5 GT-R

 敷地内にあるカーポートで廉司のベンツが次の出番を待ちながら体を休めている。

 その隣に停車された真っ黒なGT-Rの車内に紫煙が充満する。

 この運転席に体を預ける度、夏目は廉司が自分の趣味を容認してくれる主であることに感謝する。


「朴が、意識を失う手前の北川からなんとか聞き出したんだが」


 助手席に座る畠山は密閉された空間と煙草のおかげか、幾分落ち着きを取り戻していた。


「相手は全部で六人。全員が黒いシャツを着て、同じ指に同じタトゥーを入れてたらしい」


 目の細かい渦巻きの上に装飾されたアルファベットのS。

 また怒りが込み上げてきたのか、畠山が自分の膝を拳で殴った。

 夏目は朝から掛け続けていた細いフレームの眼鏡を外し、軽く目頭を押さえた。


「北川のヤツ、よく耐えたな。情報としては十分だ」

「……」

「お前の気持ちはよく分かった。この件、俺がしばらく預かるぞ」

「? 何言ってんだ、俺も行く!やられたのは俺の弟分だぞっ」


 畠山が大きな体を動かしたせいでGT-Rの車体が大きく揺れた。

 反射的に夏目は彼の額を強めに叩いた。


「ッテ!」

「焦ってんじゃねぇよ。そんなことは分かってる。でもな、お前んとこには北川と戸部以外にも血の気の多い奴らがいるだろ。そいつらが今回の事で勝手に動き始めたら収拾がつかねぇ。カタギ相手に無闇に手ぇ出したら、即ムショ行きだ。お前もそれが分かってるから若に相談しに来たんだろうが。……畠山、お前は堂々と構えて下の奴らを束ねとけ」

「けど」

「それにな、お前みたいな凶悪なツラした奴と一緒だと探しモンも見つからねぇんだよ。鏡見てみろ。怪獣酋長みたいな顔しやがって」

「! だれがジェロニモンだ、コラっ!」


 バックミラーの角度を畠山に向けると、今度は夏目が肩を殴られた。

「何すんだコラ」と睨み返すが、眉間に皺を寄せて凄んで見せる畠山の顔が少し間抜けで吹き出した。「笑ってんじゃねえよ」と返す畠山の声も心なしか穏やかだ。


 ふと、フロントガラス越しに空を見上げた。蛍光色のように鮮やかな色をした丸い月が煌々と輝いている。どうりで夜なのに明るいわけだ。二人して暫くその光に目を細めた。


「すまねぇな、夏目。よろしく頼むわ」

 平静を取り戻した畠山が深々と頭を下げる。もうすっかり人を束ねる責任を負った男の声に戻っている。


「あぁ。何か分かったら、ちゃんと連絡する。お前にも、若にも」

「そうだったな。若にも礼を言わないとな。お前に世話になるんだし」

「まぁ、俺も一応“若頭付き”だからな。何から何まで一人でってのは無理だ。……そうだ、朴を貸してくれ。一番に駆けつけたんなら、北川から聞いたこと以外にも何か覚えてるかもしれない」

「……朴か。あぁ、そうだな。あいつら三人は年も近いしダチみたいなもんだ。多分俺以上に悔しい思いをしてるだろう……手伝わせてやってくれ」

「助かる」


 新しい煙草を咥えた畠山に、夏目がサッとライターの火を差し出す。その流れるような動作に畠山は目を丸くしたが、すぐにその手を下ろさせ、スーツの懐からまだフィルムの開いていない新しい紙箱を取り出して夏目の胸に押し付けた。


「助けられんのはコッチだろ。ありがとな」


 ニヤリと笑って車を降りると、左右に揺れる独特な歩き方で暗闇の中へ消えていった。

 靴底を擦る音が聞こえなくなったころ、シートのリクライニングを限界まで倒した夏目がGT-Rの天井に向かって細い煙を吐き出した。


「まっず。やっぱ煙草はマルメンだな」


 星が散りばめられた箱をダッシュボードの上へ投げようと小さく振りかぶった。

 だが、放ったらかしにしたことを忘れて後で畠山に見つかったら面倒だと思い、とりあえず今は胸ポケットへ仕舞うことにした。

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