第2話十五人の山賊

 とりあえず俺たちは豊後水道から九州に渡るために伊予に向かった。その際、どうせなら寺巡りでもしましょうよと瀧姫は言ったが却下した。寺に行っても坊主の説法を聞くだけでつまらねえだろ。


「信心がないわね。いい? 信じる者は儲かるのよ?」

「それは漢字の覚え方だし、儲かることを考える時点で信心はねえだろ」


 金には不自由したことのないお嬢様のくせにどことなく吝嗇だったりする。この前茶屋でお茶を飲もうとしたら「家に帰ればタダよ。そんなもったいないことしないの」と止められた。ケチくせえ。


「お金は大事よ。人間、衣食足りて礼節を知るって言うけど、お金がなかったら何もできないのよ」

 そんな瀧姫だが、どうして旅に出ようだなんて言い出したのか。まったくの不明だ。

 俺たちは馬に乗って山道を駆けている。時刻は昼時。俺が前で瀧姫は後ろだ。最近は山道を馬でも通れるように整備されている。これもおやっさんや翠羽さんの考えに基づいたことだろう。まったく二人には頭が上がらない。ただし蒼牙さん、あんたは俺を解雇したからもう尊敬はしない。


「そういえばここらへんは山賊が出るらしいわよ」

「やめろ。噂をしたら出てきそうじゃねえか」


 そう言いながら周りの地形を見る。両端は木々があり、山賊共が隠れやすい。見張りも同様だ。だから気持ち急いで山道を駆けようとしたのだが――

 馬の足元目がけて、矢が数本飛んできた。


「うおおお!?」


 馬が驚いて前足を高々と上げる。瀧姫は何故か腰に掴まるのではなく、首を思いっきり絞めてきた。ぐええ。

 呼吸困難と馬を静めるのに悪戦苦闘していると、いかにも山賊ですという風貌の人間がぞろぞろと山道に出てきた。


「うわあ。まさか本当に出てくるとはね」

「た、瀧姫、苦しい……!」

「あ、ごめんなさい。つい悪戯心で」


 パッと手を放す瀧姫。

 ……悪戯心? 


