盛大に口をがぱっと開けて愕然としていた。


「あの……」

「うん」

「そういったわけで、あちらとこちらを行き来することになったんですけど、こちら的にそれって大丈夫なんです?」

「うん。大丈夫じゃないけど大丈夫」

「どっちよ!?」

「大丈夫にしておく……」


 なにが言いたいのかさっぱりなんですけど!?

 誰かあっちみたいに他の神様いらっしゃらないのかしら。

 

「ごめんね。面倒かけるけど、僕も他の神も神域からなかなか出られないから」

「まさかの一人称僕!?」

「境が弛むから、異界渡りは危ないんだけど」

「それを何とかしろって言われたんでしょう?」

「なんかね、すぐ弛んじゃうんだよ。ちょっと遊んでただけなのに……」

「ちょっとって、どれくらい?」

「さぁ……100年くらいじゃないかな」

「絶対それのせいじゃないの!! 遊んでないでキリキリ働きなさいよ!! 神様でしょう!?」


 ダメじゃない!! 見た目通りの怠惰野郎じゃない!!

 そんなんだから落ち人が後を絶たないのよ!!


「だって大変なんだよあれ……」

「だってもクソもないわよ! 向こうに落ちちゃったこっちの人間がどれだけいると思ってんの!?」

「えぇ……知らないけど」

「知らないじゃないわよ! あんたそれで主神だなんてよく言えたわね!? 自分とこの子がかわいくないの!?」




 ……とまぁ、主神様相手に散々説教をかましてしまって、気付いたときには後の祭りよね。

 表情の読めない顔をこちらに向けて呆然と立つ主神様の姿を見て、全身からどっと冷や汗が噴き出した。

 あたしは罰が与えられるのを覚悟して、断頭台に登る気分で恐る恐る土下座して──……


「も、申し訳ありませんでしたぁぁぁっ!!」


 喉がはち切れんばかりに絶叫した。


 もうこれダメよね。終わったわ。あぁ、短い人生だったわ……。

 どうせ死ぬなら鍛冶神様の腕の中で死にたかった……。


「カッとなってつい……!! 罰は受けますからどうか、どうか命だけは!!」

「いや別に、命取ったりしないけど」

「御慈悲をありがとうございますぅぅっ!! この私めになんなりと罰をお与えくださいぃっ!!」

「罰もいいよ」

「それじゃあたしの気が済まないのよぉ!! 神様相手になんてことを……」

「いいって。うん、いいよ。……今までそんな風に叱ってくれるやつ、いなかったから」


 ……はい?


「なんか嬉しかった。ありがと」


 ちょっと照れた風に鼻の下を指で擦りながら、主神様はあたしを立ち上がらせてくれた。

 そしてスウェットのポケットをごそごそして、握った手をあたしに差し出した。


「僕、頑張るよ。あんただけは渡りをしても大丈夫なようにしとくから、これ持ってて」

「はぁ……」

「すぐには直んないと思うけど、ちゃんとやるからさ。なんかあったら言って」




 そして渡されたのが、深い深い青色をした、勾玉の御守りだったの。

 これを持っていれば、異界渡りをする際に境界に干渉せず、安全に行き来できるんだそう。

 更には主神様と声でやりとりできるという、鍛冶神様にいただいた指輪と同じような力があるらしいわ。


「神様アイテムがどんどん増えていくわね……」


 向こうでも色んな物をいただいたのよってお話したら、何故か張り切ってあれこれ渡されちゃったのよ。

 主神様、どうやったのかはわからないけど、夢の中から魔法の鞄へ直送してた。

 魔法の鞄とかズルくない!? って駄々っ子みたいに拗ねてたわ。


「こっちの世界に魔法を組み込まなかったのは僕だけどさぁ、やっぱ入れとけば良かったかな……」


 ですって。やめといた方がいいわよって慰めておいたわ。

 最初からあるならともかく、今から魔法なんて広めたところで碌なことにならないもの。

 人間の欲望は果てしなく、より薄暗い方へと延びていくんだから。

 それより頑張って境界なんとかしなさいよ。ね?


「がんばる……」

「頼りないわねぇ、しっかりしなさいな」

「ねぇ、たまに遊びに行ってもいい?」

「お仕事してからね」

「うぅ……」




 そして目覚めて、一応あっちに報告しておこうかしら、と指輪に触れる。

 あ、でももしかしてネックレスで直接ショタ神様に通じるのかしら?

 言ってなかったけど、できる気がするわね。



「主神様ー? 聞こえますかー?」

『聞こえるよ』


 やった! 正解ね。冴えてるわぁあたし!


『会えたかい?』

「えぇ、お会いしてきたわ」

『お疲れ様。彼はなんて言ってたかな』

「ちゃんとやるって。頑張るって仰っていただけたわよ」

『へぇ……凄いなレイ』


 え? どうして?

 確かに万年床がお似合いな感じではあったけど、話せばわかる方だったわよ?


『彼ね、物凄く面倒くさがりで』

「そんな感じだったわ」

『いくら言っても遊んでばかりで。配下の神々は勤勉で素晴らしい者が多いんだけど、彼はいつもあぁなんだよ』


 夢では他の神様にはお会いできなかったからわからないけど、そうなのね。

 あれが自分とこの一番偉い神様だなんて、最初は信じたくなかったものねぇ……。


『そんな彼にやる気を出させるなんて、本当に凄いよ。なにを言ったんだい?』

「え、いえ、その、ちょっとね……」

『今後のためにも是非聞きたいな』


 言っていいのかしら? 怒らない?


「あの……あまりにもアレなんで、ちょっと、その、お説教を……」

『あっはっはっはっは!! 凄いなレイ! 本当君にお願いして正解だったよ』


 うわぁ大爆笑してるわ。

 それだけこっちの主神様に対する鬱憤があったのかしらね。


「でも、あなたが言ってたことをお話ししたときもだいぶダメージ受けてたみたいよ?」

『あぁ、うん。だろうね』


 え? なんでわかるの?


『実は兄なんだよね』

「は?」

『兄』

「ガチで?」

『しかもブラコン』

「うわぁ……」


 最っ悪の兄弟ね!?

 てか神様にも兄弟ってあるの!?


『要は構って欲しいんだよ』

「ねぇ……境界が弛いのそのせいなんじゃないの?」

『それは彼が仕事をしないからだよ。こちらへ繋がってしまうのは多少関係あるかもしれないけれど、境の弛みは私のせいじゃない』

「でもあんたが構ってやればもっと真面目に働くんじゃないの?」


 そうよ。お説教だって、誰もしてくれなかったって言ってたわよ。

 ちゃんと手綱を握りなさいよ。


『してもいいけど、彼そっちを放ってこちらへ来てしまうよ?』

「やめてさしあげて……」



 はぁ……主神様ってみんなこうなのかしら。

 どいつもこいつも碌でもないったら!!

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