第24話 悪役令嬢らしく暗躍してみました

 王都襲撃イベントが起こる直前。

 公爵令嬢であり、皇太子の婚約者であるシルヴィアは、当然のことながら聖誕祭の式典に出席しなくてはならない。よって彼女が今、王都にいるのはなんら不自然ではない。

 まあ、今いる場所は城ではないのだが。

 準備はあらかた整ったかしら、と、周囲を見渡しながらシルヴィアは思った。

 彼女が現在いる位置は神殿の前。その道から真っ直ぐに繋がる中央広場を見ながら、シルヴィアは待っていた。そこにフェリエルが走ってくる。

「シーア、避難ルートは確認したし、魔道師達も配置についた。はじめてくれ」

「分かりました」

 シルヴィアは頷くと、あらかじめ綿密に用意しておいた魔法を複数の魔道師と共に発動させた。

 それはごく弱い風魔法。広場を中心に、広範囲に展開することができるそれは、落下スピードを遅くさせる効力をもつ。ただし、自由意志で動くものには働かない。

 ようするに落下物対策の魔法なのだ。

 これで建物の下敷きになる人は少なくできるはず。あとは魔獣をどれだけ押さえ込めるかが重要だ。

 避難がすみしだい結界を展開させる。スピードがなにより重要だ。

 シルヴィアは何度もシュミレーションを頭のなかで繰り返す。少しのミスも許されない。

 鬼気迫る表情で立つシルヴィアの肩を、フェリエルがぽんっと叩いた。

「しかめっ面なんてらしくもない。余裕しゃくしゃくって顔してくれていないと、こっちが不安になるぞ?」

「まあ、私に余裕なんていつもありませんわよ? 余裕なフリをするのが上手いだけ」

「そうなのか? あー、だとしても今はそんな顔はしなくていいぞ。シーアには味方がいっぱいいるんだからな!」

 ほら、とフェリエルが指し示す方を見て、シルヴィアは驚いた。白い神官装束の女性がこちらへとやってくるのが見えたからだ。

「エリーナ様! こちらにきては危険です」

 彼女は神殿で待機しているはずなのに、と慌てるシルヴィアにエリーナが微笑みながら、青く澄んだ石を差し出した。

「ですから、危険になる前にシルヴィア様にこれを、と思いまして」

「これは………………水の魔法石?」

「はい。私の祈りも込められています。どうぞ、回復にお使いください」

 たくさん魔法を使うのでしょうから、と言う彼女は、水魔法を使った治癒を得意としていた。きっと今日の為に用意してくれていたのだろう。

 シルヴィアは微笑み返した。

「ありがたく使わせていただきます」

「けして無理はなさりませんよう。フェリエル様も。

 怪我人の治療はすべて神殿が請け負います。誰一人、死なせたりいたしません」

 魔獣が現れた際の避難所としてシルヴィアはエリーナのツテを頼り、神殿を開放してもらっていたのだ。

 自宅療養中の彼女だったが、王都が危機に陥るかもしれないと聞き自らが矢面に立つことを譲らなかった。

「……………本当に、頼もしい方ばかり。余裕しゃくしゃくですわね?」

「だろう」

 くすくすと笑いあうシルヴィアとフェリエルにエリーナが首を傾げた。

「何のお話です?」

 シルヴィアはにっこりと微笑んだ。

「エリーナ様やフェリエル様の存在が心強いということですわ」

「お? 肝心のもう一人を忘れているぞ」

「ふふっ、そうでした」

 彼女は今頃、城にむかっているだろうか。ここにはいない少女を思い浮かべて、シルヴィアは改めて感じた。

 ミスは許されない。が、フォローしてくれる人達は確かにいて、自分は一人ではないのだと。

「では、そろそろ持ち場に」

「はい。お二人とも、お気をつけて」

「ああ! 任せておけ」

 三人は頷きあい、それぞれの持ち場へと足をむける。

 シルヴィアは大通りに立つと、深呼吸を一つした。

 やれることはやった。あとは、待つだけだ。

 ――――――――どれくらいそこに立っていただろう、違和感はシルヴィアの足下からやってきた。

 揺れている? 微かにシルヴィアが震動を感じた。その次の瞬間、広場で悲鳴が上がった。

 ハッとそちらを見れば、広場に黒い穴、いや大きな影が広がっていた!!

