7-5.


 後輩の白い目に耐えかねたのか福屋は、先程の前言を撤回してワークホースの整備を手伝い始めていた。

 人手が二人になったことで、単純計算で作業効率は倍に上がる事になる。

 一人で徹夜を覚悟していた作業であったが、この福屋の協力によって深夜残業レベルにまで抑えることが出来た。

 端末を操作して整備ロボットたちを専用にカーゴに戻した福屋は、端末上に現在のワークホースの状態を精査した結果を表示する。

 結果はオールグリーン、先の無謀な連続技で傷んだ関節部はすべて完治したと言っていい。


「こっちもOKです!!」

「よし、こんなもんね。 それじゃあ、さっさと帰るわよ」


 しかし22世紀とは言え、整備士としてはデータ上の結果だけでなく自らの目での判断も必要となる。

 最終チェックとワークホースの関節部などを自らの目で確認していた歩は、目視による確認も問題なかったことを告げた。

 これで連続技の後始末は全て済んだ、後はこれ以上残業時間を増やす前にさっさとベースを出るだけである。


「あのー、そういえば先輩、残業して良かったんですか。 無許可の深夜残業は色々と五月蝿いんじゃ…」

「問題なし、重野さんの方で既に申請が通っているから大丈夫よ。 私が共犯だってことは、あの人にはお見通しだったみたい」

「はぁ、じゃあ元々、先輩も整備を手伝う計算に入っていたって事ですか!?」


 前世紀でブラックなどと称される過酷な労働形態が問題となった影響で、今世紀では社員の労働条件について非常に厳しいルールが課せられている。

 サービス残業を強いていることがバレでもしたら、その会社は法的にも世間的にも大きなダメージを受けることになるだろう。

 しかし歩の懸念に対して福屋は、自身の残業に関する申請が既に出されていることを告げて歩を愕然とさせる。

 それはつまり今日の懲罰的な整備作業は歩と福屋に課せられた物であり、この先輩は何食わぬ顔でその作業を自分一人に押し付けようとしたのだ。


「…そんなに怖い顔しないの。 夕飯まだよね、先輩がご飯を奢ってあげるわよ」

「いいですけど…、栄養ブロックは嫌ですよ」


 食事で後輩のご機嫌を取る、古き時代より伝わる伝統的なコミュニケーションの手法の一つであろう。

 仕事を押し付けようとした事を誤魔化すため、福屋はこの古き伝統に乗っ取り歩を食事に誘おうとする。

 確かに夕食も取らずに整備に付きっきりだったため、仕事が終わった事で空腹を思い出した歩としては食事という飴は魅力的だ。

 しかし歩は週の半分は味気の無い栄養ブロックで昼食を済ましてしまう、先輩の食への拘りの無さを知っていた。

 流石に此処で栄養ブロックは無いと思いつつ、歩はまともな物が食べられるように念を押しながら先輩の誘いに応えるのだった。






 福屋の協力もあり日は跨がずに済んだが、既に時刻は深夜近くになっており飲食店は殆ど店仕舞である。

 結局、まともな夕食に有りつける場所は24時間経営のファミレスしか無く、ベースから最寄りのチェーン店に入る歩と福屋の姿があった。

 人手不足の影響やコスト削減の目的もあり、今の時代はこの手の大衆店はほぼ無人店舗である。

 店に入った歩たちは機械音の指示に従って席に向かい、各席に設置された注文用のデバイスで食事を選ぶ。

 後は店舗奥の自動調理マシンが手早く料理を仕上げて、自動で席まで運んでくれるのだ。


「えぇ!? それじゃあ先輩は重野さんに言われて、あえて俺一人で整備をやらせてたんですか?」

「今回の件は、あなたにお灸をすえるための物だからね。 早々に私が手を貸したら意味が無いでしょう?」


 ベースから出る際に作業着から私服に着替えた歩と福屋は、四人用のボックス席に向かい合って座っていた。

