第20話 敵を欺くにはまず味方から、が悪役令嬢の基本です

 秋も深まる今日この頃。しかしヒロイン、常葉遥にとっては恐怖の季節だった。

 くーるよ、くーるーよー、イベントがッ!! と、ハルカは戦々恐々だ。

 この国の聖誕祭なる祭りは、言うまでもなく『キミセツ』の重要分岐イベント。しかも今回のイベントはハルカの命がかかっている。

 死ぬかもしれないという圧迫感は、ハルカの精神力をごっそりと削ってくれた。よくもまあ、こんな心境でシルヴィアは笑っていられたものだ。

 ハルカは改めて彼女の精神力の強さが分かった。

 さすがは悪役令嬢………………しかぁーし! 諦めはバッドエンドフラグなり!! と、ハルカは気合いを入れる。

 諦めなければヒロインは最強なはず。ハルカは無理矢理にでもそう思った。

 だが、そういう考え事をしている時点で、視野は狭くなっている、というわけだ。

 ハルカが廊下を曲がった瞬間、ドンッという衝撃がきた。人がいたことに気付かずにぶつかってしまったのだ。

「おっと!」

 しかし、バランスを崩す寸でのところで、ハルカは逆に引っ張られ、力強い腕に抱き止められた。

「すまない、ぶつかってしまって。大丈夫だろうか?」

「あ、はい、たいじょう、ぶ……………です」

 しかし言葉の途中で揺れる赤い髪が目に入り、ハルカの頭は真っ白になってしまった。

 えっ? 嘘、まさかね? と、 恐る恐るハルカが顔を上げれば、そこには。

「よかった、何事もなくて」

 爽やかに―どこか見覚えのある―笑顔を浮かべている女性がいて。

 もうハルカの脳内はパニックだ。何でっ!? 何で、この人がここにいるのッ!? 

 クセっ毛の長い赤髪をポニーテールにした、その精悍な顔立ちにハルカは覚えがあった。

 しかし、こんな展開をハルカは知らない! というより、この方は逆ハールートじゃ登場しないはずなのに!?

 そんなハルカを彼女が覗き込んだ。

「ん? どうした? やはりどこかケガをしてしまったか?

 ―――――――おや、貴女は、もしや」

「人違いです! 怪我はありません! 失礼いたします!!」

 とっさにハルカはそう叫んだが、時はすでに遅かったらしい。

 赤毛の女性はにっこりと笑うと。

「いや、貴女であっている。そうだろう? 聖女様?」

 がっしりとハルカの腕を掴んだ。まるで逃がすか! と言わんばかりだ。

 逃亡は無理。彼女の素性を分かってしまっているハルカは泣きそうだ。

 ぅえぇぇぇっ? こんなイベント知らないよ!? とゆーか、予告もなしにいきなり修羅場るとか、あるのこんなこと!?

 もう本当に、ハルカはこの先の展開が怖くてたまらない!

 すると彼女が堪らずといったように笑い出した。

「く、くくっ、あはははははっ! 何て顔をするんだ!! あー、可愛いなぁ。どうりでリヒトが惚れるはずだ」

 何言っちゃってるの、この人はーーーーーッ!! と、危うくハルカは叫びかけた。

 いや、彼女はそこを突っ込みに来たんだろうけど、直球過ぎる!

「別にとって食いやしないよ? ただ、ちょっと貴女に興味があるだけさ。それに…………………やはり可愛い女の子が眉間にシワをよせているのは見過ごせないな。さあ、行こう!」

