夕凪に捧ぐ  (お題:あの人へ)


 いつの間にか風がんでいた。

 僕の背を押してくれていた風が。


 「…」

 夏の気怠けだるい暑さが足にからみつく。

 うっとうしい汗がイライラをつのらせる。


 「あっ…」


 そんなものに気を取られている内に、また一人、僕を追い抜かしていった。

 他の人も次々と僕を追い越し、高みへ登っていく。

 僕がいくら頑張って足を動かしても、それは変わらなかった。


 「…」

 

 …疲れた。

 やる気ががれた。


 歩速が落ちる。


 「…」

 そもそも、僕には他にやらなければならない事もある。

 それに、この坂を上り続ける事に、どれだけの意味があるのだろうか。


 そもそも、僕は山を登る事はおろか、歩くことも嫌いだ。

 皆、健康の為なんて言うけど、それ程、長生きしたいわけでもないし、なんだかんだ、歩いている人は楽しそうにしている。

 結局その行為に喜びを見出せているからこそ、歩いているに過ぎないのだ。


 「……」

 何人目かわからない他人が、苦しそうに坂を上る僕の横を、通り過ぎて行った。楽しそうな表情で、軽快けいかいな足取りで。


 「……。はぁ…」

 とうとう僕は歩くのを辞めてしまった。


 そんな僕を坂道はずるずると引きり降ろそうとしてくる。

 仕舞しまいには、坂の下にある海へ向かって風も吹き始めた。


 …もう止めよう。

 踏ん張る力も残っていない僕は、そう思い、きびすを返した。


 「…!」

 振り向いた僕は気づく、夕に染まる海が、この坂の上から見下ろす風景が、とても美しい事に…。


 僕はいつの間に、こんなに高くまで登ってきていたのだろう。


 「……」

 その風景に暫く見惚れていると、当然の事ながら、多くの人が僕を抜かして、先に進んでいる事に気が付いた。

 つまりは、この風景を眺めてから今まで、その事に全く気が付かなかったのである。


 …そうだ。今までだってそうだった。

 いくら他人に”歩く”事を馬鹿にされても、いくら僕を誰かが追い抜かしていっても、気にならなかった。

 別に僕は競っていたわけではないのだ。楽しいから登っていただけなのだ。


 「何やってんだ?!早く登って来いよ!」

 「皆待ってるよ~!」

 気づけば、先に行った仲間が、上の方から声をかけてくれていた。


 …相変わらず、僕を海に引き戻そうとする風は止まなかった。

 それでも、その風は、上の方にいる仲間の声を届けてくれた気もするし、夏の蒸し暑さも吹き飛ばしてくれた。


 僕は今でもゆっくりと歩みを進めている。

 それは、昔とは比べ物にならない程にゆっくりで…。

 もしかしたら、少しづつ、滑り落ちているのかもしれないけれど。


「お。新しいの書いたのか!見せてみろよ!」

「…ちょっとだけだよ?」


 …それでも僕は楽しかった。


 ==========

※おっさん。の小話

 

 どうも、おはこんばんにちは。おっさん。です。

 どうにも長編作品の筆が進まないので、息抜き投稿してみました。


 昔の気持ちを思い出すのって、とっても難しいですよね。

 特に社会人になると、感受性や思考力が鈍ってどうにも…。


 あの人はどうしてるかな。

 ただ毎日を淡々と生きる機械にだけはなっていてほしくないな。

 

 …まぁ、そう言うおっさん。が、そうなりかけているので難しいのでしょうが。

 それに考えて、感じて生きるのは、辛いですしね。


 それでも、初心を忘れず生きていてほしい。

 そんなエゴの塊のおっさん。からでした~。

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