ならず者とクリスマス

名瀬口にぼし

ならず者とクリスマス

 ミシシッピ川沿いのどこか北の方にある、広くて暗い辺鄙な森の中。

 アルヴィンとグレッグはパチパチと音を立てて燃える焚き木にあたり、寒さを増す秋の夜を過ごしていた。地面の冷たさがしんしんと身に染みる、若い男二人にとっても野宿はつらい季節である。


「秋が終われば、狩猟も難しくなる。そうなったら俺たち、何を食べればいいんだろうなあ」

 先行きの暗い内容であるのにも関わらず、グレッグは普段通りの妙に呑気な声で話す。

「……あぁ、どうしような」

 その能天気で楽観的な明るさに、アルヴィンはかえって憂鬱な気持ちになって言葉少なく答えた。このまま家もない状態で森の冬を迎えれば、生活はとても難しくなるだろう。


 遠い頭上では、夜空の星々の無情に澄んだ光が、冷えた空気の向こうに瞬いている。

(俺たちはこれから、どこへ行くんだろうか)

 アルヴィンは木々の隙間からのぞく星を見上げ、答えがあって当然であるのに答えられない問いを抱いた。


 グレッグと共に移動し野宿をし続けて数週間がたつが、それはアルヴィンが選んだ結果ではない。アルヴィンは賞金首としてグレッグと一緒に指名手配されているため、このような日々を送っているのだ。


 その全ての始まりは、二人が働いていた農場が土地の売買を巡る争いに巻き込まれたことにあった。土地の買収を進める大事業者による農場への嫌がらせの中で、少々難ありの従業員のグレッグはついうっかり銃の引き金を引き、悪徳保安官の一味を何人か撃ち殺して賞金首になった。

 そしてなぜか流れで、近くにいただけのアルヴィンも実行犯に数えられた。こうしてアルヴィンはグレッグとともに、大事業者と悪徳保安官が差し向けた殺し屋から逃げるはめになってしまった。


 正直なところアルヴィンは、グレッグのせいで貧乏くじをひいたと思っている。それは逆恨みでも何でもなく、客観的な事実であるはずだ。

 しかしグレッグの方はまったく負い目を感じている様子はなく、常に気兼ねなくアルヴィンに接してくる。多分、彼はやや頭が悪いのだろう。


「せめてどこかに頼れる知り合いとかがいれば、食糧ゆずってもらうのにな。アルヴィン、お前には誰かいないのか?」

「知り合い、ねぇ……」


 アルヴィンは今もまた軽い調子で尋ねてくるグレッグに、少しは罪の意識というものを持たないのかと聞いてみたい気持ちになった。だが脳みそを十分に持っていない人間に罪悪の話をしても仕方がないので、しぶしぶ質問を受けて友人や親族の関係を振り返る。

 すると、ふと思い浮かんだことがあった。


(そういえば……ピーター伯父さんの家はウィスコンシン州だったから、ここからそう遠くないはずだな。昔はよく、クリスマスに泊まりに行っていた)


 遠い冬の思い出が、アルヴィンの心に蘇る。


 それは、今はもう亡くなった両親とどこかへ嫁いで会わなくなった姉や妹が、全員揃って暮らしていた幼いころのことである。当時家族で出かける機会は少なかったので、クリスマスに一緒に伯父の家に泊まりに行くことはアルヴィンの一年のうちの楽しみの一つだった。

 昼には久々に会った従兄弟たちと雪で遊び、夜にはいつもと違うご馳走を皆で食べる。アルヴィンは特に、デザートに糖蜜とメープルシュガーでできた甘い飴を食べることが好きだった。


 ずっと長い間行っていないのですっかり忘れていたが、それはとても幸せな、優しい時間の記憶だった。


(あの家へ行ったら、俺は今でも迎えてもらえるんだろうか)

 都合のいい考えが一瞬、頭をよぎる。思い出してみると急に、かつて共に遊んだ従兄弟たちに会いたい気もしてきた。


 衝動的にアルヴィンは、伯父の家の話をグレッグにしようとした。だが口を開きかけたところでよく考える。

(だけど指名手配犯が二人訪ねてきたら、向こうの家も迷惑だよな。秘密にしたとしても、しつこい追手が来るかもしれないし)

 グレッグに仲間を殺されて面子を傷付けられた悪徳保安官が差し向けた殺し屋は、二人がどれだけ逃げても追ってきた。それは文字通り、地の果てまでやって来そうな勢いである。そんな逃避行に、平和に暮らしているだろう無関係の親戚を巻き込むのは心苦しい。


(それに忘れられていたり、歓迎してもらえなかったりするのも嫌だしな。楽しかったあの家が、病気や災害ですっかり変わってしまっていてもつらいし)

 背を向ける自分を納得させるように、さらに後ろ向きな理由を並び立てる。たとえ単に勇気が出ないだけであったとしても、それはアルヴィンにとって必要な言い訳だった。


(だから俺は多分、あの家を訪ねるべきじゃないんだ)


 そしてアルヴィンは思い出を守ることを選び、嘘をついた。


「……残念だけけど、心当たりはないよ」

 妙な間が空いてしまったので、おそらくあまり自然な嘘ではなかった。

 だがそれを聞いているグレッグは少々馬鹿で察しが悪く、アルヴィンが事実を偽ったことに気付くことはない。

「そっか。じゃあもうこうなったら、適当な民家を探してこれから知り合いになるしかないな」

 グレッグは特に将来を悲嘆することもなく、アルヴィンには理解しがたい前向きさで次のことを考え出す。


 赤々と燃える焚き木の光が、グレッグの何も考えていない笑顔を明るく照らしていた。この男に関わったがために、アルヴィンは終わりに繋がる旅の中にいる。しかしそれがアルヴィンの人生なのだから、あきらめるよりほかはない。


 アルヴィンはため息をついて、炎に手をかざした。夜の森は冷たいが、こうしていれば一瞬だけはあたたまる。

 その温もりに目を閉じると、再びクリスマスの飴の甘い記憶が忍び寄る。かつての幸せな時間を思い出したところで今がみじめになるだけだが、それでもなかなか振り払うことはできない。


 アルヴィンは帰る場所もなく地面で眠る今の境遇があまりにもむなしくなって、何とかして自分をなぐさめようと考えをめぐらした。

(多分、このままどうにもならずにさまよい続けることになっても……それとも追手に捕まって殺されてしまっても、この記憶みたいにあたたかなものを壊さず大切にしていれば、きっと少しは救われる。だからそのために、俺はあの家を訪ねないんだ)

 苦しまぎれにそう理由をつける。むりやり出した、アルヴィンの心の中だけで成立する結論である。


 だが同時にそれは、どこか自己犠牲的で綺麗なものを含んだ理屈であるように思えたので、アルヴィンは本当に少しだけ救われた気がした。

 グレッグと進む先にある今年のクリスマスがどうなるのか、そもそもクリスマスを生きて迎えることができるのか、アルヴィンにはわからない。


 しかし少なくとも遠い昔のクリスマスの思い出は、そしてこのグレッグという男がもたらす災難は、アルヴィンの人生をただ過ぎて終わるだけのものにはしないのだ。

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ならず者とクリスマス 名瀬口にぼし @poemin

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