第39話 やっぱりヒロインは最強なのです

 いつの間に侵入したのか、祈りの場の入り口にヒロインこと常葉遥が仁王立ちしていた。

「と、いうかですね! 貴女になんかあげませんから!! シルヴィアは返してもらいます!!」

 言うなりハルカはシルヴィアへ突進した。そしてラグビーのタックルばりにシルヴィアの腰へと体当たりする!

「ちょ、っと、ハ、ルカ、痛い」

 弱々しく抗議するシルヴィアにハルカは怒鳴った。

「何言ってんの!? 遅いからでしょ! 呼ぶの、遅いよ!! 手遅れになったらどーすんの!!」

「ならなかったんだから、怒らなくていいじゃない」

「間一髪だった!!」

 ハルカの発する光魔法が闇の種を押さえ込む。あと少し遅かったらヤバかった!

 そんな焦り顔のハルカを隣に悪役令嬢シルヴィアは涼しい顔だ。

 シルヴィアには自我を失わない公算があった。その上で、エリカシアと対峙していたのだ。

 その公算こそ、ハルカの召喚に他ならない。

「………………………本当に気に食わない。ベイゼル・ロバートまで寝返らせてしまうなんて」

「おや、気付かれてしまいましたか。さすが、察しがよろしいですね」

 誤魔化しきれなくなったと悟ったベイゼルが姿を現した。

「恩知らず。お前に闇魔法と光魔法を研究させてあげたのは誰だと思っているの」

「もちろん、貴女様です。が、私の大切なものを傷つけたのも、貴女なんですよねぇ。

 第一、『意味なんてない』はずでは?」

「貴方はこちら側の人間だと思っていたのに、ことごとく読みが外れるわ。忌々しいったら」

 たいして悔しくもなさそうに言う王妃にベイゼルは目を細めた。

「でしたら私にとっては好都合。私の望みは研究を続けること。貴女のやり方は合理的ではありませんからね。

 そもそもが相反していたんですよ。そこの彼と違って」

 ついでに姿を現せ、とばかりに存在をバラされたのは、黒銀の髪の男だった。

「あら、ギルフォード。よくもまあ、私の前に現れることができたものね。この裏切り者。

 やっぱり血かしら? 裏切り者には裏切る血が流れているのね。

 民を裏切った王の血! 人々の平穏より自分の愛を優先した女の血が!!」

 ギルフォードは素直にも頷いた。

「そうだ。俺は裏切った。貴女を。裏切れずにいられたら良かった、とも思うが」

「ふふ、屁理屈を言うところも、あの男に似てるのね」

 エリカシアはどう言えば相手が最も嫌がるかを熟知している。

「俺を殺せば、貴女の気は晴れるのか?」

 顔を歪めて問うギルフォードに彼女はにっこり笑った。

「死にたがりを殺したところで、面白くもなんともないでしょう?

 私は苦しむ姿が見たいの。あの男のように。

 可笑しくてたまらないわ。あの男は全てを分かっていながら、私を殺さないの。

 もっと苦しめばいい。あの男が、もっと、もっと。だから、ね? 死んでちょうだい?」

 エリカシアの視線の先を見て、その場にいる全員に旋律が走った。

 だってそこには、ここにいるはずのない人物がいたから!

「私の可愛い、大事なエドワード。貴方が死ぬのが、一番良いわ」

 祈りを捧げる祭壇に、エドワード皇子がいた。

 まさか皇子も召喚された? そんな考えがシルヴィアの頭をよぎったが、エリカシアは否定するように軽やかに笑った。

「ずっと、ずっと、ここにいたのよ、エドワードは。貴女達がおいて行っちゃったから。

 守ろうとしたのかしら? 残念ねぇ。エドワードはとっても弱い子だもの。自分でここにきたのよ。

 昔からそうだった。すぐに私のところにくるの。私、いっぱい優しくしたわ。いつか貴方を殺せるって、そう夢にみて」

 うっとりと自分を見つめる母親にエドワードは蒼白になっている。今までの会話も、全部聞いていたのだろう。

「ははうえ、は、私の、ことを」

「ええ、ずっと殺したかった。いなくなってほしかった。

 この世界で、一番消えてほしい人。それがエドワード、貴方よ」

「そん、な…………………」

 そうか! と、ハルカとシルヴィアは合点がいった。彼が歪んでいたのは、この所為だったのか!

 皇子の闇が祓えなかったのは、彼に流れる血の所為じゃない。

 彼はこの母親の感情を、ずっとどこかで感じ続けていたのだ。そして、ずっと、ずっと、怯えてきたのだ。

 それがまさに今、突き付けられている!!

