第5話 S級魔法使いだと?

「ふぅ。やっぱりお家は落ち着くわぁ」


 俺たちは一旦ヴェーラの部屋に戻った。

 チェルシアの魔力回復待ちのためである。


「それにしても、散らかってんな」


 部屋を改めて見ると、物が散乱しているのがよく分かる。

 魔女のイメージ的に部屋が乱雑になるのはセオリーかと思っていたが、チェルシアさんの部屋は綺麗だったし、単にヴェーラが片付けの出来ない女なのだろう。


「ヴェーラ、曲がりなりにも師匠の元で雑用してたんだろ? 掃除だってさせられてたんじゃないのか?」


 山積みになってる洗濯物や、ソファーの座面に積もれている書籍類。

 床には荷解きを終えていない荷物が置いてあり、床材が見える面積は見事に同線の道を作っている。


 ヴェーラはソファーの半分も活用できない狭い場所でなんとか横になろうとして、結局、座面に乗っていた書籍類を床に下ろしながら答えた。

「仕方が無いじゃない。最近越してきたんだし、召喚のために一部屋潰しちゃってるんだから」

 付け加えて、それにやっと家事地獄から逃れられたんだから、少しくらいサボりたくもなるわよ。なんてボヤいてる。


「まぁ、そうなんだろうけど……」


 ダメだ。落ち着かない。もしかしたら暫く帰れないかもしれないんだし、寝泊まりする可能性だってある。ってか、どこで寝てたんだ? よし、決めた。話しながらある程度は片付けよう。


「チェルシアさんを待っている間、もっとこの世界について教えてくれ。片付けてやるから」


 それまで、だらぁっとしてたヴェーラがピクンと反応した。


「い、今、なんと? 片付け?」

「あー。流石に嫌か? 男に私物を触られるのは」


 すると、ブンブン首を横に振って。


「よ、よし! その提案に乗るわ! さぁ、なんでも聞きなさい。どれでも答えてあげるわ。何だったらチェルチェルの使い魔の事だって……」


 そりゃあ確かに気になるが、凡そ検討はついている。いまはそれを無理に知る必要も無いし。


「お前、そんな簡単にトモダチを売るなよ……それより魔法についてとか、この国の文化や法律とか教えてくれ」


 既に片付けに取り掛かりながら頭に浮かんだ質問をしていった。


 ✤✤✤


「カナメ……お腹空いたぁ」


 ヴェーラは広くなったソファーにうつ伏せのまま宣う。あの姿勢のまま1ミリも動いていない。

 本人曰く、魔力自動回復中と言っているが嘘だろう。


 あれから数時間が経過し、部屋は見違えるほど綺麗になった。


 空っぽだった本棚に書籍類は並べられ、キッチンに放置されていた食器も洗って食器棚にしまってある。大量の服もクローゼットの中だ。


 流石のヴェーラも下着だけはこっそり片付けていたから、羞恥心は持ち合わせているようで少し安心した。


「ふぅ。そうだな。大分時間経ったし、そろそろ飯にしたいな」


 と言ってみたが、あれ? こんなに動いたのに疲労はさほど感じないぞ。


 もしかしたら、魔素ってやつの恩恵か? それとも重力多少が違うかもしれないし、大気の成分も地球と同じかどうかは調べようがない。


 まぁ、それでも、腹は減っているし全く疲れていない訳では無い。


 ヴェーラと話して分かったことは多かった。

 大きな違いは魔法の存在だ。

 地球のように科学は発展していないが、代わりに魔力によって生活している。


 エネルギーを電力に変換する必要がないから原子力発電所はもとより、電線も無い。

 火力や風力、地熱など、自然エネルギーを使うこともあるらしいが、殆ど魔石や魔道具を使って生活している。


 通信手段も魔法により行われているらしく、衛星なんて必要ない。つまり宇宙開拓はしておらず、勿論GPSも無い。


 この世界の広さや国土の大きさ等は掴めなかったが、人口や生態系については大体把握した。


 治安については地球同様、国や地域によって異なるが、どの国も基本的に魔法使いによる階級社会だそうだ。この国、アストラルは治安がいいとのことだ。


 モンスターについては、いるにはいるが、山奥か秘境、魔境と言われている未開の地に行かなければ遭遇することもないし、冒険者は地球でいう冒険家と同じくらいマイノリティーな職業とのこと。

 よくある、魔物を倒して経験値を得るような世界ではない。

 魔法の鍛錬や、知識の獲得、使い魔の有効な使い方など。つまり研鑽と努力のみだ。

 また、首都に行けばアカデミーなんかもある。


 この辺りの街並みを聞いて俺がイメージしたのは地球で言う昔のロンドンのようだ。


 勿論国や地域によって建物は違う。


 移動手段は街中なら馬車、遠出ならオオトカゲ車、巨大な象さんによるキャラバンなど、基本的にモンスターを動力としており、魔道具は無い。だが、近場なら箒にまたがって空を飛ぶ事もあるそうだ。

