9-2.


 ブロスファイトが始まってから十数年、幾多の公式戦が行われてきた。

 それらの公式戦の記録は全てライブラリに保存されており、正規の手続きを踏めば誰でもその映像を引き出すことが出来る。

 かつて一世を風靡し、そして忘れられた"シューティングスター"の試合映像も手続きを踏めば簡単に見れるのだ。

 白馬システムチームの面々はベース内の会議室内において、ライブラリから引き出した試合映像を閲覧しながらライセンス試験に向けた対策会議を行っていた。


「"ナックルエース"の試合か、懐かしいなー」

「しかしブロスユニットで打撃戦とは、古臭い戦法ね」

「今では滅多に見れない試合展開だよな…」


 "ナックルエース"、葵・リクターの父が乗っていたブロスユニットの名前である。

 このブロスユニットが活躍したのはブロスファイトの黎明期であり、一時期は"シューティングスター"と持て囃される程の存在だった。

 その一番の特徴はその名前からも想像出来る通り、武器を一切使わずに拳のみで戦う拳闘スタイル。

 武器を持たないことによる身軽さを武器に、"ナックルエース"は幾多の強敵を懐に飛び込んで相手を殴り倒してきた。

 しかし"ナックルエース"の栄光時代は長くは続かず、今では古参のファンがその名前を記憶している程度の存在にまで落ちぶれてしまう。

 転ばぬ先の杖と言う単純明快な回避方法が広まった事で、拳闘スタイルは時代遅れの戦法になったからだ。


「…無手による小回りを活かした、打撃を主体とした戦法をする奴はどんどん減っていたよ。 最後までそのスタイルに拘った"ナックルエース"の最後の方の戦績は酷い物だったからなー。

