出立-03

 ズンっ!!

 視界を遮るようにかざされた大剣が、そう音を立てて地に落ちる。

 分厚く、幅も広く、リュミの身長よりも長いそれは、大剣を超えた巨剣。

 研ぎ澄まされた片刃の剣身が、僅かな月明かりを反射して、妖しく光る。


「あぁ、大丈夫ダイジョブ! おねぇさん怖くないよ! 悪い人じゃないし!」

 からりと気軽く声を掛けてきた身体は、どう見てもアンバランス。

 胸も臀部も大きく、それでいて細い腰……スタイルは抜群だが、巨剣を振るえる体躯には、到底見えない……


 それは、リュミに襲いかかった追手の1人も同様で、自らのナイフを受け止めたことにも驚嘆しているが、その姿に動きまで止めてしまっている。


 だが、瞬時に彼女の気配が変わる。

 片足で巨剣を蹴り上げ、ポツリと一言リュミに漏らす。


「しゃがんで」


 それに従った刹那、リュミの頭上を鉄塊が掠める。

 大きなひねりで高速回転を生んだ彼女の身体が、リュミが(危なかった)と思ういとまもなく、くるりと巨剣と共に一回転し、追手の身体を真っ二つに叩き切る。


「あちゃぁ……刺激が強すぎたかなぁ?」

 さらに回転して巨剣を落ち着けた少女が、空気に合わない気遣いを示す。

「だ、大丈夫です」

「おぉ?! イケる口っすか?」

 何がと思う暇もなく、再度彼女は雰囲気を鋭利なものに変え、頭越しに後ろに構えた巨剣を前方へと振り上げる。


 巨剣の重さは持ち主の体を宙に浮かせ、自身と共に彼女の身体を追手の1人の元に飛ばす。

 空中で一回転した巨剣は、そのまま空中から追手の頭へと落下し、彼の身体を左右に分断する。


 着地して一間も開けず、今度は着地地点の真横左に居た追手の身体が斜めに斬り割かれ、巨剣は星空へと振り上げられた。


 瞬く間の剣さばき。

 それはまるで、巨剣をパートナーとした、

 荒々しくダイナミックでありながら、迷いの無い剣筋に、華麗さすら覚えてしまう。


 ふぅ……と巨剣を下ろした彼女が、リュミへと向き直る。

「怪我はないっすかぁ?」

 それまでの斬撃とはかけ離れた口調で問いかける。

「えと……は」

 言い終える間もなく、今度はリュミの頭上をナイフがはししる。

 リュミの後方でガサガサと葉が騒ぐと、ドサリと言う音が地面から伝わる。


「ご……5人だったん、ですね……」

「おぉ!! やっぱイケる口っすねぇ! 

 カラカラと笑いながら、彼女は巨剣を背中へと背負い、リュミの元へと歩み寄る。


『大丈夫……ですか?』

(下手なことは出来ません。警戒を解かずに様子を見ましょう)

『命の恩人――ですしね。しかし、いざとなれば』

(飛んで逃げる)

 リュミは表情を少し和らげ、深緑の彼女を待つ。


「最後の1人、あれは【】っすよ。ああやって仲間から距離をおいて、様子を観察するんす」

 そう言いながら彼女は、リュミの横を通り過ぎる。

 殺気や怪しい感じはしないが、彼女は瞬時に気配を変える。

 背を見せないように、そして気取られないように警戒しながら、彼女の様子を捉える。


「そんで! 標的が逃げたりなんかあったら、仲間を呼んでくるんすよ」

 えいっ! と声を上げながら、つなぎの身体からナイフを引き抜く。


「で、そうやって呼んできた仲間たちで取り囲んだり、待ち伏せしたりして」

 ナイフから鮮血が振り払われ、危険な輝きを取り戻す。


「標的を見事に確保ぉ!! って感じなんすよ。ま、野盗のいつもの手って奴っすな!」

 言い終わると同時に、彼女はリュミの目の前で停まる。

 この間合では、近すぎて巨剣は振るえないように見えるが……


「さてお嬢ちゃん、1つ質問なんすが」

 人の良い笑顔が、瞬時に変わる。

「奴等の1人、どうんすか?」


 ――露見しばれている……

 追手の1人を仕留めたことを、彼女は――――わかっている。


「あぁ!! そんな怖い顔しないでくださいよ!! あたしそういうの苦手なんす!!」

 胸の前でワタワタと手を降っている。

「いや、ほら、5人って言ってて、でもあたしが殺したのが4人で、1人足りないなぁ! 計算が合わないなぁって思ったからで! 別に他意はなくてですね!! そのぉ……」

 困ったなぁと言う顔をしているが、おそらく気付いているのだろう。

 それでも、リュミは警戒を解かず黙ってその様子を窺う。


「とりあえず、お家帰ったほうが良いっすよ。送っていくっすから」

 優しいお姉さんの顔に戻り、彼女が手を差し出す。

 それでもリュミは、口を開かない。

「……帰り辛いんなら、あたしの宿――は狭いから……そうだ!! お姉さん奮発しちゃいます!! この先に良い所があるんすよ!! コルグスっていう宿です!!」

 その言葉に、思わず表情が変わる。

 そして――瞳の色が紺碧に――戻る。


『フロイラインの言葉が届かない? いや、これは……』


「あの宿は……私の家は、なくなりました……」

 涙を流すリュミを見て、深緑の髪が微かに揺れる。

 風は――吹いていない。


「そっすか」

 彼女はリュミの頭を、優しく撫でる。


「じゃあ、別の……どっかの納屋でも勝手に借りちゃいましょう」

「……はい」

 リュミは、頭を撫でている方とは別の、彼女の手を握った。


『私も疲れました。おまかせして良いですか、フロイライン』

(大丈夫です。それにごめんなさい……無理にして)

『いえ……お気遣いなく』

(おやすみなさい、おじさま)

『フロイラインも、ごゆっくりと』


「どうしてですか?」

 小さな声で、そう訪ねる。

 少し怖い。

 返答次第では、この時間が壊れてしまうかも知れない。

「そりゃまあ、こんなかわいい娘、夜の林に放っておけないっすよ」

 リュミの手を握る力が、少し弱まる。

「……嘘がわかっちゃうタイプっすね。ま、あながち嘘ってわけでもないんすが……」

 リュミの歩調に合わせるように、彼女は闇夜を進む。

「あたしにも妹が――――居たんすよ」

 過去形のその言葉が、軽くない。

 リュミの手に、わずかに力が入る。

「生きてれば、ちょうどお嬢ちゃんと同い年……っすね」

 握り返す力も、少し強くなる。

「リュミ。リュミエーナ・コルグス。リュミで大丈夫です」

「そっすか。あたしはスラベルっす」

 そこから会話は続かなかったが、心中のもう1人は思う。


 フロイラインには、甘えられる相手が、必要なんだと――――

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