 それは懐事情だったり、魔力の貯蓄料によって変わるらしい。


 地球でも、金を払ってタクシーや高速バスに乗るか、自力でチャリを漕ぐなどあるもんな。


「で、普段の飯はどうしてるんだ? 」

「えっとぉ。召喚に殆どお金使っちゃったから……チェルチェルのお店で余ったモノを恵んで……」


 ほんとに、こいつは……。なんだろうな。あぁ。あれだ寄生する能力がやけに高い人種だ。なんて言ったっけっかな。


 何か察したのか、チラッと俺の顔を見て

「……まぁ、毎日ディナーは女子会ね」


 急に話の舵を切った。


「お前さ……」

「なによっ! そんな顔で見なくてもいいじゃないっ! 生きてくのに必死なのよ。お願い。お願いだからそんな寄生虫を見るような顔で私を見ないでっ! お願いします」


 多少は自覚あんのか。

 私はサナダ虫なんかじゃない。私はサナダ虫なんかじゃない……と小さい声で連呼している。


 どんな顔してたんだ俺は。


「ようは何も無いんだな? 金も食材も」


 そう言えば冷蔵庫に当たる魔道具はこの部屋に無かった。


 と、そこへ。


 コンコン!


「ナイスゥー!」

 ノックとともに跳ね上がったヴェーラはダッシュで玄関へと向かった。


 チェルシアさんも気の毒に。


 ガチャり。


「待ってましたー! まってましたよぉ」


 バタン!


 ガチャ。


 ん? 玄関開けたと思ったら即座に施錠したぞ?


 コンコンコンコンコンコンコンコン!


「ヴェーラ! 儂じゃ! こら、開けんか!? 」

 どうやらチェルシアさんではないらしい。


「ひ、人違いですっ! ヴェーラなんて言う超絶美少女はこの辺には住んでませんっ!」


 うわぁ。


「何をバカなことを言っとるんじゃ! 勝手に出ていきおって! 盗んでいった儂のモノは許してやるからサッサと開けるんじゃ!」


「な、なんの事かしら? 美少女天才魔法使いのヴェーラちゃんはそんな犯罪まがいなことしませんよ!」


 いや、それ、紛いじゃなくて犯罪だろう。


 ドンドンドンドンドン!


「その物言い、間違いなくヴェーラじゃ! 開けんかい!」


 ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン!


「………」


 あ、ヴェーラが戻ってきた。


「おい、ヴェーラ、もしかして話のお師匠さんじゃねえのか?」


 ドンドンドンドンドン!


「………」


 ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン!


 ヴェーラは死んだ魚の目をして、俺の前を通り過ぎ、召喚部屋に入っていった。


「お、おい」


 ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン!


 アイツ、何も無かった事にしようとしてるな。

「おーい。引きこもろうとしてんじゃねぇ。俺が代わりに玄関開けちまうぞ」


 ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン!


 と召喚部屋の扉に向かって言った。


「ダメっ! 絶対に会わない! 開けたら、えっと、アンタも加齢臭を嗅ぎながら人生の最期をむかえることになるわよ! 」


 ドンドンドンドンドン!


 それは嫌だな。

 って、真に受けるかっ! 多分開けても殺されることはなさそうだ。


 今まで一方的な話しか聞いてないし、師匠とやらが悪い人かわからんしな。

 だが、どうしたものか。


「そ、そうだ! 敢えてカナメ……じゃなかったカナタが出て、さっき見た私は幻って事にすれば!」


 そんなん通用するかよ。


 あ、激しいノックが止んだぞ。


 なんだろう?

 そっと様子を伺いに玄関へと赴き、聞き耳を立てる。

 と、チェルシアさんの声が聞こえた。


「身分証は? 貴方、本当にこの部屋の住人の師匠なんですか?」


「そうじゃ! さっきから言っておるではないか。ヴェーラは儂の弟子じゃ」


「だったら身分証を見せなさいよ。第一、師弟関係にあるのなら魔法で連れ出せるでしょ?」


「うっ! じゃからそれには事情があってだな」


「百本譲って貴方が師匠だとしても、独り立ちした魔法使いに強制力を働かしてはいけないことくらいご存知でしょう!」


 どうやらチェルシアさんは俺と同じことをヴェーラから聞かされていたようで、しかもそれを信じているみたいだな。


「それに、ここにはヴェーラなんて魔法使いは居ません」

 キッパリと言ってのけた。


「そんなことは無い! 儂はこの目で見たんじゃ! ほれ!」

 そして、何やら魔法を発動した様子。


 フォン!