「魔法だ! 足下を見ろっ !!」

 鋭い声が上がった。あれは事前に打ち合わせしていた、フェリエルの避難誘導の台詞だ。

 何が危険か分からない人々も、下に広がる影に不吉なものを感じたのか、大通りへ出ようとする。

 その時! 影がうねり、そこから、ずぉぉおぉぉぉぉぉっ! と何かが迫り出してきたのだ!!

 人々は完全にパニックに陥り、我先にと逃げはじめた。それを薔薇騎士団が上手く神殿へと誘導していく。

「神殿へ逃げろーーーーー! 焦らずだ! 怪我人には手を貸せ! むやみに慌てるな!!」

 声を張り上げ誘導するフェリエルの後ろには巨大な影が立つ。それが一気に形をとり、広場にあった屋台を破壊した!

 その巨躯にシルヴィアは、知っているのと実際に見るのとじゃあ大違いね、と手のひらに汗をかく。

 あまりの巨大さに思わず逃げてしまいそうだ。だがここでシルヴィアが逃げるわけにはいかない。

 シルヴィアは恐怖を払い、冷静に避難誘導されてくる人々を確認すると、地響きのする大通りを遡った。

 途中、何かが焦げる臭いにシルヴィアは気がついた。何処かから出火している!

 あれだけ屋台が破壊されれば、火の手が上がっても不思議ではない。

「シーア、まずいぞ。屋台が燃えてる!」

 駆けてきたフェリエルに、シルヴィアは確認した。

「魔獣は完全に召喚された? 建物の被害は? 逃げ遅れている怪我人はいる?」

「召喚はまだ完全じゃない。身体半分が魔法陣の下だ。たがあれはデカいぞ。龍みたいな魔獣だった。

 建物はまだ大丈夫そうだが、屋台から火があがっている。

 逃げ遅れている人間は広場にはもういない。が、周りの建物内にはいそうだ。今、避難誘導している」

「そう。では、召喚が完全に終わる前に消火と避難を急ぎましょう」

「分かった!」

 フェリエルは引き続き避難誘導へともどる。シルヴィアはふと思い当たり、先ほどエリーナからもらった魔法石をとりだした。

「回復にと貰ったけれど。別の用途で使わせていただきます、エリーナ様」

 水の魔法石で大量の霧を発生させ、シルヴィアは風魔法でそれを辺りにばらまいた。もちろん、ただの霧なはずがない。わずかでも火種があればすべて消火する効果を持たせてある。

 だがそうしているうちにも魔獣はどんどんとせりあがり、ついにその全貌があらわとなって凄まじい咆哮を上げる!

「シーア、一旦、下がるぞ!」

「ええ!」

 広場から遠ざかりながら消火に専念していると、耳元でルシウスの声が聞こえた。

「姉上、どこですか!?」

 風魔法での連絡。ということは、ルシウス達もこちらに到着したか。

「今、広場より後退中。貴方は?」

「広場南、冒険者ギルド本部の上です。姉上達の位置も今、把握しました。

 現在、ベイゼル先輩が魔獣の足止めの魔法を展開中。リヒャルト様は突撃。俺は後方支援を任されました。

 何かすることは?」

「上から逃げ遅れている人がいないか、確認をお願い」

「広場周辺に人がいる気配はありません。……………姉上達から西に三つ通りを移動した箇所に人がいます。それから広場北の建物にもまだ人がいるようです」

「了解。随時、報告をお願い」

「了解」

 シルヴィアはルシウスの情報をすぐにフェリエルに伝え、薔薇騎士団に対処させる。消火が終わった! あとは結界だ!!

 そこで地面が激しく揺れた! 広場に目をやれば、そこには巨大な土魔法が発動されている。

 これが足止め! さすが天才魔道師!! 本人に伝える気はまったくないが、シルヴィアはその魔法に驚嘆する。

 直後、果敢にも一人で龍に挑むリヒャルトの姿が見え、同時にルシウスの矢が唸る!!

