グラスにこだわろ! 「ガラスのように繊細だね、特に君の……」

・一話完結スタイルです。

・気になる種類のビールやお店のお話からどうぞ。

・ふんわり楽しくお気軽に。難しいことはほとんど出てきません。


今年の春から社会人になる 舞浜みつき は、ビール好きの教育係 常陸野まなか から、日本には大手メーカーが作る以外にもいろいろなビールがある事や、その場で作られたビールをすぐに飲めるお店が身近にある事を教えられる。

そんなみつきが、ふんわり楽しくお気軽に、先輩や同僚たちといろいろなお店でいろいろなビールを飲むうちに、いつのまにか知識がついたりつかなかったりする物語。


 § § §


 数年前、東京はお台場の一角に、いなほ荘という名のシェアハウス型の社員寮が建設された。名前を一見しただけでは想像がつかないが、敷地内には7階建の棟が3つ並び、シアタールームやキッチンダイニングルーム、ジムや大浴場など、共有スペースが充実している。

 現在、複数の企業がいなほ荘を共同利用しており、週末になると、共有スペースのあちらこちらで、企業の垣根を越えた趣味仲間の会や、異業種交流イベントなどが開催されている。

 今年の春からから新入社員となった舞浜 みつきは、このいなほ荘で暮らし始めた。ちなみに、隣室の住人はみつきの教育係である常陸野 まなかである。


「お邪魔しまーす」


 みつきが、隣室のまなかの部屋を訪ねたのは、土曜日の午後3時頃のことだった。最近みつきは、まなかからビールの種類やジャンルの多さを教わるなどし、大手のビールに対する苦手感を薄れてさせていた。そんな中、ビールバーだけでなく、部屋でも美味しくビールを飲めたらいいのにとみつきが呟いたところ「うちにあるグラスで飲み比べ会する?」と誘われたのだった。


 ドアを開けると、まず部屋の主でない声が2つ、続いてまなかの声がみつきを出迎えた。


「ミツキチだー!」

「みつきちゃん、いらっしゃーい」

「どうぞ──」


(あっ、なんかデジャブ……)

 そう思いながら部屋の中に入ると、ローテーブルを囲んで3人が座っていた。右から、みつきの同期である川越 瑠璃。続いて、まなかが通うビールバーの店員で、瑠璃の姉であることが最近発覚した川越 毱花。そして最後は部屋の主であるまなかである。


「あれっ? マリ姉さんもいらしたんですね!」


 驚きの表情をうかべるまなかに、毱花は瑠璃と腕を組みながら笑顔を向けた。


「そうなのー。午前中、瑠璃ちゃんと水族館デートしてたんだけど、『午後はまなにゃんに誘われて、グラスの見比べ会に行く』っていうから、いいなーって──」


 まなかもウンウンと頷く。


「……マリ姉とは、SNSでつながっているのだけど、午前中チャットに、瑠璃ちゃんと一緒にお邪魔していいですか? って……。まぁ、立ち話もなんですから──」


 空いているクッションを勧められて、みつきは座った後に小ぶりな紙袋を差し出した。


「失礼します! これ、作ってこようか迷ったんですが、みんなで作りながらも楽しいかと思って……」


 紙袋の中身はクラッカーとジャムのビン、チーズやフルーツ、プチトマトなどが入った小さいタッパーがいくつか。


「……ディップパーティー! 楽しいよね……みんな、座って待っててね」


 まなかはそう言うと台所に立った。

 毱花も立ち上がって手伝おうとするが、「お気持ちだけで」と念押しされてすごすごとクッションの上に戻る。

 この機会ににと、みつきは先程感じた疑問を投げかけてみた。


「店員さんとお客さんって、仲良くなること、結構あるんですか?」

「うーん、人によるかもね。私はまなニャンとビールのイベントとか、よく一緒に行くけどね。まあ、現場で遭遇パターンの方が多いんだけど(笑)」


 瑠璃は毱花にジト目を向ける。


「マリちゃんが酔っ払って電車を乗り過ごして、帰りが遅くなるから心配な日っスね」


 タハハ、と毬花は頭をかいた。


「次は瑠璃ちゃんも行こうよ! 一緒に行けば安心でしょ? みつきちゃんも一緒に、ね、ね?」


 その誘いに、瑠璃はしぶしぶ、みつきは興味津々の顔で頷いた。


「もー、しょうがないっスねぇ……」

「ぜひぜひ!」


 そんな会話をしているうちに、まなかが次々とテーブルの上の準備を進めていく。みつきが持参したお土産の他、アボカドのディップやレバーパテ、カボチャのクリームチーズ和えやツナマヨなど、いつのまにかディップメニューが増えている。

 毬花が感心した表情を浮かべた。


「まなニャン、手際いいねえ。お店できるんじゃない? あ、そうだ。私のお土産も好きな時に開けてくれていいかr──」

「えっ?! やった!」


 若干食い気味に反応したまなかは、踵を返して冷蔵庫に向かい、ビールの瓶を取り出してきた。


「みつきちゃん、瑠璃ちゃん。マリ姉が作ったビールで、飲み比べ、してみない?」


 頷く瑠璃の一方で、みつきはぽかんとした表情を浮かべる。


「へっ、それって貴重なものなんじゃ──、っていうか、ビールって作れるものなんですか?!」


 毬花はうっとりした表情を浮かべて答えた。


「そうよー、どんな味にしたいかとか、何を混ぜようかとか考えるの、すっごく楽しいの。味は飲んでからのお楽しみだけど、今日みつきちゃんも来るって聞いたから、好きそうなフルーツビールをメインに持ってきたんだ。まだうちに売るほどあるから、がんがん飲んでいいよ? 気に入ってくれたらまたじゃんじゃん持ってくるから」