 お、今のは魔法の音か? 何やらスマホの起動音と似ていた気がする。


「どうじゃ! 儂の記憶じゃぞ! どう見てもヴェーラでは無いかっ! この時点でそなたが嘘をついておることが明るみに出たという事じゃ!」


「………うっ、そ、それは」

 あ、チェルシアさんが動揺してる。


 まぁ、そうだろうな。こんな事情がある奴が迂闊に玄関を開けたりはしない。

 普通は。


 どうするのかな。


「……ろし」


「は? 何か言ったかの?」

 老人は、ほれほれ早く言ってみろだの、嘘はいけないんじゃぞ? 等とチクチク攻撃している。


「……まぼろし。幻でもみたんじゃないですか? 記憶なんてあやふやなものだし……」


 あちゃー。苦し紛れだな。てか、ヴェーラと同じ発想と知ったら落ち込むだろうな。ははっ。


「カッカッカッ! ならば扉を開けて中の人間をここに出してみれば良い。未熟なソナタにはわからんかも知れないが、感じ取れる魔力はヴェーラのものじゃ。長年世話をしてきたんじゃから間違いようもない」


 感じるぞ! 感じるぞ! 儂のヴェーラがこの部屋で引きこもっておる。

 と、そこだけ聞くと危ない爺さんだ。


「そうじゃ! たしか、政府に認められた魔法使い二人なら、罪人を捕まえる為に解錠の呪文を唱えても良かったのじゃな?」

 ん? 爺さんはともかくとして、チェルシアさんも政府公認の一流魔法使いだったのか。


「え、えぇ。そうよ? それが今なにか?」


「お前さん、とぼけるのも無理があるってもんじゃ。場合によっては裁判にかけても良いのじゃよ? それが今なのじゃ! なんせ、儂の財産を持っていかれたのじゃからな」


「そ、そんなの礼状でも無ければ嘘かもしれないじゃないっ! 協力は致しかねるわ!」


 ガサゴソ。

「………」

「………」


 どうやら礼状持ってたんだな。


「あー! もう、知らないっ! わかったわよ!」


 ヴヴヴー。

 音と共に振動が伝わり、俺は1歩下がった。

 初めて魔法を見るのだ。正直、ワクワクしてる。


「「開け! 胡麻!!」」


 おいっ! 呪文はそれでいいのか!?



 2人の声が重なり、魔法が働く。


 ガチャガチャ、ガチャり。


 勝手に鍵が動き解錠される。ついでに扉も開いた。

 おお。すげぇ……地味だな。


「………」「………」


「ど、とうも」

 爺さんの目の前に現れたのはヴェーラでなく、俺だった。


 俺を見た爺さんは固まる。

 狐に摘まれたような顔とはこの事だろう。


「こ、これは一体? お主、ヴェーラではないぞ……そ、そうか! お得意の変身呪文じゃなっ! 正体を現せ!」


 ボフン!


 爺さんの指先から魔法が放たれる。指輪が青く光った。


「………」

「………」


「おい。いきなり何しやがるんだ」


「ふ、ふごっ! 変身でもない! 赤の他人……なぜじゃ? たしかに感じるのはヴェーラ一人分の魔力……」


 チェルシアさんは、あぁ、そうかとニンマリしている。


「この人は私の夫よ! 許可なく一般人に魔法を放つなんて、憲兵呼ぶわよ!」


 チェルシアさん。どさくさに紛れてぶっ込んできたな。


 ✤✤✤


 老人は、訳が分からず、時折振り返っては、タヌキに化かされたような顔をして帰っていった。


「カナタさん! ほんと、凄いです! S級魔法使いを追い返すなんて」


 ほうほう。アルファベットでランク分けしてるのか。師匠だって言ってたし、政府公認となるとSが最上級なんだろうか。って、そうじゃない。


「いや、勝手に勘違いしただけだからね」


 それでも、チェルシアは

「知恵も去ることながら、S級に魔力感知されないなんて……SS級以上の実力の持ち主なんですね」


 おっと、どっこい5秒でインフレ起こしたぞ。

 まぁ、いい。


「流石は私の旦那様……」


 うん。今日が初対面ですよ? チェルシア、絶対訳あり物件だよな。


 モジモジしているチェルシアの呟きを聞き流して、部屋の中に促した。


「ところで、それ、なんですか?」

 俺が指さしたのは、チェルシアさんがずっと持っていた両手鍋。


 テーブルの中央に置いて、ニッコリしたチェルシアさんは、ために溜めて、蓋をとる。

 湯気とともに美味しそうな匂いが立ち昇る。


「ジャーン! チェルシア特製愛情シチューですっ」


「待ってましたー!」

 うるさいのが引きこもり生活を終えてダイニングに帰ってきた。


 えっ? 魔力回復させてたんと違うの?

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使い魔として召喚されたみたいだけど、いや、おかしいだろ。だって普通の高校生ですよ スライム緑タロウ @masiro-yuuga

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