第3話襲われた村

 青い空。白い雲。

 そして照りつける太陽。


「やっぱり海は良いわね! 潮風が気持ち良いわ!」


 はしゃぐ瀧姫に対して、俺は甲板に寝転びながら「ああそうかい」と適当に返事をする。


「なによ鬼童丸。船酔いなの?」

「ちげえよ。今更海ぐらいで気分が高まったりしねえ。ていうかこんな大きな船、どうしたんだよ?」


 改めて周りを見渡す。十数人の船乗りたちが忙しそうに働いている。まあ五十人くらいは余裕で乗れる大きな船を操るのだから当然だけれども。

 この巨大な船は瀧姫が創ったものだ。

 しかし創ったといっても非力な瀧姫に大工仕事ができるわけがない。奴は想像したものをなんでも現実にするという埒外な能力を持っているのだ。


 そういえば死んだ瀧姫の母親、竹姫さまが同じ能力を持っていたらしい。しかしめったに使わなかったと聞いている。

 そういえば、おやっさんが鬼と戦ったとき――名田川の戦いだったか――で能力を使ったと聞いているが、詳細は知らなかった。


 とにかく、瀧姫は巨大な船を創って伊予の漁師たちにこんな提案をしたのだ。


「この船を譲ってあげるから豊後まで連れてってくれない?」


 まあ豊後に送るだけでこんな立派な船がもらえるんだ。やらないわけがない。

 だからこうして俺が甲板に寝転んでも船乗りたちは何も言わない。言えるわけがない。


「それで、豊後に行ったらどうするんだ?」

「決まってるじゃない。南下して薩摩に行くのよ」

「本気で薩摩隼人に会うのか? ていうか九州がどんな土地か分かっているのか?」


 正気とは思えない考えに思わず疑問を抱いてしまう俺。すると瀧姫は「分かっているわよ」と何故か自慢げに言う。


「大陸の多大な影響を受けている、日の本で最も凶暴で、最も野蛮な地域でしょ?」


 そう。九州は日の本の西にある大陸に近しい。ゆえに日の本にあって日の本にあらずという言葉まである。

 あの鬼の総大将、温羅でさえ九州に鬼の軍勢を差し向けなかった。それほど危険な地域なのだ。

 京の都の武者は東国より弱い。しかしその東国の武者よりも強いのが九州の武者なのだ。

 そして猛者揃いの九州の中で最強とされているのが薩摩隼人なのだ。

 それをこの女は俺に戦わせようとしてやがる。はっきり言って頭がおかしい。


「ああ、一応注意事項を言っておくわ」

「もうすぐ豊後に着くってときに、どうして重要なことを今言うんだ?」

「嫌がらせよ」

「……幼馴染でなかったら殴ってたわ」

「半分冗談よ。それで今から言うことをよく聞いてちょうだい。九州人は結構矜持があって誇り高く、侮辱されるとすぐに怒るわ」


 血の気が多いんだな。俺は「分かった」と答えた。


「特に自分の住んでる土地を貶されたら、殺しにかかるらしいわ」

「土地を馬鹿にする? よく分からねえけど、気をつけるわ」

「最後に子供でも京の大人と同じくらいの力を持っているから注意して」

「なあ瀧姫。その情報は誰から聞いたんだ? まさかおやっさんじゃないよな?」

「本で読んだのよ。『九州来訪誌』って題名だけど」

「信用できるのか……?」


 瀧姫はにかっと笑って答えた。


「何とかなるわよ。さあもうすぐ九州よ!」


 あーあ、着いちゃったよ。

 せっかくの旅行なのに憂鬱な気分で、俺は初めて九州に上陸した。


 何度もお礼を言う船乗りたちと別れて、俺たちは船に載せていた馬にまたがり、とりあえず南に向かうことにした。


「なんだか野菜が食べたいわね」

「あー、魚ばかりだったからな」

「でしょ? 久しぶりに山菜汁を飲みたいわね」


 良いとこの出なのに味覚は庶民的なのは、おやっさんに似てるな。竹姫さまは結構高貴な感じがしたんだが。

 沿岸沿いを馬でとことこ走らせていると煙が見えた。周りは森に囲まれていて、なんとか道ができている程度だった。本当に人里があるのか疑問だったが、どうやら要らぬ心配だったようだ。