 日中であれば家族連れで賑わう庶民の憩いの店であろうが、今は時間も時間なので店内には他に客は数名しか居らず閑散としている。

 そんな中で注文を終えた歩は福屋から、今日の意地悪な先輩役をやらせたのは重野であった事をネタばらししていた。

 ストームラッシュの一件に関わっている事を見抜かれていた福屋もまた、重野から共犯者としてのペナルティを課せられる事になる。

 自分が痛めつけたワークホースの整備を命じられた歩を密かに監督し、適当なタイミングで手を貸してやるようにと事前に重野から指示されていたらしい。


「はぁ、そういう事なら納得ですけど…。 ふぁぁぁ、もう少し早く手を貸してくれても良かったんじゃ…」

「あら、眠そうね?」

「何時もはこの位の時間には寝てますから。 パイロットは体調管理も重要って事ですかね」

「健康的にねー、私は今の時間帯はまだ序の口って所よ」


 確かに途中から福屋が手伝ってくれた事で徹夜は免れたが、深夜近くまで働いた疲労から歩は重度の眠気に襲われていた。

 それに対して福屋の方は全く眠たそうにしておらず、欠伸が止まらない様子の後輩を可笑しそうに眺めている。

 日頃からゲームのために睡眠時かの削っている彼女に取って、この程度の夜更かしは屁でもないと言う事なのだろう。


「そんな生活だと、何時か体を壊しますよ。 そんなに熱中するなんて、一体どんなゲームをやってるんですか?」

「そうね…、ある意味で今の仕事の延長線上にある遊び、と言えるかしら」

「…えっ、仕事に?」


 今の時代で一般的にゲームと呼ばれている物は、専用のヘッドギアを付ける事でバーチャル世界を架空体験できる体感型ゲームを指すだろう。

 有る所では剣と魔法のファンタジーの世界、別の所では銃声が止むことは無い戦場、果てにはリアル世界では縁のなかった青春時代を体感するための学校まで。

 数え上げたら切りがない程の世界がそこには広がっており、居心地のいい架空世界から帰ってこれない者も消して珍しく無い程である。

 歩自身も幼い頃はこの手のゲームを嗜んでおり、ブロスファイトに出会わなければ福屋の様な状態になっていたかもしれない。

 福屋がやっているというゲームのジャンルが気になった歩は、彼女が睡眠時間を削ってまでやっているゲームの内容を尋ねる。

 それに対する福屋の回答が仕事の延長上と言う不可解な返答だったため、歩はその意味を読み取れずに一瞬固まってしまう。


「仕事って…、整備の仕事と何か関係のあるゲーム何ですか?」

「ふふふ、折角だから今は黙っておくわ。 今度、改めて紹介するから、その時は付き合いなさい。」

「はぁ…」


 福屋の言葉の真意が解らなかった歩は、仕事に関係している事の意味について詳しい説明を求めた。

 しかし福屋は歩の疑問に応える事無く、意味ありげな笑みを浮かべながら回答を濁してしまう。

 歩はモヤモヤとした気持ちを覚えながらも、今度紹介するという先輩の言葉を信じで引き下がるのだった。











 無人化が進んでいるファミレスである、当然にように食事を給仕するのも機械である。

 このファミレスのイメージカラーらしい黄色に塗装された給仕機械が運んできた、歩と福屋が注文した料理がテーブルの上に並ぶ。

 歩はファミレスのオーソドックスなメニューと言えるハンバーグ、福屋もこれまた定番メニューと言うべきカレーを注文していた。

 それぞれ遅い夕食を取りかかりながら、歩と福屋の間で自然と雑談の花が開いていた。


「やっぱりワークホースは、普通のブロスユニットと扱いが違うんですかね?」

「そうね…。 確かにソフト面は全く別物だけど、ハード面は普通のブロスユニットと全く同じよ。 そもそも特殊な機体に特化したソフトを作っても、白馬システムの商売にならないでしょう?」

