第11話 光る繭と大地の女神

「いやぁ…壮観だなこりゃ」

「魔力たっぷり栄養満点の葉っぱ…これでなんとかなるといいんですけど」


 女神降臨の間の奥に生えている巨大な樹木の葉っぱをモリモリと食べて、どんどん大きくなる芋虫たちを見てスコルが楽しそうにいうと、後ろからやってきたソフィーは胸元に手を当てながら不安そうな表情で芋虫たちを見つめる。


「もうううう!なんなのよ!やめさせなさいよ」


「すみません…どこかへ移動させられたみなさんを呼び戻しただけなので…私に命令権はないんですよ」


 ところどころ欠けた大輪の花の中から現れたマグノリアは泣きそうな顔で訴える。どうやら攻撃の意志はもうないらしい。


「よび…もどし…」


「女神とその眷属は、殺されたとしても元の世界…つまり天界や異界に帰るだけで本体は死なないんです。

 なので、今回は天界に戻ってしまった大地の女神様を芋虫を触媒にして呼び戻し、魔力を蓄えた葉を食べることで元の姿に…」


 ソフィーによる解説を聞いたマグノリアは真っ青な顔をその場にへたりこむが、その間にも芋虫はどんどん葉を食べ大きくなり、馬くらいの体高になった幼虫たちが枝を齧り始めたり、思い思いの場所に繭を作り出していた。

 彼女の本体である大きな樹木を繋いでいる蔦も大きな芋虫にかじられ、腰元の大輪からは蔦が2本だけ頼りなく伸びているだけになってしまっている。

 ついにマグノリアは、まるで子供のように「死ぬのはいやぁ…」と泣き出してしまった。


「私は月の女神様に神殿で遊んでこいって言われただけなのにぃぃ」


「あらあら…泣き虫さんねぇ。わんぱくな子がいるとダヌから聞いていたけれど…貴女が私達の神殿を奪ったのね」


 少し光を帯びた繭が割れて橙色の光が放たれたかと思うと、どこからか優しげな女性の声が聞こえてきた。

 身体を竦ませて辺りを見回すマグノリアのすぐ後ろに、橙色の輝きを放つ蝶が集まってきたかと思うと、蝶たちは光を放ちながら固まり、その光が人の形になっていく。


「ジスレニス様…」


 橙色の長い豊かな髪をした女性が光の中から現れると、ソフィーは片膝を立てて跪いて祈るようなポーズをしてみせた。

 ジレスニスと呼ばれた女性は淡い緑色のドレスを揺らしながらソフィーに微笑むと、目の前にいるマグノリアの頭にそっと手を乗せる。


「まぁ、少し痛かったけれど、森の綺麗な草花は全部私の愛しい子よ。命まで取って食いはしないから安心なさい。

 でも、あなたが私達から奪った魔力は返してもらうわよ」


 マグノリアにほっとしたような顔をして見上げられたジレスニスは、彼女の目に溜まっていた涙を指で拭ってやると小さくなったマグノリアを抱き上げて肩に乗せた。


「あなた達もご苦労様でした。

 私の信徒の手伝いをしてくださったこと、感謝致します」


 深々と頭を下げて、春に咲く花のような可憐な色の唇の両端を上品に持ち上げて笑っていたジレニレスだったが、スコルを見ると目を丸くして驚いたような表情を浮かべる。


「あら…闇の眷属がヒトの子といるなんて珍しいこと。

 ダヌが言っていた面白いことっていうのはこのことだったのね」


「ダヌ…先程あった常春の国ティル・ナ・ノーグからの来訪者がジレニレス様となにか?」


 グルル…と唸るスコルを信が宥めて、ソフィーが慌ててスコルの話題から話をそらそうとダヌの名を出すと、ジレニレスはハッとしたような顔を浮かべて目を左右に泳がせた。


「…あ、こっちの話よ。百年くらい休暇なんてもらっちゃおうかなーなんて思ってないわよ?大丈夫大丈夫。

 さて、このイタズラっ子のアルラウネの暴走を止めてくれた英雄になにかお礼をしたいのだけれど…」


 ソフィーとジレニレスに見つめられているのに気が付いた信は、自分を指さしながらとぼけた顔をした。


「そうだよお前だよ英雄殿」

「これでオイラたちも箔がつくな」


 スコルとナビネに囃し立てられた信は、コホンと恥ずかしそうに咳払いをする。

 信を乗せたままのスコルは、ジレニレスの前に進み出た。そして、彼とジレニレスが視線を合わせやすいように腹ばいになって寝転がる。


「さぁ、貴方の願いを聞かせて頂戴。

 そうねぇ…やっぱり殿方の願いといえば絶世の美女をモノにするとかなのかしら?

 さっきからじっと見ているものね。私の胸。

 気になる?坊やは綺麗な顔立ちをしていることだし、私が欲しいというのなら一晩だけなら…この乳房に溺れてもいいのよ」


 ジレニレスが妖艶に微笑みながら信に近付いてふわふわとした柔らかな素材で出来ているドレスの胸元に指を入れて引っ張ってみせる。

 そのまま前に屈み込んで谷間を見せつけるようなポーズをするジレニレスに対して、信は彼女の谷間ではなく目をしっかりと見つめた。


「その谷間をしまってくれ」


「え?」


「いや、あなたのその素晴らしい乳房を否定するつもりは一切ない。それに形、ボリューム、質感と素晴らしいことは触らなくてもわかる。

 そうですね。その豊かな乳房をやんわり包み込んでいるその柔らかくて軽そうな服の素材、その上から貴女の乳房に顔を埋められたら至高の幸せに包まれるのかもしれない…しかし…」


 早口で意味不明なことを言われて面食らっていたジレニレスだったが、信が言葉に詰まりながら後ろの狼の姿のスコルに視線を送ったことに気が付く。


「破れても簡単に元に戻る素材か、伸縮自在の素材はないだろうか」


「…ああ、なるほどね。

 それなら、ちょうどいいものがあるわよ」


 顎に手を当てながらそういった信の思惑を理解したジレニレスは、先程まで意味不明な言葉を前にして怯えていたような表情から安心したような表情へ変わっていく。

 微笑んだジレニレスが指をぱちんと鳴らすと、部屋の所々にある繭がふわふわと浮き出して、ゆっくりと一本の糸になっていく。

 光によってオレンジにも見えれば白にも見える不思議な色合いの美しいキラキラとした糸は、あっと間に魅惑的な輝きを放つ束になって信の目の前にふわふわと運ばれてきた。


「ありがとう」


「え?そ、それでいいんですか?糸?」


「これでいいんだ」


 首を傾げているスコルとナビネ、そして慌てて自分に駆け寄ってくるソフィーに、信はニコリと笑って答えた。

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