見知らぬ街の歩き方👟

今日は浮気をするの。


なーんてね。わたしはそんな柄じゃないしボンとも深いような浅瀬でちゃわちゃわしてるようなよくわからない関係なので浮気なんていう概念が成り立たないし。


そもそも人間の話じゃないし。


・・・・・・・・・・・・・


連休最後の日、私用があって郊外の街へちょっと電車でね。

その街でオシャレで素敵なカフェでも探してみようかと。

せっちゃんの店じゃないから『浮気』ってことで。


え。私用って何かって?


・・・連休初日の同窓会で酔っ払って落とした象さんワンポイントのバッグを警察に取りに行くのよ!


・・・・・・・・・・・・・


落とした場所はもっと手前の街なんだけど拾い主の自宅が終点の駅なのよ。だからその終点の警察に届けてくれたらしいのよね。


わたしこの路線って終点まで乗ったことなくって。

だからまあちょっとワクワクしてる。


終着駅への旅


なーんてね。

お。着くわ。


「はるかの地〜はるかの地〜」


うーん。

なんてそれらしい駅名なんだろう。

アナウンスを背にポピーの花が咲く花壇のホームを伝って改札を抜けるよ。


目の前に広がるのは、海。


「へー。窓から何にも見えなかったから海に向かって垂直に進んできたってことかー」


まああまりにも気分いいし天気も同様だからこういう独り言も思わず出るってものよね。


さて。とりあえず警察署は・・・

あ。

海岸線を北上して5分。

海の間際に警察って変わった立地だな。


・・・・・・・・・・・・・・・


警察署、なんか長閑だったなー。窃盗犯と警官が雑談してバカ笑いしてたもんなー。

まあこのお気に入りの象さんワンポイントバッグも戻ってきたし、カフェを探そっと。


「こんにちはー」

「あ、こんにちはー」


いいねいいね。テニス部かな? 部活でランニングしてる子たち、全く見ず知らずのわたしにも挨拶していくなんてなんかいいね。

これはカフェも期待できるかな。


えーと。スマホで一応見てみるけど・・・よ、と。


『骨董カフェ・テン』


ああ。骨董カフェはなんかありがちだけど『テン』って何? まさか、10号店?

でも、それ以外のカフェだと・・・ぜーんぶ『バス◯◯分』ってことか。

選択の余地なし、『骨董カフェ』へ行くか。


・・・・・・・・・・・・


「こんにち・・・はー」


なんだこのきれいさっぱりした店内は。

薄暗い骨董屋さんをイメージしてたけどなんか調子狂うな。

店員さん、遅いな。


「こんにちはー」


・・・・誰もいない?


なんだろ。これもしかして実はもう店として営業してないとか?


「いらっしゃーい」

「わ!」


びっくりした!


「あ、あの・・・」

「ああ、すみませんね。こんなところから」


そうだよ。なんでカーテンにくるまってたんだよ!


「えとその」

「実は、インセクト・ウォッチングをしてたんですよ」

「はい?」

「虫を観てたんです。窓からこっそりとね」

「はあ・・・」

「ほら、あそこにナナフシがいるんですよ。見えないでしょう?」

「はあ?」

「なんたって見えないようにカモフラするのがナナフシですから」


どうしようか。このまま道でも訊くフリして店を出ようか。


「あ、駅はこっちの道まっすぐです。次の電車まで1時間ありますからどうぞごゆっくり」

「ぐ・・・はい。では」


ダメだ。完全にペースを握られた。

でも・・・この人そもそも男? 女?


