閑話 神々の楽園で

 レイがセヘルシアでご機嫌に町を散策していた頃、神域では。



「ねぇ、あの子どこから来たの?」

「いつものところだよ」

「またぁ? 本当最近多すぎやしない?」


 美の女神が心底面倒臭そうにぼやく。それも当然か、と少年の見た目をした主神は苦笑する。


 落ち人も迷い人も、昔からいるにはいる。かの世界からだけではなく、また別の世界から来た者もいた。

 だが近年、レイがいた世界からの闖入者が何故か後を絶たない。原因も分からず、対処のしようもない。

 あちらの主神に進言したことは何度かあるが、改善の兆しは見られないままだった。


「レイの働き次第ではあるけど、今後多少は改善していくんじゃないかな」

「ふぅん、あの子レイっていうのね。何させる気なの?」


 美の女神は、纏め上げていた豊かな蜂蜜色の髪をほどき、器用に編み込み始めた。先程レイに施したのと同じにするつもりのようだ。

 会ってそう時間は経っていないもののかなりお気に召したらしい。波長が合ったのだろう。

 普段は相手の言い分も聞かず、自分の好きなよう楽しいようにと物事をぐいぐい推し進めていく猪突猛進タイプの彼女を苦手に思う神は多い。

 そして美の女神らしく、容姿や着衣に関してはどこから嗅ぎ付けるのかすぐに飛んできては首を突っ込み一歩も譲らない。

 配下を生み出す際、主神の性質に添うよう創り上げたはずなのだが、どうやら彼女は『好奇心』や『楽天的』な部分が色濃く顕現してしまったようだ。


「あちらの主神への伝言役。それからセヘルシア、アトミスへ渡って落ち人を回収してもらおうかなと。今はその試みがうまくいくかの検証中だよ」

「だからこっちの装備が必要だったわけね」

「君、わけもわからず参加してたのか……」

「えぇ! だってあの子面白そうじゃない」


 確かに面白い人物ではある。

 逞しい体に繊細な赤いドレスと赤い髪。見た目のインパクトもさることながら、その性質もなかなかに興味深かった。


 こちらの世界にも、ああした性を跨いだ姿を好む者もいる。心と体の性が伴わないまま生まれ落ち、心に合わせて命を謳歌する者達だ。

 しかし大半は苦い思いを抱えたまま、体に合わせて暮らしている。

 あちらもこちらも、人の持つ倫理観や感情はそう変わらないものと聞いている。

 故にレイのあの姿を見て、そして言葉を交わし、芯の強さを感じ取った。

 こちらを多少侮っている節はあるが、しかし少し脅しをかければ泣いて縋るし鍛冶の神にはコロリと態度を変える。

 素直で強がりで、少々ヘタレ。

 こんな人物が特殊な条件下で現れ、こちらの手の内に入ったのだ。

 逃がすつもりは毛頭なかった。



「やぁだ主神サマ。悪い顔してる」

「神って人にとったら理不尽なものだろう? あちらの世界には散々迷惑かけられているんだ。一人くらい駒にしたって、ねぇ」

「……それあの子の前で言っちゃダメよ?」

「それは勿論。気持ちよく働いてもらわないとね」

「こっわーい」


 失礼だなぁ、と主神は軽く笑い飛ばす。

 こちらの世界の均衡はあちこち乱されているんだ。一人くらいこちらで自由に動かせる人材を拝借したっていいじゃないか。



「さて、そろそろ検証も済んだかな」


 鍛冶の神が、丁度現れた初老の男性に驚いている。どうやら成功したようだ。

 レイの姿は見えないがー……


「主、すみませんレイがあちらに取り残されております」

「あぁ、だからいないんだ。人ひとりしか運べないのかな?」

「わかりませぬが……ひとまず、早くレイを戻してやっていただけますか」

「ふふ、わかったよ」


 だいぶ慌てた様子でレイの帰還を求めてきた。どうやら鍛冶の神も、いたくレイを気に入っているようだ。

 レイの手綱を握るのにうってつけの配下だ。これを上手く使わない手はない。

 態度の違いに言及したのも彼の自尊心をくすぐるためさ。別に全然全く気にしてなんかないからね。

 ……なんだい美の女神、そのジトッとした顔は。



「お帰……」

「ちょっと!! 怖かったじゃないの!!」


 戻ってきた途端喰い気味に文句言ってきたよこの子。私達が神だって本当にわかっているのかな?

 まぁこちらに楔は打ったからね。我々のためにたっぷり働いてくれたまえよ。はっはっは。



「ねぇもうあんた聞いてんの!?」

「主神サマも素直じゃないのよねぇ……」


 何のことかな? はっはっは。


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