第8話 人食い廃墟-4 樹のひとりごと

 ぎっ、ぎっ、ぎっ。

 現実現代に似つかわしくない古びた音が辺りに響く。


 音だけではない。

 鼻をつく匂いさえも異質だ

 カビ臭さとはまた違うどこか品のある匂い。


 装飾品、壁紙、板の木目からなんにいたるまで。

 あらゆるモノが浮世離れしている。


 樹が洋館――洋風の古家に足を踏み入れたのは初めての経験である。

 その未踏の家屋に対して、昔やったホラーゲームや映画に入ったような気分を感じていた。


 第四の壁の向こう側のような世界。

 夢に思い描くままの空想の世界がそのままリアルに現れ出たような、そんな空間だ。


「この町にこんな建物があるなんてなぁ……」


 樹は感嘆にも近いつぶやきをこぼす。


「オカルト研究者の端くれとして、こんな不思議スポット見逃すべきじゃないだろ」


 樹は自らを戒める。


 樹は未知を好む人間だ。

 というより、未知に憧れている。


 オープンにアピールし行動するユリとは対照的であるが、

 樹も人一倍、未知・不思議が大好き人間なのである。


 気恥ずかしさもあり表には出さないでいたが、

 ユリが肝試しを提案したとき内心心躍っていたのは、他ならぬ樹なのだ。


 だからこそユリ未來と別行動、一人になった今がチャンス。

 絶好の機会とばかりに、嬉々として目を爛々(らんらん)と輝かせていたのだが――


「……開かない」


 ドアノブに手をかけ、“ここもか”と落胆した様子を見せる樹。

 ユリ未來と別れてここまで廊下を歩いてきて、脇にいくつか部屋を見かけた。

 しかしそのいずれもに鍵がかかっていて開かないのである。


 未來は“所有者の方は部屋も自由に使っていい、見ていい”と、

 部屋への入室も許可をもらったと言っていた。


「未來先輩はああ言ってたけど、まぁ防犯的にも鍵かけてるのが当然だよなぁ」


 残念だが仕方ないと肩を落とす樹。


「ゲームとかだと花瓶の中とか棚の隅に鍵が落ちてたりするんだけど……」


 樹は辺りを見回すも、目の前に広がるはただただ廊下のみ。

 壁に装飾は施されているものの、絵画といった“裏側に何か仕掛けがありそうなもの”も無い。


「それらしいものも無いしなぁ……ていうか、そんなところに鍵があったら逆に怖えよ」


 ここの廊下はとにかく簡素である。

 先に感じた通り、古い洋風の造りや匂いは異質であるが、それ以外は特に注視するべきものがないのだ。


 歩く者に対し進行を急かすような通路。

 現に樹は部屋の探索をすることもなく、どんどんと奥へと導かれていた。


 気づけばまっすぐだった道も途切れ、右折の角に差しかかっていた。


「……ゲームや映画ならここでビックリポイントなんだけども」


 あの角を曲がると突然幽霊が出てくるとか、

 ゾンビが襲いかかってくるとか、そういうシーンを思い浮かべる。


「現実はどうか……っと」


 樹は冗談混じりながらも、それなりに心構えをした。

 心構えをし、ゆっくり、ゆっくりと角を曲がる。


「……まぁ何もないよな。そうそう映画みたいに行くわけ」


 ――カツン。


「……っ」


 なにかを蹴飛ばした。


 石にしては軽い。

 ゴミにしては重い。


 懐中電灯の光に照らされ、視界の端に一瞬映った“白いモノ”。


 樹の頭のなかに、“あるもの”である予想が占めてしまう。

 自分が蹴飛ばしたこれは――


「いや……そんなわけが……」


 樹は信じられなかった。

 信じたくなかった。


 しかし確認しなければその先に進めない。


 懐中電灯の光がおそるおそる、蹴飛ばした“それ”ににじりよる。


 ゆっくり……ゆっくりと――


『きゃあっっっ!!』


「……っ!?」


 ひとり戦慄する樹のもとに、叫び声がとどく。


「あれはユリ先輩の声……!?」


 樹は即座に踵を返し、今来た廊下を引き返した。


 さきほど確認した“それ”への意識よりも前に、“仲間”の危機に走りゆく。


 ――この空間は何かがおかしい。


 その考えに頭が侵食されながらも、樹は走る。

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