第12話 輝く衣と鮮やかな花弁

「スコル、今回も君のおかげで助かった。ありがとう。

 だから、お礼をもらうのなら君のためになるものをって思ったんだ」


 手に持っている糸を広げたしのぶが目を閉じると、彼の手には光が満ちてくる。

 光に浮かされた糸たちが踊るように動き出したかと思うと、彼の手には白っぽい、けれども角度を変えるとうっすら橙に輝く美しい布が広げられていた。

 楽しそうな顔をして布を広げた信は、驚いた顔をしているスコルを見て微笑む。

 ジレニレスたちの生まれてきた繭から創り出された布は、微笑んだ信の手の中の光りに再び包まれて形を変えていく。

 ふわっと浮いていた光から現れた布が重力に再び捉えられて落ちる前に、信はそれを手で受け止める。

 光が消えて、信の手の中にあったものが見えてくると、スコルだけではなく、その場にいた全員が感嘆のため息を漏らすのが聞こえた。

 美しくきらめく何枚かのサーコートと、マント、そして一着のシンプルな造りの小さなチュニックが彼の腕の中にあったからだ。

 出来上がった服を抱えた自分を、ジレニレスの肩の上からじっと見ている存在に気が付いた信は、視線の方を見てニコニコとしながら声をかけた。


「君の花も仕上げに使わせてくれないか?お礼はちゃんと用意してあるから」


「も、もう!仕方ないわね」


 信にチュニックを見せられたマグノリアは、嬉しそうな様子を隠そうともせずにそういうと、ピョンとジレニレスの肩から飛び降りる。

 足代わりに使っていた蔦がないマグノリアは、うまく苞葉を使って歩いてくると、スカートのようになっている腰の花弁を数枚ちぎって彼に手渡した。


「いい色だ。ありがとう」


 信の手に渡った桃紅色の花弁は、一瞬光に包まれたかと思うと桃紅色の粉に変化して彼の周囲にふわふわと漂い始めた。

 信の指先が、指揮をするように動くと、手に持っていた幾つかの服に花弁色の粉はまとわりつき、あっというまに彼の持っていた服のいくつかが綺麗な桃紅色に染め上げられた。


「君は、腰に素敵なスカートを身に着けているからこっちのほうが似合いそうだね」


 マグノリアと目線を合わせるように屈み込んだ信は、彼女の手に仄かに輝く布で出来たチュニックを渡す。

 彼女は頬を赤らめてニッコリと笑うと早速チュニックを頭から被って着てみせる。


「思ったとおりだ。

 細身ながらボリュームのあるその胸部の頂点からスッと落ちる布…まるでテントのようにも見えるラインがスマートな腰回りを隠していて想像を掻き立てる…。

 緑がかったみずみずしい肌と白い布…君のおっぱいの下に住んだとしたら、まるで草原か花畑の中でキャンプをしているような晴れやかな日々を過ごせるに違いない…」


「なにをいっているのかはよくわからないけど、褒められてることだけはわかるわ。ありがとう英雄さん」


 首を傾げながらも、目の前でにこにこしながら早口で捲し立てている信にマグノリアはちょこんと頭を下げて礼を言った。

 信は彼女の言葉を聞くと満足そうに頷いて、立ち上がる。


「あと…怪我させちゃってごめんなさいね」


 自分に背を向ける信に対してマグノリアは小さな声でそういった。

 一度振り向いて、信が自分に対して微笑んだのを見ると、マグノリアはホッとしたような顔を浮かべてジレニレスの肩の上へと戻っていく。


「それで…えーっと、スコルは…これどうしたらいいかな」


 信が、鼻の前に立って自分を見上げていることに気が付いたスコルは、彼に少し濡れた鼻先を押し付けると「待ってろ」と小さく呟いた。

 スコルが変身する時に集まってきたものと同じ黒い靄が現れたかと思うと、靄はどんどんと部屋の外や地面の下に染み込むように消えていく。

 小さくなっていった靄の中からは、一糸纏わぬ姿のスコルが姿を現した。


「きゃ…スコルさん…」


「しっかりとした骨格についた程よい筋肉…うっすらと割れた腹筋…。そしてなにより大きい乳房を支える肩から胸にかけての筋肉…おかげでしっかりと下乳は持ち上がっていて綺麗な釣鐘型になっている…。

 美しくも控えめな乳首を頂点として極上の絹で作られたテントが張られるのかと思うと今からドキドキが止まらないよ。

 灰褐色の大地に寝そべって空…いや絹の服のテントを見ながら眠りにつくんだとしたらどんなに幸せだろう…。しかも時々毛皮のふかふかとした肌触りも楽しむことが出来る…。

 でもそうだな…ガーディナに戻ったらベルトと…そうだな…コルセットの材料も買ってもいいかもしれないな」


「褒めてもらってるところ悪いんだけど、流石にこの格好のままってのはあたしも恥ずかしいんだが」


 スコルの姿を見て思わずソフィーは思わず目に手を当てて顔を赤らめた。

 そんなソフィーを気にもせず、顎に手を当てたままそんなことを呟く自分に苦笑いをしているスコルに気付いた信は、慌てて彼女にサーコートを一着手渡した。


「とても似合うよ。

 今回の服は袖を無くして脇下の部分を大きく開けてみたんだ。腕を動かしやすいようにってのもあったんだけど…これは大正解だな。

 横からうっすら見えるおっぱいのはじまりが時々見えて、そして動くたびに見える範囲が違うのがすごくいい。これを見続けるためにずっとスコルの横にいたいくらいだ…。

 こういうゆったりした服もとても似合うけど、次になにかを作る機会があったら今度はその素晴らしい身体のラインを活かすようなものも作れたらいいな…」


「横が見えてるのがいいのか?谷間はダメなのに?」


「谷間も場合によっては見えると嬉しいんだけど、あくまでも見えるのが良いのであって見せられるのは違うんだよ。

 脇下の部分も同じで見せられるんじゃなくて見えるのがポイントであってだな…」


「ともかく…ありがとな。

 あんな姿を見せたのにまだ一緒にいてくれるとは思わなかった。それにずっと横にいたいなんて…その」


「なぁなぁ!その余ってるのはもしかしてオイラにか?」


 割り込むように自分の目の前に飛んできたナビネの首に、信は笑いながら桃紅色のマントを巻いてやる。


「あ。そうそう。普段は首に巻いておけるしいいかなって」


 嬉しそうに飛び回っているナビネの頭を撫でた信は、サーコートをちょうど着終わったスコルの横にそっと立った。


「どんな姿になったって、スコルはスコルだろ?一緒にいるに決まってるだろ。

 さ、ガーディナに戻ろう」


信はスコルの肩をポンと叩くと、ナビネとマグノリアたちと談笑しているソフィーの方へと振り向いた。なので、真っ赤になった顔を両手で覆っているスコルのことには気が付かなかった。

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