「駄目です! 殿下!!」

 シルヴィアは反射的に叫んでいた。

「死んではいけません!! 抗ってください! それが、たとえ王妃様のお望みであっても!

 貴方は、この国の皇太子なのですから!!」

 そのシルヴィアにエリカシアが影のムチをしならせる。

「黙りなさい!!」

 だがそれはハルカの光によって阻まれた!

「本当に忌々しいッ!」

 再度シルヴィアとハルカを狙おうとする、エリカシアの隙をついてギルフォードがエドワードに走り寄りその身体をつかんだ。そしてギルフォードはエドワードをベイゼルにむかってブン投げる!

 そのあまりの横暴さにシルヴィアは思わず抗議した。

「ちょっと! 乱暴にしすぎよっ!!」

「何だ? アイツが大事だってのか」

「当たり前じゃない! この国の皇太子なのよ!!」

 そのやり取りにエドワードは、はた、とシルヴィアを見た。そして唖然とする。

「お前、シルヴィアだった、のか?」

「え!? 今頃ッ?」

 驚くハルカにエドワードは逆に困惑したようだ。

「ハルカは気付いていたのか?」

「いや……………城にいた人はほとんどが気付いてたと思いますよ」

「そう、なのか…………………………いや、そうだな。

 私は見て見ぬフリばかりしてきたから。肝心なことも真実も、けっきょく見えなくなってしまったんだな」

 ぼんやりとエドワードはハルカを見て、それからシルヴィアを、最後にギルフォードを見た。

 そしておもむろに立ち上がると、エリカシアに、己の母に尋ねた。

「母上、貴女は私に死んでほしいと、そう言いましたね?」

「ええ。そうよ」

「もし私が、では一緒に死にましょうと言ったら、一緒に死んでくれますか?」

「嫌よ。私はあの男がもっと苦しむ姿と、この国が滅茶苦茶になるところが見たいの。

 まだ見ていないもの。死ねないわ」

 あっさり言われた残酷な答えに、エドワードは眉を下げた。

「そうですか。それは困りました、ね。

 でも、やはり今の案が一番良いように思います。少なくとも、私にとっては」

 困りました、と言いながら、しかしエドワードは笑っていた。笑いながら、エドワードはエリカシアに近づいていった。

 彼が何をする気なのか察したシルヴィアは、用心深くその時を待った。

「刺し違えるの? できる? 貴方に。貴方の父でもできなかったのに?

 無理よ、エドワード。私の可愛い子。その瞬間、貴方は闇に呑まれるわ。それは怖いでしょう? 嫌でしょう? できないでしょう?

 だって、貴方は弱い子だもの」

 エドワードは頷いた。

「はい。怖いです。でも母上―――――――――――私はもうずっと怖かったんです。

 だから、ほら」

 彼はためらいなく母を抱きしめると、不意に開いた足元の穴――――いや、深遠なる闇に二人で墜ちた。

 その瞬間、シルヴィアもそこに飛び込んだ!

「殿下!」

 シルヴィアが必死で墜ちていくエドワードの身体を捕まえた。

「シルヴィア!? 何で! いや、駄目だ! 君が狂う!!」

 目を見開いて叫ぶエドワードにシルヴィアは叫び返した。

「大丈夫、ハルカがいます! あの子は絶対、私や殿下を諦めない!!

 だから! 殿下も諦めないで!! 貴方は、必要な方です!!」

 エドワードがすっとシルヴィアの顔から目を逸らした。

 そのエドワードの視線の先にいるのは、闇にからめとられていく母親だ。

「必要なのは、皇太子だろう? でも、後継ぎはいる。

 瞳を見れば分かる。あそこにいた、私を投げ飛ばした男。彼が、父上の本当に愛した人との子供なんだろう? だったら――――――」

 しかしエドワードの話を遮る声が上がった。

「馬鹿言うな! 皇太子なんて、冗談じゃない!!」

「って、ちょっと!? 何で貴方まできちゃってるのよ、ギルフォード!!」

 エドワードを掴んでいるシルヴィアの腰を、ギルフォードはがっちり掴んで怒鳴った。

「お前が飛び込むからだろうが! というか、俺は落ちてない。落ちる手前だ!!」

「それって、けっきょく駄目よね!? この役立たず!!」

「何だと!」

 ぎゃいぎゃいと喧嘩をはじめた二人の後方から、困ったような、しかし怒りが滲んでいるような声が上がる。

「あのですね? それぞれ上がる努力、してくれませんか? 支えているこっちの身にもなってくださいよ?」

 そしてさらに後ろから、明らかに怒っている少女の声が聞こえた。

「あーもー、皆して好き勝手してくれちゃって!!

