7-4.


 ベース内のハンガーに直立の状態で置かれたワークホース、その足元で歩は自分の愛機の状態を確認していた。

 歩の周囲には誰も居ない、先の重野の言葉に従って歩は一人でワークホースの整備を行っているのだ。

 ナイトブレイドのストームラッシュを無理やり再現した代償に、ワークホースの関節部は多大なダメージを受けていた。

 これを全て治すにはオーバーホールに近いレベルでの整備が必要であり、徹夜はまず確実であろう。


「よし、入力完了っと…。 まずは一段落だな…」


 歩は溜息を吐きながら端末を操作し、その命令に従って昆虫を思わせる六本足の機械がワークホースに群がり始める。

 巨大なブロスユニットを整備するのに、人力だけではどれだけ時間が掛かるか分からない。

 しかしそこは22世紀、ブロスユニットの整備の大半の作業は既に機械による自動化がされていた。

 歩の指示を受けた整備ロボットたちは人間より遥かに手際よく、ワークホースの体を瞬く間にバラしてく。


「精が出るわねぇ、後輩くん。はい、差し入れ」

「あ、先輩。 すいません、頂きます」


 大半が機械が肩代わりしてくれるとは言え、その機械たちを操作するのは人間の役割だ。

 歩は端末に映し出される機体の状況や、装甲が外されて曝け出されてた実際の内部の状況を目視して確認する。

 そんな機械相手の孤独な整備作業をしているところに現れたのは、歩の先輩である女整備士であった。

 歩は礼を言いながら先輩から差し出されたそれを、ベース内の自販機で買ったと思われる飲み物に手を伸ばす。


「…と言うかいいんですか、重野さんは?

