第29話

 オレはダッシュで駆け込み、ユーヤ君と業者の間に割って入る。


「コレはね、オレの荷物なの! 今 売ったの! 30万で!」

「解かってます! だから俺が今、30万で買い戻すんです!」

「何で!? 何で!? 何でぇ!? イミフですよ、お坊ちゃまぁ!!」

「だって! コレが無かったら、本当に作曲が出来なくなる!」

「辞めたからイイの! 辞めたっつったでしょーが! バカなの、キミは、いや大バカだぁ!!」

「あーそーですよ!! 俺は大馬鹿だから、先生の曲が聴けなくなるなんて 耐 え ら れ な い !! 」

「!」


 息を飲まされる。

だって、何て身勝手な男なんだって、コイツは。

まさか、オレの音楽が自分の為にだけ存在してるとか思ってねぇ?

自己チュー。世界は自分サマの為に転がりますタイプー。



(折角 手放す覚悟をした夢と煩悩なんだ……)



 どうか最後くらいは潔い大人にさせてくれねぇかな?



(どうか、過去のオレと決別させてくれませんか?)



 オレは項垂れる。


「業者サン、困ってるからさ……困らせないでくんないかな?」

「ぉ、お金ですかっ? お金なら俺が何とかしますっ、わざわざ機材 売るなんて、」


 バカにされたもんだぁ。



「迷惑だつってんの!」


「!」



 金持ちボンボン。パパにオネダリ小遣い札束。

美貌も才能も人脈も揃って、ドラドラ跳ねて役満3万点。

ポンしてチーして、ドローに持ち込んでセーフなオレとは、逆立ちしても擦れ違う筈のねぇGNP。


 僻んでんじゃねぇよ。金持ちが羨ましぃってんじゃねぇよ。

貧乏だって何だって、オレは今のオレが大好きだよ。ソレでイーんです。

ただ、そんな俺の覚悟を否定されたり邪魔されんのが嫌なんだ。


 ユーヤ君が押し黙ると、業者は荷物を積み直す。

ホント、ご近所サマも併せて お騒がせして申し訳なーい。


「さ。早よ おうち帰んな」


 オレが預かっていた手荷物を押し返すと、ユーヤ君はグズグズと泣き出して、トボトボと自分のボロアパに戻って行く。

フラフラ千鳥足。何度も何度も袖で涙を拭って歩くその背は、捨て子のようだね。


 ユーヤ君の目には、オレの部屋から運び出される機材の山が どう見えるのか。

そりゃ、哀れに思えてならんだろね。

夢を売っぱらう大人の無神経さが、憎たらしくて堪らんだろぉね。

ユーヤ君、キミはホントに優しくて純真な子だ。



「ありがと」



 最後の荷物が運び出される頃には、ユーヤ君も部屋の中へ。

業者は最後のサインをオレに求めて来る。コレでホントのオサラバだ。

すると、オレが差し出されたボールペンを手に取ると同時、ユーヤ君の部屋から爆音が響く。



 ジャーーン!!



 あのデジピの音。

練習ならヘッドホンつけて、生音 出しちゃイカンってアレ程 注意したのに、当てつけか?


(って――、)



「この、曲……」



 ユーヤ君の力強いピアノ連弾が聴かせるのは、あの曲だ。



(オレの、曲……)



 オレを一気に1発屋に伸し上げた……偉い人達が、音楽家達が絶賛した あの曲。

オレの未来を斬り開いた【Gravity《グラヴィティー》】。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る