 一時期は例のチャンピオンともやりあった実力者だったのにな…」

「へー、チャンピオンとも戦ってたのか」

「うわっ、懐かしい。 俺、その試合を見に行ったんですよ」

「おお、生であの伝説のチャンピオンの試合を見たのか。 いいなー」


 黎明期からブロスファイトの世界に居る重野にとって、"ナックルエース"の名前は当然のように記憶に残っていた。

 "ナックルエース"に乗っていた父を持つ、葵・リクターが、父親と同じ打撃戦を主体とした戦いに拘らない筈は無い。

 それを証明するかのように、葵・リクターの駆る機体の名前は明らかに父親のそれを踏襲した物であった。


「"ナックルローズ"、明らかに父親の機体を意識した名前よね。 多分、そのスタイルも…」

「あいつはやりますよ、それだけ父親の事を尊敬してましたからね。

 父親の戦い方を引き継いで、父親に変わってブロスファイトの天下を取るのがあいつの夢でしたから…」

「相手が拳闘スタイルに拘るならば、やることは変わりないわね。

 本番までにしっかりと必勝パターンをワークホースに覚えさせて、時代錯誤の打撃屋なんて軽く蹴散らしてやるわよ!」


 相手が打撃による転倒を狙ってくるのならば、ワークホースはその天敵と言える存在と言えよう。

 転ばぬ先の杖、長物の武装を使用した転倒を防ぐ動作を事前に覚えさせておけばセミオート機構は完璧にその動作を再現してくれる。

 既に犬居の監督の元でワークホースに転ばぬ先の杖を学習させており、試験当日には完全にマスターしているだろう。

 相性最高と言うべき相手に巡り会えたのが嬉しいのか、犬居監督は見るからにご機嫌な様子を見せている。


「ふふふ、見てなさい、猿野の奴。 ギタンギタンにしてやるわよー」

「だといいんですけど…」


 葵・リクターを歩が倒すという事は、葵の監督である猿野に対して歩の監督である彼女が優れているの証明になろう。

 教習所時代からの因縁の相手に勝利する姿を夢想しているのか、虚空を見ながら低く笑う犬居は若干気味が悪かった。

 しかしそれとは対象的に葵・リクターという女を直に知る歩は、犬居のように楽観的な気分にはなれなかった。

 父の跡を継いで拳闘スタイルを目指すという事は、転ばぬ先の杖と言う天敵と向き合うことを意味する。

 あの意外に負けず嫌いな女が何時までも弱点を残し続ける筈が無く、恐らく何らかの方法でこの拳闘スタイルの天敵を打破する手段を見つけているに違いない。

 恐らくライセンス試験の本番は、犬居の考えているような簡単な試合では済まないだろう。

 歩は自分とワークホースが苦戦する未来を半ば確信し、ライセンス試験に対して不安を覚えるのだった。






 白馬システムチームはメンバー内で温度差は有れど、ライセンス試験に向けて一丸となって動いている。

 チームが結成してからもうすぐ一年、ライセンスを取得してブロスファイトへ参加するという目的のために彼らは今日まで働いてきた。

 当初予定していたパイロットの離脱、整備士をパイロットに仕立てるという緊急人事、プロのブロス乗りとの模擬試合。

 この一年で様々なトラブルやイベントが置きたが、白馬システムチームのメンバーはそれらを全て乗り越えて来たのだ。

 その頑張りは白馬システムチームのオーナーであるエディ・白馬はよく理解しており、オーナーとしてで無く一個人としても彼は歩たちの事を応援していた。


「黒柳さん、白馬システムチームはこれからもブロスファイトの参加を目指しマス、その意志に変わりは有りまセン」

「あんたも解らない人だなー。 はっきり言おうか、ワーカーもどきの機体を使うチームなんてブロスファイトの世界には相応しく無いんだよ!!」


 そんな白馬からすれば、ブロスファイトへの参加を諦めるように圧力を掛ける輩を許せる筈は無かった。

 ワークホース、白馬システムが生み出したセミオート機構によってオートマ免許持ちでも操縦が可能となった特異なブロスユニット。

 白馬システムはセミオート機構の存在をまだ公開していないが、その存在は既に業界の中でそれなりに噂になっている。

 そして何処からかワークホースの存在を聞きつけた眼の前に居るような人物が、白馬システムのブロスファイト挑戦を止めようと動き始めていた。

 今日も白馬システムの社屋に現れたスーツ姿の男、黒柳と言う名前らしい中年男性は白馬に対して詰め寄る。


「…過去にワーカー用のブロスを搭載した、あなたの言うワーカーもどきの機体でブロスファイトに参加したチームはいマス。

 何故、同じようにワーカーもどきを使う彼らは許され、私達はブロスファイトから拒絶されるのデスカ?」

「か、過去は過去だ。 過去にそのような悪例があったからこそ、今後はそのような事が無いように…」

「現在の公式ブロスファイトの規約では、ワーカーもどきの参加を認めない規約は無い筈デス」

「それは…、じ、常識的に考えて、ワーカーもどきで神聖なブロスファイトに参加する事は…」


 セミオート機構を搭載するワークホースは公式的にはワーカー用のブロスを乗せた機体、つまりはブロスワーカーの扱いになっている。

 これはワーカー用のオートマ免許しか持たないパイロットの歩が、公の場でワークホースに乗れるようにするための処置だった。

 ワーカーもどき、確かに白馬システムのワークホースはそのように呼ばれても仕方が無い機体である。

 しかし例えワーカーもどきと言えども、それは白馬システムがブロスファイト参加を諦める理由にはならない。

 何故なら過去にも競技用ブロスを搭載しないワーカーもどきがライセンス試験をお情けで突破し、ブロスファイトの世界に入った実例が有るのだ。

 過去に許されたワーカーもどきが何故白馬システムだけ許されないのか、その疑問に対して黒柳ははっきりとした回答を用意できないで居た。


「我々はあくまで公式ブロスファイトの規約に乗っ取り、ブロスファイトの参加を目指すまでデス」

「ふん、そんなにライセンス試験を受けたいならば、好きにすればいい。 しかし一つだけ忠告しておいてやろう。

 ブロスファイトの参加に足るチームだけがライセンスを手に入れれる、逆に相応しく無いチームには決してライセンスは与えられない。

 …そしてライセンスの授与を判断するのは、我々ブロスファイト連盟だ!!


 白馬にブロスファイト参加を止めるように圧力を掛けていた、ブロスファイト連盟を名乗った黒柳は勝ち誇ったような表情で宣言する。

 彼の言葉が本当であれば、この黒柳は公式ブロスファイトを運営するメンバーの一人であるらしい。

 確かにライセンス試験の運営はブロスファイト連盟が行っており、彼らの匙加減によってライセンス試験の合否は幾らでも変えられた。

 そして今の態度からして黒柳が白馬システムチームのライセンス授与を認める筈も無く、白馬システムのブロスファイト参加は絶望的と言って良いだろう。

 しかし黒柳の悪意を全面に受けながら白馬は表情一つ変える事無く、平然と言葉を返して見せる。


「いいか、言っておくが過去のワーカーもどきのチームのように、お情けでの合格は期待するなよ。 我々は…」

「…勝てば問題無い筈デス」

「勝つ!? ワーカーもどきが二代目シューティングスターに勝てるとでも思っているのか!」

「勝ちますヨ、我々はそのために今日まで努力してきまシタ。 そして我々のワークホースはブロスファイトの舞台に立チマス」

「っ!? 話にならん、失礼させて貰うよ」


 確かにライセンス試験の合否は、ブロスファイト連盟の判断によって決定される。

 しかし試験の模様は一般にも公開されており、幾ら連盟とは言えて明らかに合格しているチームを不当に不合格には出来ない。

 そして公式のブロスファイトと同じ試合形式で行われるライセンス試験において、相手を倒して勝利を得ることは誰から見ても分かる合格であろう。

 不当な合否が入り込まないようにライセンス試験での勝利を断言する白馬に、黒柳は肩を怒らせながら白馬の前を後にしていった。

 黒柳が居なくなり一人になった白馬は、軽くため息を付きながら窓の外に視線を見やる。


「競技用ブロス、才に恵まれた超人にしか操ることが出来ない特異なオペレーティングシステム。 この競技用ブロスの存在によってブロスファイトの舞台には、選ばれた人間しか上がれなくなりマシタ、あなたたちの理想通りに…」

 しかし私の理想はあなたたちと異なりマス、私は全てのロボットファンに巨大ロボットに乗ってもらいたいのデス」


 ブロスファイト連盟が動くことを、白馬は既に予測していた。

 ワークホース、セミオート機構を使役馬の存在はブロスファイトを運営する者たち取って非常に都合が悪い存在だからだ。

 しかし白馬はどんな圧力が来ようとも止まる気は無く、最後までワークホースと共に戦い抜く積りだ。

 選ばれた人間しか乗せない伝説の馬など要らない、全てを受け入れる平凡な馬こそ白馬の理想とする姿なのだから…。


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