第40話 英雄たちとの別れ

 鮮やかな紅色の硬い鱗に覆われた巨体を、優雅に翻して魔物の元へと戻ったドラゴンは、硬そうな鋭く尖る嘴から灼熱の炎を吐いて辺り一面をあっという間に灼き尽くしてしまった。

 炭と化して動かなくなった魔物を確認したドラゴンは、しのぶたちがいる高台へ向かってくるとドシンと音を立てながら着地をして首をもたげる。そのドラゴンは、黒い嘴の下から腹にかけては黄色みを帯びた白く小さな鱗が並び傾きかけた太陽の光を反射して美しく輝いているように見えた。


 何も言わない信たちの様子に首を傾げてみせたドラゴンは、首を下に下ろし、信と目線を合わせると嘴の上部についている鼻腔のあたりをそっと信の胸に押し付けて目を閉じる。


「へへへ…オイラだよ。びっくりしたか?」


「ナビネ…!ナビネか」


 ひとしきり信の胸に鼻を押し付けたナビネが、いたずらっぽくそういうと、信はナビネの首に手を回して嘴に頬ずりをした。

 一同が、無事成体になれたナビネの姿に驚いたり、喜んだりしていると、地響きのような足音が近づいてくる。

 足音の主は、龍族の母のものだった。

 穏やかな笑みを浮かべている龍族の母は、ナビネの頭を指でそっとなでた後、自分の髪の毛を一本抜いて信にそっと手渡す。


「貴方たちのお陰で、私は自分を蝕んでいた狂気から脱せました。私の髪の毛も特別な力があるはずです。お役立てください」


「ありがとう」


「ナビネ…勇者たちを頼みますね。成体になったあなたなら、月の女神の玉座まで飛んでいけるはずです」


「わかったぜ!任せてくれよ」


 長い尾を振って吠えるナビネの頭を撫でた龍族の母は、優しく微笑む。


「すべてが片付いてしばらくしたら…龍の聖域にもお越しくださいね。我らが一族を救っていただいた客人の来訪なら、一族総出で歓迎いたします」


 龍族の母は、そう言い残すと、ドレスの裾を引きずりながら背を向けてゆっくりと遠ざかっていく。

 足音と共に、ドレスについている装飾品が揺れてぶつかり合い、澄んだ音を立てる様子は心地の良い音楽のようだ。


「神殿にひとっ飛びなら、僕らの出番も終わりかな?」


 腹ばいに横たわったナビネに、信と、人の姿になったスコルとハティが乗り込むと、その様子を見守っていたルリジオは彼らに腕のバングルを見せてそういった。


「散々な目に遭った…」


 隣のアビスモはぶっきらぼうにそう言いながらも表情は穏やかだ。


「頼りない王ですまなかったな。貴様らならきっと月の女神をなんとかできるだろう。頼む」


「そんなことないです。オノール殿がいたから俺たちはここまでこれたんです。戻ってきたら一張羅絶対に作るので…」


「わ、わかった…」


 少し引きつった笑顔を浮かべたオノールの手を握った信は、再びルリジオへ視線を戻した。


「今度は時間の制限無しで、君と話ができるといいんだけどね」


「俺、ルリジオさんにあえて本当によかったです…ありがとうございました」


「応援してるよ」


「じゃあ行くぜ!しっかり捕まってろよな」


 ルリジオは信と固く握手を交わすと、飛び立つナビネの邪魔にならないようにアビスモと共に数歩後ろへ下がる。

 背中で手を大きく振ってルリジオへ別れを告げた信が、ナビネの首に手を回すと、ナビネは高台から少し助走をつけて、地面を蹴った。


「そういえば、俺様の体が仮初のものだと知っていてなぜ助けた?」


 大きく広げた羽根を羽ばたかせ、空高く飛んでいくナビネの背中を見守っていたルリジオとアビスモに、オノールは声を掛ける。


「ああ、ちょうどよかった。その話をいつ切り出そうかちょっと迷っていたんだよね」


 ルリジオが満面の笑みで振り返り、オノールの肩に手を置いた。それを見てアビスモは深い溜め息をつきながら額を抑えて苦々しい表情を浮かべている。

 首をかしげるオノールに、ルリジオは笑顔を崩さずに話を続ける。


「君の仮初の体だけでいいから持ち帰らせてくれないか?」


「は?」


「体だけでいいんだ。中身はいらないので、ここで本体との接続を切ってもらって構わない」


「は?」


 目を丸くして動きを止めるオノールに対して、今度はルリジオが不思議そうに首をかしげる。

 その状態を見かねたのか、苦々しい表情を浮かべたままのアビスモが二人の間に入るように立つと、オノールの顔を気の毒そうに見て無言のまま首を横に振った。


「鎧の女…嫌なら断っていいぞ。そうしたらルリジオの記憶を魔法で抽出してお前のレプリカが異世界で作られるだけだ」


「え…」


「銀の鎧の君、どうかな?悪い話ではないと思うのだが…。今から城に戻って君の本体の胸部についているであろう素晴らしい双丘の丘を検めてもいいけどね」


「接続を切る。この仮初の体は持ち帰るがいい。では…俺様は戻るぞ。英雄殿たち、勇者の手助けご苦労だった」


 ルリジオの言葉がダメ押しだったのか、オノールは引きつった表情のままそう言い残して目を閉じた。

 目を閉じた後のオノールは、糸の切れた操り人形のように脱力するとそのまま崩れ落ちるように倒れる。

 オノールの体を抱きとめたルリジオを見て、アビスモが何度めかわからないため息をつくとちょうど彼らの背後に蒼い光の粒子が漂い始める。


 音もなく現れた扉を開いた二人は、ナビネの飛んでいった方向を一度見て、扉の中へと入っていく。青い扉がパタンと音をたてると同時に、高台にポツリと現れた異物である扉は瞬時に消えて、殺風景な岩山だけの景色に静寂が訪れた。

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