「良かったわね。村があるじゃない」

「そうだな……ん?」

「どうかしたの?」

「なんか嫌な臭いがするな」


 思わず顔をしかめると瀧姫は「相変わらず嗅覚が凄いのね」と感心したように言う。


「どんな臭いなのよ?」

「……木が焦げた臭い。そして――」


 たくさんの戦場で嗅いだ臭いを俺は言う。


「人間を焼いた臭いだ」

「――っ! 鬼童丸、急ぎなさい!」


 俺は馬を操り、獣道同然の街道をできるかぎり早く駆け抜けた。

 森を抜けて開けた場所に出た。


 そこで見たものは――戦場だった。

 高い柵がずらりと村を囲んでいる。村人は弓矢で襲い掛かる者たちを撃退している。

 村人たちの錬度は高い。次々を敵に命中させている。

 しかし襲い掛かる者たちは弓矢に怯んでいなかった。

 死を恐れていないのか?

 それは違う。奴らには弓矢は効かなかった。

 何故なら、奴らは人間じゃなかったからだ。


「あれは――人狼ね」


 人狼。まあ確かにそうだろう。二足歩行する狼なんて見たことがない。

 人狼たちは矢を避けたり払ったりして、村へと近づいている。中には破壊槌を数体で持つ者もいる。

 明らかに訓練された化け物だ。


「瀧姫、どうする?」

「……人狼は一匹の宿主を倒さないかぎり、どんどん増え続けるわ」

「よく分からねえけど、宿主を殺せばいいのか?」

「探している間に柵は壊されるわ」

「ならどうする?」


 瀧姫は戦場を指差した。


「とりあえず人狼たちを追い払って。村人に話を聞く必要があるわ」


 瀧姫は意外と困っている人間を助けたがる。同時に自分が不要と思ったものは捨てる悪癖もある。

 今回は戦っている村人を不要と思わなかったのだろう。


「委細承知。瀧姫、ここで待っててくれ」

「あ、一応人狼は殺さないでね」


 俺は手をひらひらさせて「分かったよ」と言う。

 どうして殺してはいけないのか。まあ瀧姫のことだ、何か考えがあるのだろう。


「よっしゃ。それじゃあ行ってくるわ」


 戦場と化した村に駆け出す。とりあえず人狼と戦わないとな。


「うおおおおおおおおおおおおお!」


 大声を出して村人と人狼の注目を集める。そしてこっちを睨み、歯をむき出しにした人狼――おそらく威嚇したんだろう――をぶん殴る。

 殺しちゃ駄目って言われたから徒手空拳だ。鳴狐は使わない。


「駄犬がいっちょ前に吼えてんじゃねえぞ! オラァア!」


 殴って気づいたことが二つある。

 一つはあまり痛がらないことだった。ほとんど効いていないらしい。

 そしてもう一つは、俺より弱いということだった。

 とりあえず殴ったり蹴ったりしてるけど、なかなか倒れない。けど向こうの攻撃は俺には効かない。


 こりゃあ根競べだなと思っていると「あおぉおおん」と遠吠えが聞こえた。

 すると人狼たちはどんどん引いていく。

 どうやら退却の合図らしい。


「鬼童丸、追わなくていいわよ!」


 瀧姫の声に従って俺は追わなかった。

 これからどうしようか考えていると、村の門が開いて、村人が数人現れた。

 体格の良い、屈強な男たちだった。その内の一人が「お前は何者だ?」と訊ねてきた。


「人狼相手にあの立ち回り。只者じゃないな」

「まあな。それよりなんなんだ? あいつらは?」

「待て。その場を動くな」


 話している奴以外は俺に弓矢と刀を向けている。


「敵ではないようだが、味方かどうか判断しかねる。悪いがこのまま話をさせてもらう」

「いいけど、お前らじゃ俺は殺せねえよ」


 村人たちに緊張が走る。


「それからここに来る小柄な女は俺の友人だ。あまり乱暴なことをしてくれるなよ」

「……大した度胸だな」


 俺はその場に座って考える。

 なんか面倒なことになっちまったなあ。

 瀧姫と一緒に居るといつもこうだ。

 分かっていたはずなのにな。

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