「じゃあ、せっかくですし、いただきます!」


 そうこなくっちゃという表情で、まなかは棚からいくつかグラスを取り出した。それらをテーブルに並べてと、解説をしながらビールを少しずつ注ぎ分け始めた。


「……ええと、比べる時の大きなポイントは、全体的な重さや厚さ、飲み口の厚さ、ガラスか陶器かとかの材質、かな。味や香り、温度の伝わりやすさとかが違ってくるの。ちなみに、味の好みと同じで、どれが良いとか悪いとかじゃなくて、自分がいいなと思うのを探してみてね」


 全てのグラスに少しずつビールが注がれると、4人は思い思いにグラスを手に取った。

 待ちきれないという表情でまなかが口を開く。


「それじゃあ、マリ姉のビールに……」

「「「「かんぱーい!!」」」」


 こうして、飲み比べ会兼ディップパーティーの幕が開いた。



 §


「マリ姉、ビール、すごく美味しかったです……苦味もパイナップル感もちょうどよくて、すごく好きなタイプでした……」


 お土産ビールの感想を述べたまなかに、みつきも続く。


「私も、飲みやすかったし、美味しかったです!」


 ふたりの感想を聞いて、毱花が嬉しそうな表情を浮かべた。


「いやいや、それほどでもあるよー」

「はいはい、マリちゃんのビールはお土産なんスから。今日はグラス飲み比べ会なんスよー?」


 そんな瑠璃の突っ込みをきっかけに、まなかが話を今日の本題に戻した。


「……瑠璃ちゃん、みつきちゃん……どのグラスが好みだった?」

「そっスねえ……自分はしっかり重さを感じる厚めのがなんか安心するっス。でも、唇が触れてる感じがしない、飲み口が滑らかなのがいいっス。なんていうか、唇の柔らかさ感を感じるかのような……」


 なにやら方向性が怪しげな方向に進みそうなことに気がつき、みつきがあわてて被せる。


「自分は、この軽くて薄いのがいいかなぁ!」


 発言を止められ唇を尖らせていたが、瑠璃はすぐさま声を重ねる。。


「ガラスのように繊細だね……特に君のグラスの好みは……」

「もつ、瑠璃っぺはまた、難しげなことをー」


 そんな2人のやりとりを微笑みながら眺めていたまなかが、解説を始めた。


「2人とも、グラスの抵抗というか、違和感のところ重視……なのかも。もしよければそれ、あげるから、いろいろなジャンルや注ぎ方、試してみて。なれてきたら、そのこだわりポイントを残したまま、違う形のものに挑戦してみると、楽しいよ? ちなみに、マリ姉は?」


 まなかは、グラスをあげるという発言に対する、瑠璃とみつきのリアクションを待たず、毬花に話を振った。


「うーん、私も違和感重視だけど、それよりも、ビールのジャンルによってグラスの形状を変えるかなあ。IPA系は持ち手がうねうねしてたり、口が広がってるやつとか、香りをしっかり確かめたいときはワイングラスみたいのとかね。まぁ、自分が美味しいと感じられればいいのよ、なんだって」


 そんな毬花のコメントに、まなか首を縦に振って激しく同意しながら、自分のずぼらエピソードを打ち明けた。


「私も……飲み比べ会とか誘っててなんだけど……疲れきってたりした時は、いつも使ってる洗いやすいグラスを使っちゃったり……。なんだったらビンや缶から直飲みしちゃいます……」

「あははー、しゃーないよ。あるある。あ、そうだ。洗うといえば、グラスを洗うスポンジは、油物とかを洗う食器用スポンジとは分けた方がいいよ? これお店のあるあるね。できれば吸水性の強い布で水をふき取ってあげるともっといいけど、まあ、家ではスポンジ分けるくらいでいいんじゃないかな」


 グラスに関する先輩2人の解説を聞いて、瑠璃とみつきは納得した表情を浮かべた。


「なるほどー」

「だからマリちゃん、グラスだけはきれいにしてるんスね」

「だけ、は余計よ(笑)」



「……あ、そういえばマリ姉、おうちにサーバーがあるって聞いたんだけど……」


 以前、瑠璃と交わした話を思い出し、まなかが毬花に尋ねた。


「あるよー、貸してあげようか?」

「──っ!! でも、樽とかガスとか……」

「あー、そっかー。タップマルシェとかもっと身近になればいいんだけどね──あ、そうだ! ここの共有スペース借りられるなら、お月見とかどう? 樽込みで」

「────っ!!!」


 まなかかは両手を胸のあたりで握りしめて上下させつつ、顔をブンブンと縦に振っている。みつきと瑠璃はまだ知らない単語が飛び交い怪訝な顔をしていたが、2人にグラスをくれたまなかが、とても嬉しそうな顔を浮かべていたので、その幸せに浸らせてあげようと、視線を交わして次のビールのボトルを開けるのだった。


 まなかの部屋のグラス棚には、アウトドアで使われていそうな近代的なタンブラーや、綺麗な模様の入った蓋つきの歴史を感じる陶器製のもの。はたまた、イベント会場で重宝しそうなプラスチック製の大きなものや、ワイングラスのようなもの。さらに、ブーツの型をしたものや、単体では自立できないフラスコ型のものなどが並び、楽しそうにビールを飲み比べる4人を見守っていた。

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