「はい!? いや、どこにっ?」

「女子がお喋りするとなれば、当然お茶だろう! 甘い物を食べて楽しもうじゃないか!!」

 ハルカは心底、楽しめる予感がしない。が、立場上、ハルカは逃げるわけにはいかなかった。第一、この人相手に逃げられるはずもないと分かっている。

 仕方がなく戦々恐々と談話室へとやってきたハルカだったが、着いた途端に緊張がとけた。

 というのも。

「あら、ずるいわ。私が紹介しようと思っていたのに」

 談話室には、むくれた顔をするシルヴィアがいたからだ。

「すごいだろう? さっき偶然にも出会ったんだ!」

「偶然? わざわざ探したのではなくて?」

「会えたらいいな、とは思っていたが、なかなかに運命的な出会いだったよ」

「まあ、やっぱり、ずるいわ」

 シルヴィアがハルカをちらりと見ると、こっちこっちと手招きをする。それに従ってシルヴィアの隣に座ったハルカだったが。

「あの、手をつなぐ必要ってあります?」

 何故かハルカの手は赤髪の美人さんに捕まえられたままだった。

「逃亡防止と癒しだ。やはり可愛い女の子は良いなぁ」

 いやいやいや、そこで満足そうに笑わないでほしいとハルカは思った。ちょっとドキッとしてしまうじゃないか!

「ハルカ、知っているかもしれないけれど、こちらフェリエル・バルカス様。あのリヒャルト様の従姉妹で、婚約者の方よ」

 ええ、知ってますとも! と、ハルカは全力でコクコクと頷く。

「フェリエル様、こちらがハルカ・トキワ嬢よ」

「ああ、もちろん知っているよ、聖女様」

 うわぁ、いたたまれない。フェリエルの笑顔に、ハルカは無条件に謝ってしまいそうになる。

「フェリエル様、あまりハルカを苛めないでくださいな」

「ふふっ、可愛いくて、ついね」

 いやだから! 人が困っているの見て楽しむは止めてほしい! と、ハルカは切実に思う。

 と、そこでようやくハルカは気づいた。

「あれっ? シルヴィアとフェリエル様は、お知り合い?」

 先ほどからの二人のやり取りには、それなりの付き合いがあるように感じられる。

「エドワード様とリヒャルト様が幼馴染な事はハルカも知っているわよね? 私もその関係上、バルカス家とは付き合いが長いの」

 ということは、まさか。ハルカはじろりとシルヴィアを見る。

 シルヴィアはハルカにしれっと、とんでもないこと言ってくれた。

「今日、フェリエル様をここに呼んだのは私よ。フェリエル様に相談したいこともあったし、何よりハルカを紹介したくて」

 ちょっと待てーーーーー! そゆことは事前に教えて!? 寿命縮むから!! と、そう訴えるハルカの視線をシルヴィア完全に無視。

「フェリエル様はすでに騎士団に入隊されているから、なかなか予定が分からないの。だからこんないきなりな呼び出しになってしまったのよね」

 そうですか、だから伝える暇もなかった、と。

 でも何でそんな笑いを堪えてるような顔してるのかな? 絶対わざとだよねッ!? と、言えるものなら言いたいっ!