「あ、わたしは女ですよ」

「あ、はあ・・・」

「お客さん、わたし男に見えました?」

「いえ、そんな訳じゃないんですけど、なんか中性的というかボーイッシュというか・・・」

「おお! 嬉しいです! ボーイッシュ少年ぽいということは少女に匹敵する若さと見てくださったんですね! これはサービスしなければ!」


なんか、疲れるなあ。まあとりあえず座ろ。んで、メニューは、っと。


「え!? アイス味噌汁!?」

「ええ。店長・・・つまりわたしイチ推しです。具はお好みで。よく冷えてますよ」

「あ、そ、そうですか・・・ん? この氷シェイクってつまりシェイクですか?」

「いいえ。かき氷をシェイカーでシェイクしたものです。これが写真」

「氷抜きのジュースにしか見えませんけど」

「キンキンですよ」

「・・・コーヒーって無いんですか?」

「ありますよ。どれになさいます? ハード、ソフト、ミドル」

「なんですか、それ?」

「ハードはカフェイン成分別途添加。ソフトはカフェイン抜き。ミドルはコーヒーの量が中間」

「あの、ミドルで」

「カフェインの量は?」

「はい? ミドルでしょ?」

と申し上げました」

「あの、じゃあ、カフェインの量も普通で」

「わたしにとっての『普通』はかなり濃いめですが」

「ええ、もうなんでもいいです。店長さんの普通に合わせます!」


ふう。


お。きたきた。

なに、このカップ。


「あの・・・」

「ああ。わたしの趣味で揃えたカップですよ。いい形でしょう」

「え? 形? あの、それよりも・・・」

「大きくていいでしょう」

「あの。ラーメンのドンブリですよね、これ」

「まあ、中華のぐるぐるってマークはないですけどね。まあ、一口」


こんなの両手で持たないと飲めないよ。しかもアメリカンよりはるかに多いし・・・

ん?


「お、おいしい・・・」

「でしょう? 何杯でもいけるでしょう?」

「いえ決してそんなことはないんですけど、でもほんとにおいしいコーヒー・・・(なんでできないのよ!)ところで、骨董品は?」

「ああ、骨董品はレンタル倉庫に保管してあります。画像でご覧いただくシステムです」

「(なんだいそれ)じゃ、じゃあ、拝見します」


スマホだから画面ちっちゃくてわかりにくいなあ・・・あれあれ?


「これ、タヌキですか」

「はい。信楽焼のタヌキです」

「まあ、骨董品の王道のような気はしますけど、他には?」

「えー、これなどいかが?」

「・・・招き猫?」

「はい。全部で200種類はあります」

「なにか動物系以外はないんですか」

「じゃあ、これなんかは?」

「・・・ダルマ?」

「これもオーソドックスなものからマニアックなものまで各種取り揃えております」

「動物系にしろダルマにしろ、なんか偏向してますね」

「そうですか? わたしはただ、かわいいものに目がないだけですけど」

「かわいい?・・・売れるんですか?」

「結構売れますよ。ネット販売がメインですけどね」

「あ、なるほど。そっちが本業でカフェの方は副業って感じなんですね」

「いいえ、どちらも副業ですよ」

「え」

「わたし本業は会社勤めですから」

「え!」

「毎朝こんな遠くから中心地まで満員電車に揺られて・・・やってらんないんで自分の大好きなタヌキたちをネット販売始めて。ついでに土日祝日だけ営業するカフェも始めたんです」

「そうでしたか・・・」

「それでもまだまだ満たされません。平日にはやっぱり疲れ果ててしまって『やってらんない!』って感じです。お客さん、どっか癒されるいいカフェ知りませんか?」

「はは。まさかカフェの店長さんからそんなこと訊かれるとは」

「教えてください。助けると思って」

「えーと。わたしの最寄駅にひとつありますけど。でもカフェじゃなくて駅の中にあるジュース・スタンドですし、こっからだと遠いですよね」

「いえいえ。会社帰りに寄れます。一度行って見ますよ」

「いいお店ですので是非。ところで店長さんのお名前は?」

「テンチョウですよ」

「またまた」

「いえいえ。テンチョウ。在日中国人です。勤めてるのも中華系の貿易会社で、まあ、華僑ってやつです」


ああ。それで、店名が『テン』か。


「お客さんのお名前は?」

遠里とおさとなんですけど、エンリ、って呼ばれてます」

「ああ、音読みなんですね。ところでエンリさん。コーヒー、おかわりは?」

「もうたくさんです」


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