[2] 漸進

 南方軍集団はブダペストに対するソ連軍の両翼包囲を避けるべく、11月5日までに防御陣地を構築していた。ドナウ河東岸で市の外縁から三重に連なる陣地線「アッティラ」と、ドナウ河西岸で市からバラトン湖まで延びる陣地線「マルガレーテ」である。

 第2ウクライナ正面軍は11月から数度に渡って陣地線「アッティラ」への総攻撃を繰り返したが、補給不足と将兵の疲労が重なり、この陣地を突破できなかった。ハンガリー軍の将校が突撃の結果、鉄条網に絡まれて死亡した赤軍兵士の様子を次のように記している。

「その若い兵士は頭を丸刈りにし、モンゴル人風に頬骨が尖っており、仰向けの姿勢で横たわっていた。口だけが動いていた。(中略)私は腰を曲げて、男にそっと耳を寄せた。臨終の彼は、小声で言っていた。『ブダペスト・・・ブダペスト』と」

 ブダペストの近郊で堅固な陣地に苦戦を強いられた第2ウクライナ正面軍に対して、その南方を進撃する第3ウクライナ正面軍は11月に入り、ようやくブダペスト南方のドナウ河流域までの進撃を果たしていたのである。

 10月27日、第3ウクライナ正面軍はユーゴスラヴィアの首都ベオグラードを解放した。第4親衛軍(ガラーニン中将)と第57軍(ガーゲン中将)がソムボル付近でドナウ河を渡り、12月3日までにブダ南西のバラトン湖に達した。

 11月7日、第57軍はバラトン湖の南東でドナウ河の渡河に成功し、3か所で橋頭堡を築いた。ハンガリー第3軍は第3ウクライナ正面軍の進撃に対応できず、第3ウクライナ正面軍は12月2日にはブダペストからドナウ河に沿って約50キロ南に位置するドナペンティエレまで進出した。

 この情勢を見たモスクワの「最高司令部」は、第2ウクライナ正面軍に与えられていたブダペスト攻略の任務を第3ウクライナ正面軍と分担させる方針に切り替えた。両正面軍の調整官としてティモシェンコ元帥が前線に派遣された。

 12月5日、第2ウクライナ正面軍は南北からブダペストを包囲する攻勢に出た。第6親衛戦車軍とプリエフ機動集団を北翼から前進し、第2親衛機械化軍団(スヴィリドフ中将)がドナウ河北岸の橋頭堡からブダペストの南方に進んだ。

 第6親衛戦車軍とプリエフ機動集団はドナウ河北岸の丘に進出したが、ブダペストの包囲には失敗した。第2親衛機械化軍団の進撃も、バラトン湖とブダペストの中間にある陣地線「マルガレーテ」に阻止されて身動きが取れなくなった。

 ソ連軍の攻勢が停滞していた時、陸軍総司令部は南方軍集団に2個装甲師団(第3・第6)を派遣し、ブダペスト周辺の戦況を回復させようとした。しかし、どの戦区に装甲部隊を投入することが最も効果的なのかという問題が発生した。北翼(第6親衛戦車軍)に対してなのか、それとも南翼から脅かしつつある第3ウクライナ正面軍の先鋒に対してなのか。この問題について、陸軍総司令部と南方軍集団の間で論争が惹き起こされた。

 結局、南方軍集団司令官フリースナー上級大将は妥協案を採用した。北翼に対しては装甲師団に麾下の歩兵部隊を送り、南翼では長い防衛線を保持するために掩護の歩兵をつけずに装甲部隊を派遣した。しかし、南方軍集団の局地的な反撃はドナウ河東岸の起伏の多い荒地を進む第2ウクライナ正面軍の進撃を食い止めることが出来なかった。

 12月20日、第2ウクライナ正面軍は第7親衛軍に支援された第6親衛戦車軍とプリエフ機動集団が北方でドイツ軍の陣地を突破し、同月27日にはドナウ河西岸のエステルゴムに到達した。第3ウクライナ正面軍の第4親衛軍と第46軍はゴルシコフ機動集団の支援を受け、陣地線「マルガレーテ」を突破して北西からエステルゴムに突入した。

 12月24日、ブダペストの西方で北上を続けていた第3ウクライナ正面軍の第18戦車軍団はエステルゴム付近でドナウ河を渡り、対岸を確保していた第2ウクライナ正面軍の第6親衛戦車軍と合流を果たした。この合流により、ブダペストを実質的に包囲することに成功した。

 この報せに激怒したヒトラーはブダペストを包囲された責任から、南方軍集団司令官フリースナー上級大将と第6軍司令官フレッター=ピコ大将を罷免した。後任の南方軍集団司令官には第8軍司令官ヴェーラー大将が昇格し、第6軍司令官にはバルク大将が就任した。

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