 シルヴィアは「こほん」とわざとらしい咳をすると、優雅な公爵令嬢の顔にもどって続けた。

「少し気がかりな事があったのですが………………フェリエル様は大丈夫ですわね。でも念のため。ハルカ、お祈りをお願いしてもいい?」

「…………………あっ! そういうこと!?」

 シルヴィアが心配していたのはエリーナのように闇魔法がフェリエルにおよぶことだったようだ。

「分かった」

 ハルカは頷くと繋いだフェリエルの手に祈りを込める。光魔法がいつものように発動され、ふわっと光がフェリエルを包んだ。

「成る程、さすがは『聖女』だ。シーアにも心配をかけたようで、すまない」

「無用かとも思いましたが、これからのことを考えると、ね」

「ああ、伯父上からある程度は聞いている。聖誕祭の警備には薔薇騎士団も参加することになったからな」

 すっかり話しから置いてきぼりになってしまったハルカは弱った声を出した。

「あの〜、説明をください」

 そんなハルカにシルヴィアが色々と教えてくれる。

「フェリエル様達、女性騎士団も聖誕祭の警護につくことになったの。だから闇魔法のことを明かして、対策を講じてもらおうと思って。もちろん、極秘に、だけれど」

「そういえば、クリステラ家の名での依頼だったが、シーアのお父上はご存知なのか?」

「ある程度は。おそらくバルカス家もご存知かと」

「あー、こうもあっさりシーアへの訪問が許可されたのをみると、可能性は高いな」

 難しい顔で考え込む二人だったが、ハルカは別の事が気になって仕方がない。

「あのぅ、話はだいたい分かったんですけど。私はいつまでこうしていればいいんでしょう?」

 今だに繋がれた手を軽く揺すってお祈りが終わったことを示してみる。しかし手をつかんでいるフェリエルは当然のように言った。

「私が席を立つまでこうしていてほしいな。可愛い女の子と手を繋げるなんて、そう滅多にあることじゃないからな!」

「………………フェリエル様だったら、手を繋ぎたいご令嬢などいっぱいいるでしょうに」

 呆れ顔をするシルヴィアにフェリエルは満面の笑みだ

「護衛中に手を繋ぐわけにもいかないだろ。やはり可愛い女の子は良い。癒される」

 え、こんな人でしたっけ、フェリエル様って? と、ハルカは意外に思った。

 そういえば、フェリエルは婚約者をとられたというのにヒロイン擁護派、というか容認派だった気がする。

 もしや、そもそもが女性好きだったとか!?

 彼女には男前という設定があり、それ故にリヒャルトがか弱い女性に惹かれてしまう、という経緯があるのだが。え? これって根本的に二人は破綻してたということ? と、ぐーるぐる考え込んでしまったハルカに、フェリエルがまた直球に尋ねた。

「で、ハルカ、貴女はリヒト、つまりリヒャルトのことが好きなのか?」

「はいっ!? 何で!? 何でそれ聞くんですッ?」

「何故って、それが一番、興味があるからだが?」

 じーっと真剣な目で見つめられれば、ハルカは嘘を吐くわけにもいかない。

「リヒャルト様の人柄などは好ましいと思います。でも正直、恋愛対象とは思えません」

 はっきりきっぱり言うハルカに、フェリエルは小さく言った。

「そうか。良かった」

「えっ!?」

「いや、貴女が相手ではかなわないとは思ったんだが、リヒトが弄ばれるのは気に食わないし、本当にどうしようかと思ったぞ。

 だが、そうか。じゃあナニか、あれは完全なるリヒトの片思い、というヤツか」

 どこかほっとしたような顔のフェリエルにシルヴィアが微笑む。

「ね、言った通りだったでしょう?」

「ああ、さすがはシーアの見たてだな」

 はいぃぃいぃぃぃ!? いったい何がどうなってるの? 混乱してます! と、顔に書いてあるようなハルカ、にシルヴィアが笑いを堪えながら説明した。

「もういっそ、フェリエル様を味方にしてしまった方が話が早いかと思って。ほら、リヒャルト様はあの通り、ちょっと融通がききませんし」

「そのあたりは従姉妹として婚約者として私が謝ろう。アイツがああなった原因の一端は私だしな。面倒なヤツですまん」

「…………………ええと、つまりリヒャルト様の考えを変えることが難しそうだから、婚約者のフェリエル様を仲間にしちゃえー、ってコト?」

「その通りよ、ハルカ」

 いや、だ、か、らッ! 先に言ってってば、シルヴィア様ァ!! ハルカは恨みがましく彼女を見てしまった。

「いや、本当にすまん。こんな騙し討ちのようなことをして。

 だが、貴女がどんな人なのか確かめたくてな」

 フェリエルが苦笑いを浮かべて言った。

「だがシーアが言っていたように、貴女が信頼できる人だとよく分かった。

 これほど考えがまる分かりの人も珍しい。裏表のない、誠実な女性は珍しいということかな」

「まったく褒められてる気がしませんよ!?」

「褒めているぞ? 貴女ほど清しい人はそうはいない」

 フェリエルは繋いだハルカの手を持ち上げて、自分のもう片方の手をそれに添えた。

「私も貴女を信じよう。貴女ならば、リヒトを救ってくれると」

 たおやかな手とは程遠い、剣を振って厚くなった、その手が触れて。ハルカは自然と頷いていた。

 強く優しい男前な彼女が、今誰を想っているのか、ハルカにははっきりと分かったからだった。





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