 えーえー、いーですよ? 分かってますよ! 助ければいーんでしょー! 助ければ!!」

 聖女は光の糸を放ち、幾重にも重ねて、闇に落ちかけている全員に絡ませる。

「エドワード様! これで上がってこなかったら、恨みますよ!?

 だいたい何でシルヴィアがここまでしてると思ってるんですっ? 貴方を死なせたくないからでしょーが!!

 いいかげん、分かりなさい! んでもって、後悔しなさい!!

 浮気されて、婚約破棄されて、それでも命救おうとしてくれる、こんなイイ女手放したのかって! 自覚して! 地団駄踏むまで! 死なせてなんか、あげないんだからねーーーーーーーー!!」

 ハルカの光の糸がベイゼルにギルフォードに、シルヴィアに届いて。

 ああ、やっと。闇に呑まれる寸前のエドワードに、やっと光が届いた。

 そんなエドワードに、エリカシアが呪いの言葉を聞かせる。

「酷い子。やっぱり、あの男の子供だわ。一緒に死ぬと言っていたのに」

 闇にずぶずぶと沈んでいく彼女にエドワードは問いかけた。

「母上………………………だったら、貴女も光を掴むと良い。それはもう、できないことなのか?」

「―――――――――触れたくもないわ、光なんて」

 エドワードは顔を歪めた。

「私はまだ、掴めるみたいだ。……………………………母上、すみません」

「ああ、やっぱり貴方なんか消してしまえばよかった。どうしてそうしなかったのかしら」

「それでも、貴女が私を愛していなくても、私は貴女を愛しています」

「そうでしょうとも。だって、お前は私の子供だもの。

 だから、いつかきっとこちらに来るわ。私はそれを待っている。いつまでも、ね」

「はい。分かっています。私は、貴女の子供です」

 エドワードの言葉に、エリカシアはどこか満足そうに闇へと墜ちていった。

 同時に闇が薄れ、徐々にそれが祓われていき、ついに跡形もなく消えてしまった。

「終わった、の?」

「の、ようね」

 へなへなとハルカはシルヴィアに抱きついて、二人はそのまま床に倒れこんだ。

「無茶、しないでって、あれほど言ったのに」

「ハルカがいるから、無茶してるの、よ?」

「もー、しないで。ムリ。これ以上は、ほんとムリ」

「私も、無理」

 二人は顔を見合わせて、ふっと笑った。笑いだすと止まらなくなってしまった。

 そんなクスクスと笑う彼女達の隣で、腹違いの兄弟だと判明した二人はというと。

「お前、さっき言っていたな? 自分は彼女の子供だと」

「ああ。それは確かに真実なんだ」

「だがその真実も一つじゃない。

 お前も俺も、あの男、あのどうしようもない、この国の王の子供なんだ。違うか」

「…………………………ああ。そうだ、な」

「それとはっきりさせておくが、俺は王族なんてまっぴらごめんだ。

 この国の皇太子はただ一人、お前だけだ。あの男も、そう言うだろう」

 かなりヘヴィーな会話を繰り広げていたのだが、重たい話はそこまでだった。

「ああ、肝心なことを言い忘れていた。お前、コイツの婚約者だったな?」

 不意にギルフォードがシルヴィアを指差すので、何を言うのかとシルヴィアが首を傾げれば。

「ああ、そうだ。元、だが。今は婚約破棄している」

 頷いたエドワードに、ギルフォードがとんでもないことを言いだした。

「それは知っている。が、念の為だ。

 シルヴィアは正式な俺のパートナーだ。これはきちんと手順を踏んで勝ち取った、正当な権利だ。彼女を手放したお前に、もう権利はないんだからな」

 シルヴィアは思わず叫んだ。

「ちょ! 何を言ってるの!? 馬鹿なのっ!?

 というより、そんな権利、誰にもないですからねッ!?」

 慌てて否定するシルヴィアに、ハルカが口を尖らせながら言う。

「えー、ずるい、ずるーい! それなら私はー? 私の立ち位置はー?」

「永遠の友人よ! 変わらないに決まってるでしょ!!」

「うわーい、一歩リード!」

「え、これって、私の入り込む余地はないんですかね?」

「は!? ベイゼル先輩まで、何を言ってるのっ!? 大丈夫? 皆、闇魔法で頭がイカレたんじゃないッ!?」

 あまりに騒がしい、その祈りの場に警備兵が傾れ込むのは、もう少し後。

 さらに、そこにいるのが皇太子と浄化の旅に出ているはずの聖女だと判明し、周囲の者が青ざめるのは、その数刻後。

 そして――――――――――――エリカシア王妃がひっそりと姿を消したと知られるのは、騒ぎのずっとずっと後のことになるのだった。






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