「悪気があったのか!」

「そんなことより、なんとかしなさいよ」


 しれっと話をすりかえられた気がするが、まあいい。後で話をしよう。

 えーと、数えると十五人はいるな。


「なんだお前ら。二人とも美形じゃねえか。兄妹か何かか?」


 頭目らしき男がからかうように言う。そして追従するような笑い声。


「まああんたらよりは見た目はいいだろうけどな。なんだその格好は。いかにも山賊ですと言わんばかりじゃねえか」

「そりゃそうだ。俺らは山賊だからな」


 そう言って刀を抜く頭目。他の山賊も刀や弓を構えた。


「生憎、金目のものはないぜ」

「あるだろうが。そのご立派な刀とか綺麗なべべとかよう」


 べべとは瀧姫の着物ことだ。こいつらこんな子供にも色欲が湧くのか? 信じられねえな。


「……何か失礼なこと考えてない?」


 怪訝そうに訊ねる瀧姫。勘が鋭くて怖いな。


「考えてねえよ。それでどうする?」

「決まっているでしょう。言わせないでよ」


 瀧姫は冷え切った声音と冷徹な瞳で俺に命じた。


「全員殺しなさい。逃がしちゃ駄目よ」

「……了解」


 俺は馬から下りた。馬上での戦いは苦手だからだ。


「はっ。俺たちに勝てると思っているのかよ? この人数で?」


 山賊共は大笑いをした。ま、確かに普通の人間なら無理だよなあ。


「背丈はでかいようだけどよ。まともな人間なら逃げの一手だぜ? それをまあ――」


 頭目の言葉が終わる前に俺は鳴狐を何気なく抜いて、まるで散歩をするような気軽さで山賊の一人に近づき――


「そんじゃまあ、山賊退治するか」


 そう言って、山賊を一人、一刀の元に斬り捨てた。


「――っ! なんだと!?」

「悪いけど、『まともな人間』じゃねえんだよ」


 山賊共が思考停止している隙に、隣に居た奴を袈裟切りで殺す。これで残りは十三人となった。


「ちくしょう! おい野郎共、こいつを殺せ!」


 月並みな台詞を頭目が叫ぶと刀を持った五人がこっちに向かってくる。


「瀧姫が全員殺せって言ったから、容赦はしねえよ」


 二人が同時に斬りかかってくる。しかし連携が取れてない。呼吸を合わせずに各々が勝手に攻撃してくる。

 一歩下がって間合いから離れると、案の定、空振りをして前のめりになってしまう。一人は刀が地面に突き刺さっている。

 俺は地面から刀を引き抜こうともがいている山賊を後回しにして、片方の山賊の首を目がけて刀を振るった。首は天高く刎ね飛び、胴体からは大量の出血。

 そして臆してしまった三人に突撃する。おやっさんには劣るが、素早く三人を一撃で屠り、ようやく刀から手を放した山賊の喉元を後ろから貫く。

 刀を山賊から抜いたと同時に撥ねた首が落ちてきた。それを片手で受けとって、こちらを矢で狙っている山賊に思いっきり投げつけた。

 人間の頭は結構重い。それをまともに食らったものだから、衝撃に耐え切れずに後ろに倒れこむ。


「残りは七人か……」


 呟いて残りを確認しようとする。手下の六人は刀を構えているが震えている。問題にならないな。

 さて、頭目は――


「この化け物め! 食らえ!」


 びゅんと音がしたと思ったら、矢が俺の左目に突き刺さった。

 思わぬ反撃で仰向けに倒れてしまう。


「へへ! やったぜ!」

「流石頭目だ!」


 山賊共の喜ぶ声。

 しかし次の瞬間、山賊共は絶望へと顔色を変える。


「痛てえな! なにしやがる!」


 山賊共が見たのは。

 左目に矢が刺さりながらも起き上がる俺だった。


「ああ、ああああ――」

「くそ、これ治るのに一刻はかかるんだぜ? その間ずっと痛いしよ」

「お、お前、なんなんだ! 人間じゃないのか!」


 頭目が震える声で訊ねたので矢を引き抜きながら答える。


「お前も言ったはずだぜ? 『化け物』だよ。それ以外に何があるんだ?」


 そう。俺は化け物だ。人間なら死ぬはずの傷を負っても死なないし、時間が経てば治る。

 まあ流石に首を刎ねられたら死ぬと思うけどよ。

 すっかり腰が抜けた山賊共を始末するのは簡単だった。命乞いをしながら死んでいくのは見苦しい。


「頼む、助けてくれ!」


 頭目が土下座をして頼みこむ。

 それに対して、俺は告げる。


「お前はそうやって命乞いをした人間を一人でも助けたのか?」


 答えは聞かずに首を刎ねた。


「流石ね。前よりも強くなったんじゃないかしら」


 瀧姫が満足そうに頷きながら近づいてくる。


「本当に皆殺しにして良かったのか?」


 一応訊ねると瀧姫は笑顔で言う。


「日の本には要らない人間たちよ。それにこいつら改心するまでにどんだけ時間とお金が必要なのか、考えなさいよ」


 やっぱり吝嗇だなと改めて思った。


「それでこいつらの死体どうする?」

「埋めてあげましょう。どうせ片目じゃ馬に乗れないでしょ。ほら、あたしも手伝うから」


 そう言って血で汚れた俺の手をためらいもなく取った。

 前に握ったときと変わらない、柔らかい手だった。


 山賊共の死体を埋め終わると、気がついたら左目が治っていた。


「相変わらずの回復能力ね」

「まあな。さて、行くか」


 すっかり夕暮れになってしまった山道を俺たちは馬で駆け出す。

 この日見た夕暮れはまるで血のように赤かった。

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