第9話 人食い廃墟-5 合流

 樹が発見したのは“人骨”であった。

 人間の“頭蓋骨”である。


 本物か偽物かはわからない。

 ただソレを見つけた直後に響いてきたユリの悲鳴が、樹を駆り立てた。


 人骨、そして悲鳴。

 それらから連想される最悪の結末――


 不審と不安が湧き上がる。

 仲間の無事をまっさきに確認しなければと心が急(せ)く。


 樹が走るとともに、古い床はけたたましい鳴き声をあげる。

 さきほどまで不気味に感じていたその音さえも今はもう気に留めず、ただ廊下を走り戻った。


「無事であってくれよ……!」


 ユリらと別れた分岐路まで戻ってくる。

 そのまま彼女らが進んだ廊下へと躊躇なく飛びこんだ。


 ほどなくして懐中電灯の光が人影をとらえた。

 二つの人影は寄り添うようにして床にうずくまっている。


 樹はおもわず声をあげた。


「ユリ先輩! 未來先輩!」


「い、樹ぃ……」


 ユリは腰がくだけたような体勢で弱々しく樹に応えた。

 普段からずっと活発な彼女が見せる弱々しさに、ただならぬ雰囲気を感じとる。


「樹くん……」


「未來先輩! いったいなにがあったんですか!? 幽霊……あるいは妖怪ですか!? 未來先輩でも敵わない相手なんていったいどんな……!」


「あれよ……」


「……っ!」


 未來は廊下のさらに奥を指差す。

 樹はとっさに電灯をそちらに向けた。

 ユリと未來を膝から崩れさせた敵の存在を確認――


「にゃーお」


「……にゃーお?」


「ひぃぃぃっ! ネコおぉぉぉ!」


 ネコだった。

 猫である。


「あれのせいで私たちはこうなったの」


「あれが!? まさか化け猫……!」


「猫よ。一歳そこらの野良ちゃんだわね」


「えぇ……」


「よいしょっと」


 未來は服についた埃をパッパッと手で払いながら、ゆっくりと立ち上がった。


「うぅっ……」


 ユリはあいかわらず床にうずくまったままだ。


「あの……」


「ああ、ユリのことなら大丈夫よ。ネコに驚いただけだから」


「えぇ……」


 樹はまずは彼女らの無事に胸をなでおろす。


 しかし状況が飲み込めないまま、ユリと未來の顔を交互に見合わせるのだった。



「しかたないだろー! ネコは昔噛まれて以来、大ニガテなんだよぅ〜」


 樹に肩を貸されることでようやく立ち上がったユリ。


 その脚は子鹿のようにふるえ、目は涙でうるんでいる。

 先日見せた嘘泣きとは違って、今回はガチ泣きのようだ。


「撮影しながら廊下を歩いてたところ、野良猫に驚いて尻もちついたと」


「私はその巻き添えですわ」


 うずくまる二人の真相――

 それはカメラのフラッシュにより飛び出してきた野良猫に驚き、ユリが尻もちをつく。

 未來がユリの意図せぬラリアットを受け、道連れのような形で二人は床に倒れこむ――といったものだった。


「なんとまぁ……なんとまぁ……」


 なんとも言えない樹。

 自分の心配はなんだったのかと、ため息とともに張り詰めた空気をドッと吐き出した。


「……でも無事でよかったですよ。それだけは本当に安心しました」


「それに関してはさすがに私も謝るよ。ごめん」


「いやホント何もなかったならいいんです」


「ネコはいたけどね」


「悪霊じゃなかったならなんでもいいですよ……あっ」


 樹は一息つき、ふと思い出したように声をあげた。


「どうしたの、樹くん?」


「そういえばさっきここに来る直前に、気がかりな物があったんです。物というか……モノというか」


 樹は少し言いよどむ。

 “あれ”を言葉に言い表すのは躊躇われたからだ。


 あれ――白い“あれ”。


「“骨”……っぽいものがあったんです」


「骨?」


「“人の頭蓋骨”っぽいものが……いや! 勘違いかもしれないんですけどね!」


 樹は変な空気にならないよう、フォローするように付け加えた。


「さっきの野良猫見て思ったんですが、たぶん野良猫とか犬の骨を見間違えたんじゃないのかなって……」


「にしても、確認してみるのが一番ね」


「えっ」


 未來はさらっと返事をした。

 “人骨”というおどろおどろしいワードを聞いても微塵も引いていない。

 芯が揺らいでいない。


「未來先輩さすがですね」


「なにがかしら? さぁ案内して。確認に行きますわ」


「よっしゃジンコツだ! オカルトオカルトぉ!」


「……ユリ先輩さすがですね」


 樹は二人の先輩にいろんな意味で圧倒されつつ、元来た道を振り返る。



 ――そして空気は一変した。

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