ワナビにも愛の夢を🌙

「せっちゃん、わたし篭るから!」

「はいはい」


今日は金曜日。


本来ならこの『ダイナー』の常連メンバーが集って週末のひと時を談笑して楽しく過ごすんだけどね。ごくたまにわたしが『篭る』時があるわけよ。


「エンリさん」

「うっさい!」


単にオーダーを取りにきただけのボンを一喝する。


「エンリち・・・」


おー、さすがクルトンちゃん。

わたしの鬼気迫る様子を見て咄嗟に言葉を引っ込めたよ。


続々とみんなこのホームタウンに帰ってくる。


「エンリちゃ・・・」


やー、さすがジェントルマン。

アベちゃんもいたずらにわたしを刺激せずに自席に座ったよ。


「エーンリちゃー・・・」


うんうん。


ハセっちも危なかったけれどもわたしを遮らずにいてくれた。


『そっか、今日は『カク』日か』

『うん。さっきからすごいスピードでタイピングの切れ間がないよ』


わたしはカウンターの一番端っこに陣取り、壁に右半身の側面を押しつけながら鬼気迫る形相でキーボードを叩きまくる。


何をしてるかって?


小説書いてんの!


第1話『ダイナー寄ってこうよ☕️』で小説サイトに投稿してることをボンにカミングアウトしたわたし。

ボンはそれをみんなに言いふらし、わたしもヤケになってこうしてお店の中でおおっぴらに書くようになった。


コンパクトなワイヤレスキーボードをカウンターに置き、スマホでログインした投稿サイトのわたしのアカウントにそのまま直接入力するのよ。


「エンリさん、よくそんな小さい画面で書けますねー」


再び話しかけてきたボンをわたしの逆鱗に触れる前にみんなで押さえつけてくれた。


『ちょっとボン!エンリちゃんの邪魔しちゃダメでしょ!』

『でもクルトンちゃん、せっかくの金曜にみんなで楽しく話したいのに・・・』

『ボン、3ヶ月みつきに一度、四半期ごとのプレミアムフライデーだけの辛抱だよ』


そうなのよ。

ハセっちがボンに諭してくれたように例えば今日9月最後の金曜日、死語となりかけているプレミアムフライデー限定なのだ。


わたしが投稿している、『カックンヨムンヨ』というサイトに『金曜日短編一本勝負!』なる短編限定の小説投稿コンテストがある。

プレミアムフライデーの午後8時締め切りで5,000字以内の短編を投稿して、締め切り後30分でや感想・コメントを多く獲得した投稿者に賞金10万円と文学月刊誌への掲載が付与されるのよ。


ごめんねみんな。

常連のみんなだけじゃなく、一般のお客さんまでわたしの席から放たれるビリビリした空気に遠慮して小声で喋ってる。


でも、わたしは遠慮しないよ。


わたしはキーボードを叩く。

スイデンからの膨大な資料作成で鍛え上げられた文章作成の異様なスピードでわたしは叩く、叩く、叩く!


Van Halenの『Jump』のPVで魅せるエディ・ヴァン・ヘイレンの早弾きキーボードを自分に重ね合わせ、わたしはわたしのワイヤレスキーボードを叩きに叩いたよ!


「んでーきたっ!」


ほおっ、と安堵のため息をもらすみんな。


「じゃあ、投稿するね」


宣言して、投稿ボタンをポチっ、と押す。


同時に常連のみんなはそれぞれのスマホで小説サイトにログインする。

そしてアップされたばかりのわたしの短編を読み始める。


断っておくけれども断じて『サクラ』じゃないからね。


それが証拠に、


「エンリちゃん、このラストはないよー。すっごいリアルに話進めてるのに無理やり過ぎ。☆はつけず、辛口コメント投稿させてもらうね」

「わー、クルトンちゃん厳しー」


そうなのよ。

このメンバーはわたしの小説を読んでくれる。

なのでPVは増える。


でも、評価に関しては一切情け容赦なし。

結局今日は誰も☆をつけてくれず・・・って、あれ? ボン?


「ちょっとボン。まだ読んでんの?」

「エンリさん。大変申し訳ないのですが、ダメ出しさせていたただきます」

「え」

「モブキャラの『ポン』で僕のことですよね」

「あ、わかる?」

「ここまで情けなく書くことないじゃないですか!したがって、今日の評価は・・・えい!」

「や、やめてー!」


押された。

クロボシを。


そう。

シロボシはプラスポイント、クロボシはマイナスポイントなのだ。


「ボンくん・・・血も涙もないねえ」

「何言うんですか、アベちゃん。冷静かつ公正なジャッジですよ」

「作品への評価じゃなく、キャラのモデルが自分だから逆上しただけでしょ。どこが公正なの!?」

「ク、クルトンちゃん、クルトン自分を投げないで・・・」

「あ、ボン、セクハラまでっ!」


セクハラじゃないと思うけど、いいぞいいぞクルトンちゃん! もっと言え! もっと投げろー!


「あ、集計出たわよ」


せっちゃんがスマホをスクロールする。


わたしたちも自分の画面を凝視する。


『ガトリング・コミッティー・ストライクス・アゲイン』作者:エンリ

順位:23,521位/23,522作品中


「うっ・・・・」

「エンリさーん。もう書くのやめたら?」

「う、うっさい! ボン、アンタがクロボシつけなきゃ、100位は上がってたわよ!」


自分で言ってて虚しい・・・


「ほらほらエンリちゃん、みんな。残念会ってことでわたしがおごってあげるから」


ほおっ! これは粋なはからい!

クルトンちゃんも目をキラキラさせてるわ。


「せっちゃん、何おごってくれるの?」


「番茶」


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