「シーア! 避難が完了したぞ!!」

 フェリエルの怒鳴り声にシルヴィアも叫び返す。

「分かりました。結界をはります!!」

 シルヴィアが魔法を発動させると、連動して風の障壁が他の魔道師によって作りあげられていく。

 そのシルヴィアの傍にフィリエルが駆けてきた時、シルヴィアは彼女が何を言い出すかの見当はついていた。

「シーア、ちょっとその、な」

 言いにくそうな顔のフェリエルにシルヴィアは微笑む。

「リヒャルト様のところへ行きたいのでしょ? いいですわ」

「悪いっ! 薔薇騎士団は任せる。あれはリヒト一人じゃ荷が重い」

「じゃあ、フェル姉様がいかないと! ですわね!!」

「そういうことだ!」

 シルヴィアの口調が幼馴染みのそれにもどってしまっているが、かまわない。

「ご武運を」

「ああ。そっちもな!」

 シルヴィアは信じている。あの幼馴染み達の力を。そして二人がそろった時の、強靭さを。

 どんなことがあろうと―たとえ片方に思い人ができようと―あの二人の絆はなくなりはしないのだ。それをシルヴィアは知っている。

 戦いへと駆けていく勇ましい乙女の背中を見送って、シルヴィアは結界を形成し終えた。

 その後、シルヴィアは速やかに神殿前の大通りへともどる。

 途中、薔薇騎士団から住民の避難がすんだという報告をうけた。無傷ではいられなかった者がいる、ということも。

 神殿では現在も怪我人の治療が行われており、治癒魔法の使える神官が総出でことにあたっていること、死人は幸いな事に出ていないことを聞かされた。

 ありがとうございます、エリーナ様、と、シルヴィアは心の底から感謝した。

 これで後はあの魔獣をどう倒すか、ということだったが。この調子ならば、もしかしたら大丈夫かもしれない、とシルヴィアは考えた。

 吐き出される炎のブレスにはひやひやしたが、さすがフェリエルが認める剣の腕、リヒャルトはきっちり街を守りながら魔獣を追い詰めていく。

 だが、このまま事件が収束するという、そのシルヴィアの考えは甘かった。

「姉上、魔法陣から魔獣が召喚され続けています!」

 ルシウスのその報告にシルヴィアの背筋がぞっと寒くなった。

「あの大型魔獣が、もう一体?」

「いえ、さきの竜が邪魔になって大きな魔獣は召喚できないようです。ですが小さくても数が多ければ脅威です!

 というより、リヒャルト様とフェリエル様が!!」

 瞬時にシルヴィアは察した。これは、たいへんに危険な状態だ、と。

 ―――――――でも活路は、あるッ!!

 脳裏に浮かんだのは、一人の少女だ。シルヴィアは強く手を握り締めた。

「薔薇騎士団、魔獣との戦闘に備えなさい!」

 召喚魔法の大元は闇魔法。それに対抗できる魔法は聖なる光魔法、ただ一つ。

 彼女ははきっとここにくる! それまでシルヴィア達は持ち堪えるのだ!!

 こんな風に命が踏みにじられて堪るか! 絶対に、絶対に、そんなことはさせはしない。

 ここにいる誰一人、死なせない! 守ってみせる!!

 避難している人々を背に、シルヴィアは結界を強化して魔獣を待ち構えた。ここが水際だ。絶対にここを越えさせない!

 一匹、二匹と魔獣がもれ出てくる。が、シルヴィアのその全てを冷静に仕留めていく。

 だが、だんだんと結界まで到達する魔獣の数が増えてきた。

 じわじわと削られていく結界。薔薇騎士団にはまだ余力があるが、長く続けば不利だ。

 何より、結界内で奮闘しているフェリエルとリヒャルトの命が危ない。

 結界を解いて攻撃に出る!? シルヴィアはそう考えたが。

 だがそんなことをすれば、後ろの人々を危険にさらすことになる。じわりとシルヴィアの額に汗がにじんだ。

 苦悩するシルヴィアだったが、その耳に待ちに待った朗報が届く!!

「姉上、援軍です! 近衛騎士団が到着しました!! ハルカ様も一緒です!!」

「了解! 結界を解きます!!

 薔薇騎士団、総攻撃を開始!! 近衛騎士団と合流し、魔獣掃討にあたりなさい!!」

 シルヴィアの指示に場は一気に引き締まる。戦いの終着点は見えた。

 結界を解いて薔薇騎士団がいっせいに魔獣を迎え撃つ。シルヴィアと魔道師も同様だ。

 前方からは、まばゆい光が見えた。ハルカが召喚魔法を打ち消したのだ!

 これでもう魔獣が増えることはない。あとは守りぬくだけだ!

 シルヴィアは全力で魔法を繰り出し、魔獣を排除し続ける。押し寄せていた魔獣は数を減らし、ついに大通りから姿を消した。

 そして通りのむこうから駆けてくる少女を見つけた瞬間、シルヴィアの戦いはやっと終わりを迎えたのだった。





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