「もう帰ったわよ。 本当にあなたに全部任せるなんて、あの人も冷たいわよねー。

 まああなた一人に機体を任せる程に、あなたを信頼しているとも言えるかもしれないわ…」

「それならいいんですが…」


 重野は有言実行の男である、整備班リーダーは本当に歩一人に整備をやらせるために他の整備班がワークホースに近づく事を禁じていた。

 しかし当の重野が既に退社してベースから離れており、咎める人間が居なくなった所で此処ぞとばかりに現れたようだ。


「あのー、手伝ってくれたりとかは…」

「駄目、これはあなたの仕事よ」

「今回の件については、先輩もストームラッシュもどきの構築を手伝ってくれたじゃ無いですか」

「私は共犯、あなたは主犯よ」


 あの連続技は再現するためには、歩が訓練中に集めたモーションデータを繋いで一つの意味有る動作パターンにまとめる必要があった。

 その作業を手伝った福屋にも今回の一件については責任がある筈だが、この先輩は全ての責任を後輩に押し付ける気らしい。

 あんまりな先輩の態度に歩は僅かに肩を落としながら、受け取った飲み物をちびちびと飲んでいく。


「…まあ、重野さんとしては、あなたにあんな無茶をして欲しくないのよ。 あんな事もあったしね…」

「あんな事!? もしかして、パイロット殺し…」

「…ああ、あの糞パイロットが口を滑らしていたわね」


 何気なく口にした言葉に目敏く反応する歩に、福屋は僅かに顔を顰めながら自分の失敗を悟る。

 以前に模擬戦の相手を努めた佑樹が重野を"パイロット殺し"と評した一件を、今の自分の言葉と結びつけたらしい歩の勘の良さはパイロット向きかもしれない。

 そんな益体もない事を考えながら福屋は、この状況で誤魔化す事は不可能であると溜息を漏らすのだった。











 かつてとあるブロスファイトのチームに所属していた重野は、現在のようにそのチームで整備の腕を存分に奮っていたらしい。

 当時のチームに所属していたパイロットは少々オーバーワークの気が有り、毎日のようにブロスユニットに乗って訓練を続けていた。

 勤勉なことは悪いことでは無いだろうが、パイロットが機体に乗る時間が多いということは必然的に整備の時間が削られることになる。

 しかしそこはベテランの実力と言う奴か、重野は上手いこと時間をやり繰りしながら効率よく整備を行っていたそうだ。

 重野の苦労もあって全ては上手く行っていたのだが、あの時までは…。


「これ以上は機体が持たない、一日でいいから訓練を止めて機体整備の時間をくれ!!」

「そんな時間は無い! もっと、もっと練習しないと…」


 元々機体の扱いに無頓着であったらしいパイロットは、普段から機体整備を軽視ししていた。

 それでも最低限の整備時間を奪ってまで機体に乗ろうとはしなかったのだが、ブロスファイト公式戦で連敗が続いた事で状況が一変してしまう。

 パイロットは負の連鎖から脱しようと必死になり、整備員たちの制止を無視して休み無く朝から晩まで機体に乗り続けた。

 整備員たちは僅かな時間の合間に整備を行いどうにか機体の状態を維持し続けたが、そんな応急処置では間に合わないほどに機体に負荷が溜まっていく。

 そしてブロスユニットが限界を超えた日、必然的に事故が起こった。


「うわぁぁぁぁっ!?」

「早く救助を寄越せ!」

「とりあず機体を起こすぞ、ワーカーをもってこい!!」


 危うく死にかけた自業自得のパイロットは決して己の否を認めず、これは整備ミスが原因で起こったミスと言い放った

 そして希少性の高いパイロットの価値は優秀な整備員より著しく高いものであり、パイロットの機嫌を損ねる事を嫌ったチームのオーナーは最悪の決断をしてしまう。

 全ての責任を負わされた重野はチームを去り、彼は"パイロット殺し"という汚名を背負うことになった。











 全てを語り終えた福屋は口を閉ざし、目の前の後輩の反応を伺っていた。

 そこには案の定、何処か子供ぽさが抜けない後輩くんが解りやすく怒りの表情を見せているでは無いか。


「…それで重野さんがチームを追い出されたって!? そんなの、あんまりじゃ無いですか!!」

「パイロット様の我儘に振り回される話なんて良くある話よ。 そして事故の詳細は闇に葬られ、重野さんは整備ミスでパイロットを殺しかけた整備員の汚名を背負った。

 この話を表面しか知らないあの糞パイロット見たいな奴が、重野さんを悪く言うようになったのよ」


 歩は"パイロット殺し"の汚名を着せられた重野の話に、憤りを隠せずにいた。

 どう考えても事故の原因はパイロット側にあり、重野はむしろ機体をそこまで持たせたことを褒められくらいだろう。

 しかし現実にはパイロットの方はお咎め無し、重野は"パイロット殺し"の汚名を今でも背負っているのだ。


「重野さんは全く言い訳することなく、チームを去ったそうよ。 原因がどうであれ、自分が整備した機体が事故を起こした事に変わりがない、ってね。

 けれどもその一件で重野さんは腐る所か逆に奮起したのよ、もう二度と自分の機体でパイロットを殺させないって…。

 言葉では無く、仕事の成果によって自分が"パイロット殺し"では無いと証明するつもりなのね」

「だからリーダーはあんなに怒ったんですか。 機体の状態を全く無視して、あんな負担の掛かる事をしたから…」


 機体の負荷を無視して連続技を繰り出した歩の姿に、重野は自分をチームから追い出したパイロットの姿を見たのかもしれない。

 百歩譲ってただのパイロットであるなら兎も角、歩はパイロットである前に整備士であるのだ。

 整備士である筈の歩が、自分の面倒を見る機体のことを無視したことに重野は危機感を覚えたのだろう。


「あ、解っていると思うけど、私がこの話をしたことは内緒にするのよ」

「それは勿論、リーダーも知られたくないと思いますし…。 それより先輩は今の話を何処で知ったんですか、まさかその当時からリーダーと仕事を…」

「私はそこまで年寄りじゃ無いわよ! その事件の後で暫く干されていた重野さんを雇ってくれたチームに、たまたま私も雇われていたのよ。 それで"パイロット殺し"の噂を聞いて興味を持ったんで、少し調べたらね…」


 福屋が重野が初めて出会った時は、既に彼が"パイロット殺し"の汚名を着た後であった。

 仕事を通して重野の人柄や整備に対する拘りを知った福屋は、どうしても重野と"パイロット殺し"の汚名が一致しなかった。

 当時からこの前の佑樹のように重野を悪く言う者も居たが、事件からまだ日が経っていない事もあり真実を知っている者も少数存在している。

 そして福屋はどうにか事件の真実を知る人間と接触することに成功し、今回の重野の真実を知ることが出来たのだ。


「パイロット殺しの異名は今も重野さんを付き待っているわ、実は前に私が居たチームが廃業したのもそれが原因なの。

 パイロット殺しの噂を知ったパイロットが重野さんを辞めさせようとして、整備側の人間はそれに大反対。 両者の対立が悪化してチームが機能しなくなったんで、チームは解散という流れになったのよ」

「パイロット殺し、か。 …ていうか、今の話を知りながらよく俺に協力しましたね、先輩?」

「…興が乗ったのよ」


 パイロットの無茶によってチームを追われた重野の存在を知りながら、福屋はまさにパイロットの無茶と言っていい連続技の構築に協力したのである。

 歩の的確な指摘に言葉に詰まり言い訳になっていない言葉を口に出す福屋、どうやらこの先輩は深い考えも無くノリで自分に協力してくれたらしい。

 自分に非がある事を自覚しているらしい先輩は、意外に子供っぽい所があるようで、拗ねたように顔を横にして此方から視線を反らしていた。


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