第3話 小さな相棒

「よお!あんたがシノブってニンゲンか?

 女神サマから言いつけられたのはオイラだ」


「すごい…。ちっちゃいドラゴンだ…。

 俺、本当に異世界に来たんだな…」


 自分に話しかけてきた小型犬ほどの大きさの子供の絵本やアニメに出てきそうな可愛らしいドラゴンを見たしのぶは思わず顔をほころばせて、目の前で羽ばたいて浮いている生き物の頭にそっと触れる。


「オイラをトカゲ呼ばわりしないでちゃーんとって言ったことに免じて、太陽の女神ミトロヒア様 の眷属であるオイラを気安く撫でてたことは許してやる!

 オイラはナビネ。あんたにこの世界を案内するように言われてきたんだ」


 羽根を羽ばたかせて空を飛んでいるナビネは身体を起こし、二足歩行の人間がするように胸を張ってエヘンとでもいいたげな顔をした。


「あんたが女神から受け取った力は、邪な生き物を焼き払う聖なる炎の力…そして鍛冶の力。

 ミトロヒア様は生命、豊穣、温暖および健康の女神であり、この世界に太陽を作ったんだ」


「鍛冶の力だけは使う機会はなさそうだな…おっ!本当に指先から炎が出た。すげー」


 ワクワクとした表情で人差し指を立てて自分の指先から小さな炎がチロチロと灯っている様子に換気しているしのぶを見て、ナビネは更に話を続ける。


「このあたりはミトロヒア様の加護の影響もまだ濃いから強い魔物はいないし、道すがら弱い魔物でも倒して魔法の練習もできるはずだ。

 さっそく、これに着替えて北に向かうぞ」


 ナビネに手渡された麻袋に入っていた上品な橙色のチュニックと白っぽいズボン、そして太陽を模した紋章のような模様が描かれた革で出来た胸当てを身に着けたしのぶは、黄金の装飾を施された空色の鞘の剣を手にして、神殿の出口から一歩踏み出す。


 目の前にひたすら広がる岩と、頬に吹き付ける乾いた冷たい風、そして以前の世界と同じように見える太陽の光に目を細めながらしのぶがさらに二、三歩進むと背後からゴゴゴゴと重いものを引きずるような音が響き、神殿の入り口が完全に閉じた。


「さて、山を下るとリーワースって村があるはずだ。

 まずはそこまで向かおうぜ」


 驚いているしのぶを他所に、神殿に戻れなくなったことなど気にしていないというような感じで呑気にパタパタと羽根を羽ばたかせて前へ進むナビネを見たしのぶは、頼もしい小さなドラゴンのあとを追うように小走りになってそれに続く。

 その表情は、新しい世界と、新たな自分への期待に満ちているかのような明るいものだった。


※※※


「うっそだろ?今までの勇者たちはもっと強かったぞ!

 こう!ズバーっとその剣を抜いて振ったらちょっと強いくらいの魔物も一撃で…」


「俺だってよくアニメとかで見るチートレベルの能力だと思ってたよ!全然ダメ!無理!

 ナビネだって小さいとはいえドラゴンなんだろ?アレやっつけられないのか?」


「無理だ。

 オイラがミトロヒア様から授かってる能力は豊穣と健康の側面だけだから…回復とか支援専門なんだよ」


 木々が生える緩やかな下り坂を勢いよく駆けおりながら、慌てた様子で言葉を交わす二人の後ろには灰色の岩のようにゴツゴツした背中を持つ牛ほどの大きさの亀のような魔物が木々をなぎ倒しながら彼らを追いかけるように進んでいる。

 魔物の名前は岩喰亀。縄張り意識が強く、外敵を発見すると執拗に追いかけてくる魔物で、腕試しにちょうどいいと言われたしのぶは、その言葉を鵜呑みにして岩喰亀の背中を手にしていた剣で斬りつけた。

 2人の予想に反して、剣はガキッと嫌な音を立てて弾かれ、傷一つ付いていない岩喰亀によって長い時間追いまわされているのだった。


「行き止まりだ」


「一か八か…やるしかないか」


 けもの道をなんとか走って下っていた二人だったが、渓流に辿り着いてしまい激しい川の流れを目の当たりにして足を止める。

 背後から迫りくる岩喰亀をなんとか迎え撃つべく振り返って剣を構えるも、剣の心得がないしのぶは頼りなさげに鈍く光る剣先を揺らした。

 足音が響き、目の前にある大木をなぎ倒し、怒り狂った岩喰亀の顔が現れる。それと同時になんとかしのぶは岩喰亀の無防備に見える頭に剣を振る…が、しのぶの奮闘も空しく、頭に当たった剣は無情にも岩を殴ったような音と共に弾かれ、その反動で彼はその場にしりもちをついた。


「シノブ逃げろ!」


 ナビネの声も空しく、立ち上がることもままならないしのぶを、岩喰亀が持ち上げた象のような前足で踏みつぶそうとしたとき、サッとしのぶと岩喰亀の間になにか影のようなものが落ちてきた。

 バシャっという音と共に、金属を叩いたような澄んだ音が響いたと思うと、目の前の岩喰亀が真ん中から真っ二つに分かれ、血を吹き出しながら渓流の砂利の中に倒れる。

 岩喰亀から飛び散った血が顔に数滴掛かったことも気が付かないくらい唖然としているしのぶに、先ほど落ちてきた影の主らしき人物は手を差し伸べた。


「大丈夫か?」


 岩喰亀を一刀両断にしたのであろう血まみれの大きな湾曲した片刃の剣を担いでいるのは、星一つない夜空のように真っ黒な髪と、灰色がかった肌を持つ不思議な女性だった。

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