「それはそうか…」


 同じ職場の先輩と後輩、互いの共通する話題として第一に上がるのは仕事の話なるのが自然だろう。

 以前に他のチームに所属していた福屋は、セミオートなどと言うキワモノを搭載していない全うなブロスユニットに触った経験が有ることになる。

 初めて触ったブロスユニットがワークホースである歩にとって、福屋が以前に面倒を見ていた普通のブロスユニットに興味があるらしい。

 しかし福屋が言うにはワークホースはそのシステムこそ特殊な物であるが、その体というべきハード部分は一般のブロスユニットと何ら変わりが無いそうだ。

 よく考えてみればワークホースのセミオート機構で商売するには、一般のブロスユニットにこのシステムが載せられなければならない。

 既存のブロスユニットを対象としたセミオート機構の試験機であるワークホースが、既存と異なる特殊な機体である訳は無いのだ。


「まあ、パイロットの負担から見れば、セミオート機構のお蔭で後輩くんは随と分楽していると思うわ。

 競技用のブロスは人間が乗れる代物じゃ無いから…、あれに乗れるのは気が狂った化物だけよ」

「化物ですか…」


 福屋がこれまで関わってきたプロのブロス乗りたちは、正直言って碌でもない者ばかりであった。

 かつて所属していたチームのパイロットは、パイロット殺しの噂を真に受けて重野をチームから追い出そうとした。

 ワークホースに乗る筈だった元パイロットは、勝手にセミオート機構を敵視してベースの中にまでやってきた。

 そしてワークホースの初陣の相手となった佑樹は、端から白馬システムチームを見下した態度を取ってきた。

 パイロットと言う人種はどれもプライドが高くて嫌な奴、しかし彼らはその大言に見合うだけの技術を持っている事も確かである。


「そう、プロのブロス乗りは皆、人間を辞めているわ。 人間を超えた人外にでもならなければ、競技用ブロスと言う怪物を制御出来ないのね…」

「化物ですか、確かにパイロットコースに残った連中はみんな化け物じみてましたよ…」


 前に所属していたチームは決してブロスファイトの世界で結果を残していた訳では無く、その証拠にチーム内のゴタゴタですぐに解散となってしまった。

 しかしその平凡なチームのパイロットでさえ、福屋から見れば神業と言うべき操縦技術でブロスユニットを操っていた。

 操縦席で手を足を顔を一秒たりとも止めずに動かし続けている姿は、見ているだけで気が狂いそうな程に壮絶な光景だった。

 正直言って福屋はパイロットという人種を余り好ましく思っていないが、その技量を間近で見せつけられた事もあって一定の評価もしているようだ。

 競技用ブロスの難易度については、パイロットコースを落ち零れた歩としても理解できる話である。

 歩を置いてパイロットコースに残った連中はまさしく、福屋が言う通り化物の如き天才の集まりであった。


「ねぇ、前から思ってたんだけど…、後輩くんは正式にパイロットに任命されたのよね? それならパイロット一本に絞らずに、整備士の仕事を続けている理由は何?」

「えっ…」

「正直言わせて貰えば、このまま二足草鞋でパイロットと整備士を続けても、あなたのためにならないと思うのよね…」


 正式なパイロットとして任命された歩は、ライセンス試験に挑みブロスファイトの世界に殴り込みをかけることなる。

 それは今話題に出た化物たちと矛を交える事を意味しており、恐らく生半可な事でやっていけないだろう。

 しかし現状の歩はパイロットに専念せず、整備士として働く事でパイロットとしての経験を積む貴重な時間を無駄にしている。

 決して整備の仕事を馬鹿にしている訳では無いが、パイロットと整備士を両立するのは難しいと言うのが率直な福屋の意見だった。。

 成り行きで整備試兼パイロットをやっていた歩は福屋の言葉を受けて、初めて自身の歪な現状を突きつけられていた。


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