花奈Side 3

 部活をそのまま引退して、私たちは受験勉強を始めた。


 ゆかりとの前からの約束通り、私達は2人で全寮制の軽音で有名な高校へ行こうしていた。

 その高校は、何人もプロのミュージシャンを輩出する名門校だ。


 受験勉強の間に、推薦入試の演奏を練習しようとしたけど、


「どうしよう……。けないよ……、弾けないよゆかり……っ」

「花奈……」


 あの一件がトラウマになっていて、私はギターを持つ事も出来なくなっていた。


 私は一般入試で受けるから、って言ったけど、ゆかりは、じゃあ私は行かない、って言って私をぎゅっと抱きしめた。


「なん、で……?」


 学科が違えば、離ればなれの時間はもちろん増えるはず。

 できる事なら、私はゆかりとずっと一緒にいたい。だけどそんなわがままで、私は彼女の道を邪魔したくない。


 私はボロボロ泣きながら、ゆかりにそれを伝えると、


「私ね、花奈に寂しい思いさせてまで、行きたくないんだ」


 彼女はいつも通りニカッ、と笑って、私にそう言う。


「それに、花奈が聴いてくれてないと、魂がビリビリしないんだよね」


 どこまでも優しくそう言ったゆかりは、私の背中をそっと撫でた。



                    *



 最後の1音まで、文句なしの完璧な演奏をしたゆかりへ、私は拍手を贈った。


「ねえ花奈。今日のはどうだったー?」

「いつも通り凄かったよ」


 あんまり上手く褒められなかったけど、やった! と、ゆかりは満足げにガッツポーズした。


 彼女はギターを壁際にあるスタンドに置いて、私の隣に戻ってきた。


「喉渇いたから、何か飲み物買ってくるね」


 さっきのタオルで汗を拭いたゆかりは、私に向かってそう言った。


「うん」

「花奈なんかリクエストある?」

「何でも良いよ」

「了解」


 ゆかりはタオルを適当にテーブルへ放り投げると、財布を持って部屋から出て行った。

 

 あ、タオルが……。


 端っこギリギリに乗っかって、落ちそうになってるタオルを私は回収した。


 良い匂い……。


 そのとき、舞い上がった柔軟剤とゆかりの匂いがした。


「……」


 手に持ったタオルを見つめていると、顔に押し当てたい衝動に駆られた。


 ……まだ帰ってこない、よね?


 念のため、ドアを開けて確認するけど、上がってくる足音はない。


 ドアを閉めてから、私はおずおずとタオルに顔をつける。


 小さな頃から嗅ぎ慣れた、落ち着く匂いを胸一杯に吸い込んでいると、


「花奈ー。新しいヤツあったから買っ――」


 ちょうど、ゆかりが帰ってきてしまった。


「……」

「……」


 私がゆっくり顔を上げると、ゆかりはにこやかな顔でドアを閉めた。


「花奈ー。新しいヤツあったから買ってきたよー」


 ゆかりは私に気を遣ってか、さっきと同じ事を言って入ってきた。


「ああああ、あのねゆかりっ! これはそのあのえっと……」


 私は思いきりテンパって、言ってることが意味不明になっていた。


「もしかして、1人で寂しかったの?」

「……う、うん」

「じゃ、今度から一緒に行こっか」


 子供を見るお母さんみたいな苦笑いで、ゆかりは私の頭を撫でた。


「うん……」


 ゆかりが良い方に勘違いしてくれたので、そういうことにしておいた。


 ややあって。


 買ってきたパインジュースをグビグビ飲んで、ゆかりは一息ついた。

 私もそれを1口飲むと、パイナップルをそのまま搾ったみたいな味がした。


「これ美味しいね花奈ー」

「うん」


 ゆかりは私に笑いかけてそう言うと、缶をあおって残りを一気飲みした。


 ジュースを飲み終わったゆかりは、ギターをソファーに持ってきて、大きい眼鏡拭きみたいな布でその掃除を始めた。


 さっきと同じように、彼女は鼻歌を歌いながら丁寧に拭いていく。


「ねえ、ゆかりさ……」

「んー?」

「ゆかりがやりたいなら、他の子とか勧誘しても、良いんだよ?」


 私は自分の手元を見つめながら、ゆかりへそう言った。


 ギターが弾けない私がここに居て、変な目で見られないか気を遣ってるみたいで、ゆかりは部員を一切増やそうとしない。


 いくら私に聞かせるのが好きでも、やっぱりバンドでやらないと、プロになるためには良くないと思う。

 それを心配そうな声で、どしたの急に? と訊いてくるゆかりに伝える。


「心配しなくても大丈夫だよ、花奈」


 作業の手を止めて、ギターをテーブルに置いた彼女は、


「何も一直線に進むのが正解ってわけでも無いし」


 と言って、私の肩に手を回して抱き寄せてきた。


 それから、その逆の手で、私の長い前髪を左右に分けて、お互いの顔を見えるようにした。

 柔らかな表情のゆかりに真っ直ぐ見つめられて、私は顔が、かあっ、と熱くなるのを感じた。


「気を遣ってくれてありがとうね。花奈」


 前髪を分けた方のとは逆の手で、ゆかりは私のほおにそっと触った。その弾力のある指の感触が、とても気持ちが良かった。


「私、花奈のそういうところ好きだよ」


 と言って、ゆかりはギターの掃除に戻った。


「……。ありがと……」


 彼女の、好き、という言葉は、親友として、という意味だとは思う。だけど、恋愛漫画の恋する主人公みたいに、私の胸はドキドキしていた。

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